花言葉と花で 20 のお題
 
 
 
 
 
17  けし
 
 
 
 青春学園の廊下を跡部は急ぐでもなくゆっくりと歩いていた。
 明らかに他校生とわかる跡部の制服に目を止める生徒は少なくなかったが、その人物の顔を見て納得したように通り過ぎる。
 氷帝学園の跡部景吾といえば、青春学園にとってはすでに馴染みの人物であると言えた。それゆえ、受付もほぼフリーパスのようなもので、案内に立つ者も居ない。最も、テニス部絡みの生徒が通りがかれば、跡部が頼みもせずともまとわりついた事であろうが。
 丈の短いシャツは歩を進める度にちらりと跡部の肌を覗かせる。通りすがりの生徒が視線を奪われたように呆けた態を現す事があったが、当の本人はといえば無頓着で全く気にしていない。手塚あたりが渋面にて注意するのも、口煩いと思うぐらいだ。
 生徒会の役員に頼まれての事だが、単に便利に使われているわけではない。テニス部の方でも多少の用があった為、ついでとばかりに引き受けただけだ。そうでもなければ、使い走りのような真似を跡部がするはずもないが。
 バタバタと前方から駆けてくる足音が聞こえて跡部は足を止めた。忙しない奴だなとは思ったが、別の学校に来てまで風紀がどうのと口煩く言うつもりはない。避ける為に軽く横に体をずらした跡部だったが、生憎の選択ミスとなってしまう。
 避けた方へと走りこんできた生徒は、勢いのままに跡部に接触した。咄嗟の事とはいえ、跡部の反射神経も並ではないので転がされるような無様な事態とはならなかったが、多少の被害は発生した。走りこんできた当人の抱えた荷物が廊下にぶちまけられてしまったのだ。
「―――悪ぃ」
「い、いえっ、こ、こちらっ、こそっ・・・・!」
 あせあせと、うろたえまくった眼鏡の男が慌てて拾い集める様は憐憫を誘わぬでもない。気紛れ的に跡部は、散らばった花数本を拾いあげてやった。
「す、すみませんっ!」
「傷んではねぇようだな。園芸部なのか?」
「は、はいっ!お、お詫びに・・こ、これをどうぞ・・・・」
「・・・・・・・・ありがとよ」
 抱えあげた束の中から差し出された一厘のひなげしを、跡部は苦笑と共に受け取った。その光景を見た青学の女生徒が、「きゃぁ」と歓声を上げるのが聞こえたが、跡部が嫣然とした笑みを浮かべてそちらを見やると、全身を真っ赤に染めて硬直した。その手の手合いの扱いは慣れたものである。ただし、正面からその跡部の笑みを見る事となってしまった園芸部員も直撃を食らってしまい、再びひなげしが廊下に散乱するような事態を引き起こしてしまったが。
 
「・・・・・・うちの生徒を無闇にたらしこむな」
「あぁん?」
 用事を済ませ、まぁついでだからと手塚の顔を見にテニス部の部室へと顔を出すと、常より憮然とした表情の手塚が待っていた。先の事故の件がすでに耳に入っているらしい。
「しばらく使い物にならなかったらしいぞ」
「人のせいにするなよな。折角の親切心を否定すんのか?」
「柄に合わぬことをするものではない」
「・・・・・・言ってくれるぜ」
 本気で抜かしてやがるから始末が悪ぃな、と跡部は思ったが、あからさまに不機嫌な手塚をそれ以上煽るのもどうかと思えたので黙っておいた。全く堅苦しい野郎だぜ、との感を抱く跡部は、いまだに手塚の想いの先に気づいていない。
「ま、顔見せはすんだし、俺様は帰る」
「見学していかないのか?」
「おいおい。敵に手の内見せてどうするよ」
「跡部に見られて困るような事はない。むしろ、発破をかける事ができるだろう。それに、跡部の目から見て気づいた事を言ってくれると助かる」
「敵に塩を送る気もねぇよ。ま、その誘いはまた別の機会に受けさせて貰うぜ。今日はこいつが枯れる前に帰らねぇとな」
 水気を含ませたティッシュで応急処置はしてあるが、長く持つものでもない。
「―――跡部」
「じゃぁな」
 手塚の引き止めが入る前に、跡部はひらりと身を起こして部室から出て行った。
 
 
 
 その足でそのまま校門の方へと向かう事はせず、下手にテニス部の輩につかまると厄介だからと、裏の方を進んで行くと花畑に行き当たった。跡部の手の中にあるのと同じ花が、今は盛りと咲き誇っている。色鮮やかなオリエンタル・ポピーの群生だった。
「は、壮観じゃねぇのよ」
「あ、貴方は・・・先程の」
 跡部の呟きが聞こえたのか、花の世話をしていた男が立ち上がった。跡部と廊下で接触した園芸部の生徒である。
「これだけの世話は大変だろ」
「いえ。好きでやってることですから」
 土に塗れた手で汗の浮いた額を拭った為に、額に土の痕がつく。だが、特に気にした風もない。
「好きこそ何とやら、って奴か。ま、その気持ちはわからなくもねぇな」
 人の良い笑みを浮かべる相手に、跡部も常より物柔らかな態度で接した。何かに打ち込む人物というものは、跡部にとって好ましい類である。
 ふと、風に誘われたような気がしてそちらの方へと顔を向けた跡部は、穏やかな表情を途端に厳した。視線を眇め、睨み付けるようにして注視する先は、白い花が揺れる一画。
「・・・・・・貴方は、忘却に身を任せたいと思う事はありませんか・・・・?」
「・・・・・・生憎だがねぇな」
「そうですか。その肩にかかる重みは並大抵のものではないと思いますが、ね」
「・・・・・・・・・・・」
「貴方に似合う花弁は紅よりもなにものにも侵されない純白ですね。――こちらの方をお持ちください」
 代わりに差し出されたのは、白い、白い、芥子の花。
「お役に立てる事がありましたら、いつでも御用命ください。。氷帝学園の、跡部景吾さん
「・・・・・・・・・・・」
 人畜無害の笑みを浮かべていた男は、まるで跡部の全てをわかっているかのような顔をしていた。
 
 
 
 
 無言でその場を去った跡部は、先程の手塚の渋面など比ではない、たまたますれ違った者がびくりと震えて青ざめる程怒気を現していた。
「・・・・・・・・・手塚の馬鹿野郎、が。ロクでもねぇ蟲を、飼いやがって・・・・・・」
 吐き捨てるように呟いた跡部とて、手塚に責を負わせるようなものではないと理解している。それでも腹立たしさは冷めるものではないし、気紛れという言葉では済まされない面倒に跡部が自ら関わろうとするのは、手塚の存在ゆえだ。なればこそ、怒りを向ける対象としては手塚以外にはありえなかった。
 翌日の青春学園において、突如忽然と消えた花畑の事が青春学園怪奇現象のひとつとして噂が駆け巡るようになるのだが・・・・噂話などそうそう長持ちするものではなく、怪談好きの生徒の口に、消えた花畑と消えた園芸部員の話題が時折上がるぐらいであって、直にそんな話も埋もれて消えていった。
 
 
 

「忘却」...けし  2006.10.16
 
 
 
 
 
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