花言葉と花で 20 のお題
 
 
 
 
 
03  彼岸花
 
 
 
 夕焼けを背に受けた帰り道、ふと視線を逸らした先に見えた赤の群生。明るい陽の下で見れば息を呑む程のものであろうと思える程の見事さだった。
 
「―――手塚?」
「あ、ああ。すまない。あまりに見事だったのでな」
「ふ、ん?」
 数歩先を歩いていた跡部が、手塚の立ち止まった気配に気づき、振向いた。白い顔が薄闇に溶けかかるように、幻惑的に揺れる。もともと綺麗な男だとは思っていたが、こうして改めて気づくと目を奪われる事もしばしばだった。
 闘争心を内に秘めた跡部には、存在を稀薄にさせる。どこかに消えていってしまいそうな、そんな危うさがあった。
 自信に満ち、覇気溢れ、光輝を放つ帝王然とした姿も跡部の真実であるが、跡部にはまた別の顔もある。それを他者に見せる事も、気取られる事も好まぬようであったが。
「持って帰るんじゃねぇぜ?火から火事を連想するから歓迎されねぇ」
 あまりに見事なので、母への手土産にでもしようかと思いかけた手塚の出鼻を跡部がくじく。
「大火の如く咲き誇ってやがる」
「確かに炎を連想させるかもしれないな」
 あたりを埋め尽くすかのように咲く彼岸花は、揺らめく赤の炎のようにも見える。その名が悪いのか、不吉な連想を抱かせる花だ。
「これほど美しいのにな」
「造形美からいけば、薔薇や牡丹にも劣るもんじゃねぇだろ。天上の華とも呼ばれているぐらいだ。ただ、開花の時期や墓場で見かける事が多いから余計になんだろう」
「死者を慰める為なのだろうか」
「実用的効果を期待してるだけだろ。彼岸花の鱗茎にはリコリンが含まれている。今の時代にゃ関係ねぇが、古くは土葬をしてただろ。野犬避けの意味って所だろうな」
「なるほど。だが、それだけとは思いたくないな」
「・・・・・・・・・珍しく感傷的じゃねぇのよ」
「何となく、この花を見ているとそんな気分になる」
「・・・・・・・・・・・・・」
 手塚の小さな呟きに、関心を示す事なく横を通り抜けた跡部は彼岸花の群れの中に降り立っていった。危うい赤の炎の中に立つ跡部の姿が、白い花のようにも見える。朱の群生の中に紛れ込んだ一輪の白き曼珠沙華。
「―――葉は花を思い、花は葉を思う」
「・・・・・・・跡部?」
「相思華とは言ったもんだよな。葉は花の姿を見る事がなく、花は葉の姿を見る事がない。どちらもどちらを焦がれていながら、お互い見える事ができねぇ」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・心の弱い、人だった。どうやって抜け出したのか、結局わからなかった。探し当てた時にその人は、花の中に立っていた。その病的な青白さの手の中に、摘み取った白い曼珠沙華が下を向いて揺れていた――」
「・・・・・・・・・・・」
「ぽたり、と聞こえる筈のない音が聞こえたような気がする。白い花弁の上を伝うように、赤い血が流れていった。無邪気に笑う笑顔が少女のようだった」
「・・・・・・・・・・・」
「その人は結局病院に収容され・・・・長くは持たなかった。子供はその事実を知らぬままに、母親は元気で何処かで暮していると今も思っている。どちらも求めるものは同じである筈なのに、な」
「それは、作り話ではないんだな?」
「・・・・・・・・どうだろうな。どこかの家の・・・・どこにでもあるような・・・・・古臭ぇ話、だろ」
 ふっと笑みを浮かべた跡部が手を祓うと、傍らに咲いた彼岸花の花がぽたりと落ちた。
 跡部本人の話ではないのだろう。確か両親は健在であると聞いている。恐らくは身内の、跡部家における話で、それもそう古くはない事なのではないだろうか。
 毅然と立つ跡部を取り囲むように咲く彼岸花が、跡部を取り巻く無数の柵が如く見えた。
 
 
 

「悲しい思い出」...彼岸花  2006.09.16
 
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