花言葉と花で 20 のお題
 
 
 
 
 
02  スイートピー
 
 
 
手塚家の門をくぐると、帽子に軍手に長ズボンといった典型的スタイルによって庭作業をしている人物が居た。
「庭の手入れですか?」
 呼び鈴を鳴らす前に気づいた跡部は、そっとそちらの方へ歩み寄り相手を驚かさぬよう抑えた声で話しかける。
「あら、跡部君。国光に会いに来たの?」
「彩菜さんに会いに来たと言ったらどうします?」
「ふふ。それはとても嬉しいわね」
 ころころと笑う手塚の母彩菜の微笑みにつられるように、跡部も柔らかな笑みを浮かべた。
「―――お母さん、そろそろ跡部が・・・・」
「よぉ」
 タイミングよく窓から顔を覗かせた手塚を見上げるように跡部は軽く手を上げた。多少の距離はあれども、咄嗟の事態に手塚が驚嘆の表情を浮かべたのが見て取れた。以外に素直じゃねぇのよ、と噴出したいのを抑えながら跡部は手塚が降りてくるのを待ちながら彩菜と雑談を交わす事にした。
「かなり雑草がはびこっていますね」
「ええ。夏場はついつい不精して、大変な事になっちゃったわ。少し気合を入れて手入れしないとね」
「この後、何か植えるおつもりで?」
「まだ考えていないの。ここ一帯に花の種を植えても良いかもしれないわね。最も、うちの家族だとお花を愛でる趣味などないから。せいぜいが盆栽ぐらいなのよね」
「手塚・・・・国光君も?」
「そうよ」
 似合い過ぎだろおい、と想像してしまった手塚と盆栽の2ショットにこみ上げてきた笑の発作を口元に手をやる事で抑えるが、何とも苦しい。
「跡部君なら色々なお花が似合いそうね」
「・・・・・・盆栽も嫌いではありませんよ」
「あらそう?国光も喜ぶと思うわ」
「・・・・・・えーと」
 何故そこで手塚が喜ぶのかは理解できなかったが、敢えてその辺りは突っ込まないでおく。女性という存在は、いかなる年齢においても男子にとって謎であるのだ。
「それにしてもお一人では大変でしょう。こういう時こそ息子の出番なのではないですか?」
「――――跡部、余計な事を言うな」
 押し付けてしまえば良いんですよ、と助言しかけたところに手塚がちょうどやってきた。自己防衛本能のなせる技かもしれない。
「んだよ。母親が苦労するのを高みの見物のつもりか?薄情な奴だな」
「・・・・・・そんなつもりはない。俺にも都合があるだけだ」
「へぇ、都合、ねぇ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 跡部が口元を軽く歪め、高慢な笑みを浮かべつつ相手を伺うと手塚の表情はますます憮然としたものとなった。
「都合が悪くなると黙る癖は変わらねぇようだな?」
「都合は悪くない」
「さっきと言ってる事違わねぇか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 再びの沈黙に陥る手塚。跡部は完全からかいモードとなっていた。
「仲が良いわねぇ」
 そんな二人を見て、優し気に微笑みを浮かべる彩菜という存在は実際この場において頂点に立つツワモノだろう。
「でも、そのぐらいにしてあげてね。国光は虫が苦手なのよ。前に食事の支度を手伝ってくれた事があったのだけど、その時切って貰ったピーマンがね・・・・半分に割った仲に小指ぐらいの虫がてろんとね・・入っていたの。たまたま綺麗に切れたらしくて、桃太郎の桃みたいにね、すっぱりと」
「・・・・・・・その話は止めてください」
「あ、俺、少し同情したぜ」
 その光景を思い浮かべると、跡部の方もうそ寒いものを感じ、手塚に対して憐憫の情がわかないでもなかった。
「同情はいらない」
「アァ?人の好意を無にするつもりか?」
「好意なものか」
「言ってくれるじゃねぇのよ」
「大体、跡部の方こそ虫を相手にその強気な態度を保てるのか?」
 決まりが悪かったのか、売り言葉に買い言葉となってしまったのか、手塚にしては珍しく跡部につっかかってきた。こういう時、跡部の方は返って冷静になり相手を受け流し手玉に取るのが常であるのだが、この時ばかりはあっさり乗ってしまう。
「上等じゃねーか。手塚ぁ、勝負と行くぜ。どちらがより早く、綺麗にこの庭の手入れができるか競争だ」
「いいだろう。その勝負、受けて立つ」
 何故だか二人、異様な程に熱くなっている。戦いの火蓋は手塚家の庭において切って落とされた。
 
 
 
 
 
「――――そういや、春、か」
 開け放たれた窓から流れ込んできた柔らかな空気に混じる甘い花の香りに、ふと記憶の片隅が刺激された。
 あの日、手塚との勝負は痛み分け――もとい引き分けとなった。そもそも、草むしりに勝負も何もないと言ってしまえばそれまでなのだが。
 手入れが終わり、土がむき出しとなった庭を眺めながら、ここに何を植えたら良いかと三人で意見を交わした結果、秋蒔きのスイートピーを植える事となった。
 スイートピーは春の花だ。あの時植えたそれが、今は丁度盛りの頃かもしれない。
「・・・・・・・・見に行く、か」
 高等部に上がってより、跡部は忙しない日々を送っていた。もともと自由な時間など何処にあるんだ?と友人に首を傾げられるような生活環境にあるのだが、高等部に上がってからは更に過密なスケジュールとなっている。テニスは勿論、中等部の頃は1年生時分は関わらずに済んでいた生徒会の役職にも、割り当てられている。実際に役職に就くのはまだ先の事であるが、跡部の能力に期待する現生徒会役員達は入学早々拉致同然の扱いで生徒会に引き込んでくれた。
 跡部の家にかかる役割も、ますます重くなってきている。こらえきれぬ負担ではないけれど、気を抜く暇など殆どなかった。
 昨年夏以降に新密度を増した手塚にしても、春以降は試合会場以外で顔を会わせた事はない。電話もメールも頻繁ではなく、ましてや相手が手塚であるので内容も簡素なものだった。  春を思い出した途端、あの柔らかな空間が恋しく思えてきた。飾らぬ自分でいられる手塚家は跡部にとってとても居心地の良い場所で、あまりそこに浸ると依存性すら抱いてしまいそうなのである程度自分を律していたが、そろそろ良いのではないだろうか。幸いにして「花を見に来ました」という理由もある。
「行くか」
 思い切ると行動は早かった。部屋着より薄手のシャツに着替えると、部屋を出る。途中、手塚宛に「花を見に行く」と、メールを送信する。手塚は何の事かわからないかもしれない。家にも居ないかもしれない。それでも構わなかった。
 
 
 

「優しい思い出」...スイートピー  2006.09.15
 
(C) White Garden  
 
 
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