花言葉と花で 20 のお題
 
 
 
 
 
08  紫苑
 
 
 
 時折、跡部はさり気なさを装い質問を発する。ほんの、ちょっとした好奇心を満たさんとばかりに。
 けれども、その何気ない問いかけの裏に本音の心が隠れている事が、少なくない。
 
 
「俺が明日にでも突然消えたらどうする?」
「何を、突然」
 静かに本を読んでいたかと思えば、突然背にかけられた質問に手塚は椅子を回し半身のみ跡部の方へと向けた。
 座り込んだ足元に転がる数冊の書籍は、手塚の机上から拉致されたもの。「青学の授業がどの程度なのか確認してやる」などと言って持っていってしまった。
「全然気にしねぇ?」
「・・・・・・そんなわけがないだろう」
 手塚は深く溜息を吐いた。どうして跡部は自分の事を過小評価するのだろうかと。そして手塚の事を過大に評価する面がある。自らの人を惹きつける魅力についてよく熟知している筈なのに、それが手塚に適用するとは思っていない。跡部の存在を失っても何も感じないという程に、興味を抱いていないと思われているのだ。
 情熱を込めていかに自分が跡部に囚われているかなど、切々と訴える事などできない。そんな自分は想像の範囲外である。恐らくは跡部がこだわるに同等程度に自分も跡部にこだわっているという自覚はあるのだが、それを言葉に出す事も態度に出す事も、手塚にとっては最大級の難関だった。
 あの日。立ち尽くした跡部の姿に目を奪われたのは自分一人ではないだろう。越前の行為によって阻まれる結果となってしまったが、駆け寄りたかった。いや、多分できなかっただろうが。あの時動くことができたのは――それが正しいことだとは今も言い切れないが――越前だけであったのだ。行為はともあれ、凍りついたようなあの時を、あの空間を打ち破ったのは越前だけだった。
 跡部は越前に対して怒りを表す事はなかった。ただ、仕方のない奴だ、とばかりにふっと笑みを浮かべたのが唯一の反応だっただろうか。自分達の持ちえていない真摯さを、跡部は持っている。それを越前に教え込む事ができなかったのは、手塚にとって今でも悔恨のひとつであった。だが、多分――学んだとは思う。この、全てを見透かすような目を持ったこの男から、越前は受け取った筈だ。
 跡部は惜しみなく与える。奪うのではなく、与える。それは聖人の如くと見える事もあった。氷帝学園の部員達が、あれほどまでに跡部に心酔する理由が、今ではよくわかる。跡部という男は、どこまでも気高く、どこまでも聖く在る存在なのだ。
 だがもし跡部本人にその言葉を伝えたとしても、跡部は「俺はただの俗物だ」とでも、自嘲気味に笑うのではないだろうか。
「消えたというのならば、探す」
「へぇ?」
「皆の力を借りてな」
「さて、んな暇な奴等がどの程度居るかね」
「暇な奴など居ないだろう。そして、お前を気にせぬ奴も居ない」
「・・・・・どうだろうな。ならば、姿が消えたのではなくて、死んじまったら?」
「――跡部」
「ばーか。単なる例え話だろうが。まぁ、1年は気にするよな。だが2年、3年と月日が立っていけば、次第に思い出す感覚が開いていく。思い浮かぶ事の方が少なくなる」
「仮定であってもそうは思えないな。お前のような存在を、そう簡単に忘れられるものか。忘れ草は必要ない。思い草とて必要はないな。忘れるなど、ありえないからな」
「くっ、言ってくれるぜ。だが、墓参の時は、花ぐらいは持ってこいよ?」
「墓が埋もれるぐらい用意してやろう」
「加減知らねぇ奴だな」
「お前には言われたくない」
 手塚は、この話はもう終わりだとばかりに、くすくす笑う跡部の傍らに転がる教科書を取り上げた。
 
 
 

「どこまでも聖く」...紫苑  2006.09.21
 
 
 
 
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