花言葉と花で 20 のお題
 
 
 
 
 
15  サフラン
 
 
 
 最も密接な繋がりであろう筈の、部を引退してからの方が跡部との仲は親しくなった。
 そうはいっても、お互いテニスを止めたわけではないので、やはり繋がりはテニスであるのかもしれない。
 まさかあの跡部を、自らの家に招き、そして自らの部屋に泊めるような事になろうとは、ほんの数ヶ月前までは考えもしなかった事だ。しかし、現在においては、手塚の自室にて寛ぐ跡部の姿というものは何よりしっくりきている。これが慣れというものなのだろう。
 ふと気づくと、跡部が手足をさするような動きをしていた。
「どうした?」
「――別に」
 ふいと顔を逸らした跡部は、どうという事はない顔をしている。
 窓を叩く雨の音がぽつぽつと、静寂の中にこだましている。秋も深まった近頃は、朝夕冷え込む事が多いが今日はさらに冷えている。それというのも雨のせいだ。明日あたり、風邪をひきかけているクラスメイトが少なくないかもしれない、と思えた。
「寒いのか?」
「・・・・・・・少し、冷えただけだ」
 跡部の言葉にそっと剥き出しの手に触れる。一瞬驚いたように目を見開いた跡部だが、手塚の手を振り払いはしなかった。
 深く考えもせずに手を伸ばしてしまったが、同性に対する行為としては少々不適切だったかもしれない、と軽く反省する。けれども、触れた手を引っ込める気にはなれなかったのだけれど。
 指先がひんやりと冷えている。どちらかといえば、体温が低い跡部(常に涼し気に見えるから多分そうなのだと思う)だが、その手は予想よりも大分冷たかった。恐らく素足を晒している足首も、その先の指も同じように冷えているだろう。さすがにそこに触れたとしたら、発作的に振り払われるだろう。今はできない。そう、今はまだ。
「冷たいな」
「・・・・冷え症なんだよ」
 少し嫌そうに顔をゆがめる跡部は、できれば手塚には気づかれたくなかったとでもいう表情だ。水臭いというよりは、冷え症=女性特有の症状というイメージが強いせいなのだろう。
「そうか。母もよくこぼしている」
「彩菜さんが?・・・・まぁ、そうかもしれねぇな」
「ああ。母が良いものを持っている。わけてもらってこよう」
「薬なんざいらねぇぜ?」
「いや違う。温かいお茶をいれてくる」
「・・・・・・そりゃどうも」
 過剰な世話は嫌う跡部だが、これぐらいの事ならば受け入れてくれる。生意気盛りの後輩のように、憎まれ口やら喧嘩ごしだと返って乗ってくるのだが、手塚の気遣いはどこか居心地が悪いらしい。もう少し頼って欲しいと思うところはあるが、こればかりは時間が解決する問題だろう。
 跡部に少し待つように言い、まだ起きているだろう母の元へと向かった。母は跡部の事を気に入っているので、手塚の望む品を快く出してくれた。湯を沸かし、数本の雌しべの上へと注ぐ。色が染みでてきた茶を、跡部用としてすっかり馴染みとなっているカップの中へと注いだ。
 
「――何の茶だ?」
「サフランの雌しべを感想させたものだ」
「へぇ、秋先クロッカスかよ」
「そうだな」
「彩菜さん、スペイン料理にでも凝ってんのか?」
「いや。これはハーブティ用に購入したらしい。体調が優れない時に時折飲んでいると聞いた」
「ふぅん。茶として飲むのは初めてだな。・・・・ま、悪くはないんじゃねぇ?」
「それは良かった。冷えに良いらしいが・・・・ああ、他にもサフラン酒にすると、寝付けない時にも効くらしいな」
「そこまでは必要ねぇよ。ってより、俺が寝れないって?」
 誰のことだよ、とばかりに軽く睨んでくる瞳はいつもの強気な跡部の目だ。弱みを見せる事を良しとしない、常に毅然と前を見つめ、膝を屈する事を赦さぬ王者として在る跡部。
「・・・・温まったか?」
「幾分な」
「気の持ちようかもしれないが、効いたとしたなら何よりだ」
「おいおい。んな適当な事抜かしてると、サフランの花も泣くぜ?」
「そうなのか?」
「・・・・・【私を信じてください】ってんだよ。サフランの花言葉はな。無実を訴える時にでも使え」
「そんな事態に陥る予定はない。いや、だがもしそうなったとしても、跡部が立派な弁護士を揃えてくれるだろう?」
「ばーか。勝手抜かすんじゃねぇ」
「そうか?訴えなくともお前ならば信じてくれると思っている」
「・・・・・は、てめーみたいな堅物野郎を信じられなくなったらおしまいだろ」
 そっぽを向く跡部の横顔が照れたように見えたのは、気のせいではないだろう。
 
 
 

「私を信じてください」...サフラン  2006.10.12
 
(C) Coco  
 
 
 
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