「ちょっと待っていてくれ」
そう言って、部屋に置き去りにされそうになったので跡部の背を追った。
「別にすぐ戻るぜ?」
「一人で部屋に居るのも暇だ」
「別に二人で居たからといって会話が豊富なわけでもねぇだろ」
「言い直そう。一人では寂しい」
「・・・・・・・・・キャラじゃねぇから止めろ」
げんなりとした風に肩を落とす跡部に、「本音なのだが」と続ければ「もういいから止めろ」と迷惑そうに言われてしまう。
信用が無いという事なのだろうか。これは見込まれ過ぎだと嘆くべきか、また微妙な所だ。
跡部は手塚の事を買被り過ぎる面がある。それほど大した人間ではないと否定するのは簡単だが、そうしてしまうのが惜しいような気もする。大概、度し難いのかもしれない。
「それで、どこへ?」
「様子を見るだけだ」
「・・・・・・・・・」
質問の答えとはなっていないが、それ以上の説明を跡部はする気がないようなので黙って後についていく。
色とりどりの草花が咲き誇る庭園の片隅で、跡部は足を止めた。
緑色の長い葉を手に取り、その端についたつぼみのような物を見て、跡部は「――駄目だな」と残念そうに呟いた。
「綺麗な赤い色のようだが」
「こういう透かすような色になっちまうと駄目なんだよ。育たず落ちちまう」
「不思議な花だな。葉に直接つぼみが付くのか」
初めてみた植物に関心した手塚は、跡部の手元を覗き込むようにしていると、くっと跡部が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「手塚、ひとつ、間違いだ」
「何が間違いなんだ?」
「これは葉のように見えるが、茎なんだよ。ついでにこいつは素晴らしく綺麗な花が咲くんだが、サボテンに類するんだぜ」
「確かに、サボテンの中には綺麗な花を咲かせるものもあるが・・・・もしかして、【月下美人】か?」
「へぇ。よく知ってたな」
「知識だけだが。お祖父様が一度は咲いた所を見たいと言っていた」
「なるほどね。何なら持っていくか?こいつは駄目だが、幾つかは無事に育ちそうな芽もある」
「――いや。育てる自信がない」
「そう難しくなはねぇけどな。ま、いい。だったら花が咲く頃に連絡してやるから取りに来い」
ありがたい申し出であったので、礼を言い連絡を心待ちにしていると伝えた。
それからしばらくの月日が流れ、梅雨の時期も超え朝晩の蒸し暑さに少しばかり悩まされる頃合となった折、跡部から「美人を迎えにこい」と連絡が入った。
すぐにあの月下美人の事だとはわかったが、何とはなしに悪戯心が沸いて「お前の事か?」と返信を打つと、いつもは返信の早い跡部がたっぷり一時間は間を置いてから「馬鹿か」と一言のみの返してきた。
跡部の元を尋ねると、「ちょうど良いタイミングだったな」と機嫌良く出迎えてくれた。今年、初めての開花という事で心浮き立たせているらしい。つぼみはそろそろかなり膨らんでいる。
ゆるりと、けれども力強く花開く白く美しき花、月下美人。陶然とするような芳香は、その幻想的な花の開花光景と共に夢のようであった。
しばらくその花を堪能した跡部は、惜しげもなく茎にぷつりとハサミを入れた。用意してあったビニールの袋にそれを入れ、息を吹き込み封をする。保冷剤を入れた密封の容器に収め、「注意して持っていけよ」と渡してくれた。
その力強い咲き方と、芳醇な芳香に反し、月下美人の花は一晩限りで優美なる姿を閉ざしてしまう。「はかない美しさね」と、母は翌日しぼんでしまったつぼみを見て、残念そうに呟いた。