04 撫子
扉を前に、さてどうするかとしばし悩む。
手の中には突然の訪問にも相応しい手土産がある。それがなくともこの家の住民が歓迎してくれる事は知っている。
出迎えそうそう眉を不審気に眉を潜める、顰め面の頑な男は現在不在。少し前に何気ない風を装いメールで確認したから間違いない。
「―――なんだけどな」
ふっと、己の逡巡ぶりに苦笑が洩れる。普段の跡部を知る者からすれば、驚きに目を見張る事だろう。
手塚家の門はいつでも跡部の前に開かれている。家人達は皆(あの手塚国光ですらも)そう言ってくれていた。それでも――何かしらの理由をつけなければ、ここにやってくる事のできない跡部だった。
「・・・・・・・跡部、くん?」
「彩菜、さん」
やはりやめようかと振向きかけた背にかかった柔らかな声。手に抱えた買物袋から覗く野菜達が買物帰りだと知らせてくれる。
ほんの少しばかりタイミングがずれたようだ。少し早ければ、不在だっただろう。少し遅ければ、すでに家の中に居り、跡部には気づかなかった筈だった。ほんの少し、少しだけずれたが故に鉢合わせた偶然。
「上がってちょうだい。国光は居ないけれど、私がお話相手ではいやかしら?」
「いえ。そんな事は。国光君に会いに来たわけでは、ありませんし」
「あらそう?国光ったら、駄目ね」
「・・・・・・・美味しい和菓子の店を見つけたので、お裾分けと思っただけですよ。お口に合うと良いのですが。それだけなので・・・・」
開かれた玄関口から、中へ上がろうとはせずに跡部は抱えてきた土産の箱を渡した。少しばかり困ったような彩菜の顔は見ないふりをして、そのまま帰ろうとする。
「お茶を飲む時間もないの?」
「――また、改めて」
曖昧な返答を残し、引きとめられる前にぺこりと礼をし、扉をすり抜け、まるで逃げるように、手塚家を後にした。
足早に歩きながら、自分の行動を省みれば失礼極まりなかったのではないかと、後悔もした。けれども、あの手を掴んでしまえば、自分が弱くなってしまうような気がしたのだ。
授業で使う源氏物語を読んでいると、常夏の章が目に付いた。けして目立つわけではない、晴れやかさからは遠い、密やかな彩りを添える花々。その姿は当時の人々の心をいかほどにも慰めただろう。浮かび上がるのは、包みこむような笑みを浮かべる彩菜の顔で―――撫子は確かに女性を例える事が多いが、自分にとってその花は手塚の母である彩菜と同義語となってしまっている事に苦笑がわいた。
相談に乗って貰いたいわけではない。包み込むように抱きしめて欲しいわけでもない。ただあの微笑に、あの柔らかな空気に、包まれたくなった。
その癖―――それを前にした自分は、逃げてしまうのだ。
川べりに咲く撫子の花が風に揺れる。
まるで、「こちらにいらっしゃい」とでも、誘うかのように。