風が鳴るような歌声が聞こえてきた。
夢見心地で体をずらすと、窓辺に座る姿が見えた。月明かりの下、白く浮かび上がるその姿は刹那的なまでに幻想的だ。
「――眠れないのか?」
「別に。いい気分なだけだ。ほら、月が綺麗だぜ」
「そうだな。少し、外を歩こうか」
「へぇ。月夜の散歩ね。手塚にしちゃ、気が利いてるじゃねぇの」
「・・・・・・・・・・・・」
憎まれ口は受け流し、手塚はパジャマを脱いで椅子にかけてあったシャツをひっかけた。
跡部の方も部活で手早く着替えるのに慣れている為か、手塚が振り向くとすでに着替えを済ませている。
そうっと、音を立てぬように階段を降り、外へと出る。
こうこうと月明かりが夜道を照らし、まぶしい程であった。
涼やかな風が頬をくすぐり、気持ちが良い。跡部もいつになく開放的で浮かれたように見えた。
夕刻にふらりと現れた跡部は、母の引きとめのままに手塚家へと泊まった。
朝露に濡れた朝顔の如く――とは言いすぎかもしれないが、どこか儚さに包まれたその姿が母もまた、気になったのだろう。
「向こうへ行こうぜ」
「構わないが、何かあるのか?」
「無人の屋敷だが、夕方横を通ったら綺麗な花が咲いていた」
「ああ、あそこか。春先までは人が住んでいたんだがな」
「なるほどね」
さほど気のない風に相槌をうちながら、跡部はかの屋敷の方へと歩いていった。
荒れ放題とは言わぬまでも、人の手入れが入らなくなって久しい庭は、多彩な植物達が自由を謳歌しているかのようだった。
その中の一角に、ひっそりと紛れるかのように薄紅がかった花弁が花開いている。
「・・・・・・・・・・」
「どうした?」
「いや。色が変わっているのに少し驚いただけだ。夕暮れ時は白い花だったんだよ」
「なるほど。これも綺麗な色だと思うが」
清楚な面持ちの其の花は、ほんのり薄いピンク色がよく映えた。白い花弁も美しいだろうが、この色合いも良いと思う。
「そうだな。朝にはもっと赤みを増すんだぜ。本物の月見草は初めて見たが」
「本物と偽者があるのか?」
「《待宵草》、《宵待草》。紛らわしいのは確かだな。昼に咲く月見草もある。本来の月見草は、月が出る頃に咲いて、沈む頃にはしぼむ、一晩限りの花だな」
「そうか。――まるで、跡部のようだな」
「・・・・・手塚?」
不思議そうに瞳を瞬く跡部の白い手を取る。抗わないのを良い事に、そっと口を寄せ、その肌に吸い付いた。
「―――なっ?!」
「・・・・・・こうして、色が変わるだろう?綺麗な色だ」
「ばっ!てめぇっ!何しやがる!!」
ばっと手を引く跡部の頬が、月明かりの下でもわかる程に赤く染まっていた。
「明け方には赤く染まる所もそっくりだ」
「――――っか、やろ・・・・」
滑らかな頬に指を滑らせる。二人で迎えた朝、目覚めて手塚の見る跡部の顔はこのように羞恥に染まっている。
夜の闇に紛れた開放的で奔放な跡部が嘘であるかのように。
限られた時間の中でしか、己を曝け出せない、自由となれない跡部。
太陽の下の跡部は誰より自由で、誰より不自由なのだ。