07 クリスマスローズ
朝から室内を満たす冷たい空気に身震いをした。
冬休み前の最後の休日。明日は終業式である。恐らくそのまま越前の誕生日を祝う騒ぎに突入するのだろうな、と大体の予測がついた。本来ならば今日集まって騒ぐのだろうが、クリスマスイブでもあるので、それぞれの都合を考えて学校に集まる25日にやろうという話になっている。
河村などは秋口から付き合い始めた女性と一緒に過ごすのだと、皆に囃し立てられていた。不二は姉に一日拘束されるんだと、さほど不満そうでもない顔で言っていた。大石は菊丸と共に遊びに行くらしい。乾は・・・・敢えて聞こうとは思わなかったが。それぞれ浮かれた風に予定を話す中、手塚は一人沈黙を守っていた。疎外されているとは思わないが、何も予定がないという身も少々寂しいものだな、と思わなくもない。
祖父の方針で手塚家においてはクリスマスが祝われるという事はなかった。キリスト教徒でもないのに必要ないという事らしい。その言は手塚にとっても納得できる話でる。まだ幼い頃は、ショーウィンドーに飾られる色取り取りのクリスマスケーキを羨ましく思う事がなかったでもないが。
ぽっかり空いた一日をどう過ごそうかと考えていた時、階下から呼ぶ母の声が聞こえた。
「――どうかしましたか?」
「お客さんよ」
「?」
部の誰かが寄ったのだろうかと考えながら玄関へ向かうと、そこに居たのは長めのコートに身を包んだはれやかしな存在で。
「―――跡部。どうしたんだ?」
大概訪問前には電話かメールをよこす相手であるので、突然の訪問に少し驚いた。
「サプライズだよ。メリークリスマス、ってな」
ずいと差し出されたのは緑の葉の中に純白が花開いた鉢植え。
「――ありがとう」
「珍しく素直じゃねぇの。くく、風邪でも引いたか?」
「いや。・・・・綺麗だな。ここは寒い。中に上がるといい」
「そうだな。少し邪魔させて貰う」
手塚の勧めに従い、跡部は靴を脱いで端に揃えた。そのまま手塚の部屋へと向かおうとしたのだが、袖を引かれて立ち止まる。
「どうした?」
「彩菜さんに、挨拶」
「後でも良いのではないか?」
「先がいいんだよ」
「・・・・・・・・」
何か話があるのかもしれないと思い、跡部の好きにさせる事にした。
「彩菜さん」
「あら、跡部くん。どうかしたの?」
「クリスマスプレゼントです」
「私に?」
「はい」
「ありがとう」
跡部から手渡された包みに母の顔が花ほころぶように笑った。
しかし手塚としては心遣いは嬉しいものの、一言口を挟まずにはいられない。もともとの生活レベルというか金銭の感覚が一般庶民家庭である手塚と跡部の間では、大きく認識が開いているからだ。
「跡部、あまり高価なものは・・・・」
「言われるまでもねぇよ。これは体で稼いだ品だ」
「――何?」
「変な意味じゃねぇって。知り合いにカメラマンが居てよ、前からモデルになってくれってうるさくてな。ま、代価って奴だ」
モデル料の代わりに物にしたと聞き、跡部がどれだけうちの家族を大事に思ってくれているのかわかる。母の分ばかりでなく、父や祖父宛へのプレゼントまで用意してあり、この分だと頑なな祖父の主張もあっさり翻されそうだと思えた。
「それと、クリスマスのケーキを持ってきました」
「まぁ。お義父さまも喜ぶわ」
「そうですか?」
「跡部君からと伝えれれば、相好崩すわね。もう少ししたら二人とも帰ってくるから、一緒に食べましょう」
「はい」
それまでの間、手塚の部屋で過ごす事となり、今度こそ跡部を部屋へと連れていった。
「寂しいイブだったんじゃねぇの?」
「否定はしない。だが、跡部が来てくれたから寂しくはないな」
「・・・・・・・・・・ったく」
「跡部?」
「何でもねぇよ。――それ、クリスマスローズの花言葉は「私を慰めて」なんだぜ?」
「そうか。今日は慰めが欲しいかもしれないな」
「仲間に声かけられなかったから?」
「・・・・・・・・嫌われていると、思った事はないんだが」
「ぷっ・・・・確かに、てめーは嫌われちゃいねーよ。どころか、すげぇ好かれてんぜ」
「どういう事だ?」
「今日、てめーに誰も声をかけなかったのは偶然じゃねぇ。俺様の根回しの賜物だ。先回りして、青学の連中にそれぞれ1ゲームしかけて、今日の一日占有権を獲得したんだ」
「・・・・・・・・何をやっているんだお前達は」
「人気者の元部長さんを確保するのは大変だってぇ事だ。越前あたりは最後までごねてたがな、明日の会場を提供する事で納得させた。よって、今日一日俺様が相手をする」
「それは光栄だが・・・・跡部の方こそ氷帝の連中が色々計画していたのではないのか?」
「さぁな。今の俺様は音信不通だ」
「・・・・・・・・・・」
得意気に見せられた跡部の携帯電話は、完全に電源がOFF状態で沈黙していた。
全く、と呆れる思いもあるけれど、今日この日を自分と過ごす事を選んでくれた跡部に喜びを感じているのも確かな事実だった。