11 クロッカス
話せない理由というものは幾らでもある。大体、ライバル校の選手相手ならばなおさらと言える。 それでも・・・・偶然に相対した街中で、合わせた視線を逸らしたのは手塚の方が先だった。
「よぉ。夏以来か」
「ああ」
「調子はどうなんだ?」
「それなりだ」
「ふぅん」
軽く目元を眇め、こちらを透かし見るような目線が居心地を悪くする。
痛みはとうに治まった筈の肘が軋みを上げたように思えた。
関東大会にて、青春学園と氷帝学園の対決カードが組まれた。
2年生ながら、手塚も跡部もレギュラーとして登録され、その試合に臨んだ。
けれども二人が試合をする事はなかった。手塚の配置はシングルス2で跡部の配置はシングルス1だったからだ。
部長を差し置いてシングルス1の座を得ている跡部を見て、青学の部長は「馬鹿にしやがって」と舐められたと感じたようだが、氷帝学園においては跡部が次期部長である事は誰も疑うべくもない事であるし、その実力においてもすでに名実共にbPであるのだから、それは当然の結果であると言える。
本来ならば青学の方も同じであった。現部長よりも、手塚の実力の方が遥かに勝っている。事実、大会中何度かは手塚がシングルス1へと配置されるオーダーもあった。だが、連戦が続いた中で微妙に肘に不安がある状態であった為、顧問である竜崎を介して部長の方に話を通して貰った。
手塚が肘の故障という爆弾を抱えるようになったのは、部長も含む上級生達に直接の原因がある。新一年生にはそもそも話していないし、同級生達にはすでに完治したと伝えてある。だが、加害者を含む3年生達に関しては、手塚が折につけ病院を訪れなければならない理由と、時に部を見学しなければならない事を、理解させる為にも隠しはしなかった。
前部長である大和は喧嘩両成敗という事で、どちらも外周を走らせる懲罰を課し、事件そのものは不問としたのだが、教師である竜崎の方はそれで終わらせるのを良しとはしなかった。手塚の方にも奢りはあった。だが、自らが衝動的に引き起こした暴力が、子供の喧嘩で済む話ではないと、竜崎は主張した。手塚もその点では当然だと思う。
自由に動かぬ肘。治療にかかっている間の焦燥。自分にも非があったと理解していながらも、彼等を恨む心が沸かぬとは言い切れない。その暗い澱は、けして表に出す事はないけれど、手塚の胸に深く沈み、積もっていった。
秋のJr選抜も、辞退するしかなかった。無理をすれば参加はできた。それだけの価値はあるように思える。けれども、竜崎の「お前さんは将来を棒にするつもりかい?」と叱責の混じった説得に諦めるしかなくなった。
後ろ髪が引かれる思いはあった。公式試合では対戦する事がかなわなかった氷帝の跡部のプレイを、身近で見れる滅多にないチャンス。手塚とは違うプレイスタイル。着実で堅実な試合運びでありながら、目を捉えて離さない華やかなプレイ。周囲は跡部のみが手塚にこだわり、突っかかっているように見ているが、手塚の方とて少なくない興味を跡部に抱いていた。
「ま、せいぜい大事にするんだな。寝かせた程、美味いことを祈ってるぜ」
「・・・・・・・・・・・・」
ふっと笑む跡部の目に非難の色はなかった。手塚が選抜を辞退した理由をすでに見抜いているかのようだ。
学外に例の事件の話が洩れているとは思わない。病院通いに関しても、極秘としている。それでも、跡部ならば気づいてしまうのかもしれない、そうも思えた。
「――何の話だかわからない」
「ああ、そうかよ。だったら聞き流しとけ。いや、これだけは覚えておけよ?俺は誰よりテメーと対戦するのを楽しみにしているんだ。適当な草試合なんかじゃなく、あくまで公式試合においてだがな」
「・・・・・・・・・・」
「ま、てめーから反応が返ってくるなんざ、思っちゃいねぇが。おら、ここで会ったのも何かの縁だ。てめーにやるから、帰ったら植えてみな」
「・・・・貰う必要性を感じない」
「四の五の抜かすんじゃねぇよ。品評会でも賞を取った上等の物だぜ?お袋さんにでも渡せば喜ぶ筈だ。じゃぁな、間違っても捨てるんじゃねぇぞ?」
「・・・・・・・・・・・」
突き返す間も持たせず、跡部は手塚の手の中に幾つかの球根を押し付け、さっさと消えてしまった。
家に帰り、母に「球根を貰いました」と戸惑い気味に話すと、「あら、クロッカスの球根ね。ちょうど、か植えたいと思っていたのよ。嬉しいわ」と手放しで喜び、跡部の言葉に偽りは無かったと知る事となる。
「それにしても、意味深ね」
「何が、でしょうか」
「クロッカスの花言葉は【あなたを待っています】というのよ。どんな気持ちで、国光にこれをくれたのかしら?」
「―――単なる、気紛れでしょう」
跡部という男が、偶然や思いつきだけで行動するようには思えないとしても、戸惑いと共に、トクンと跳ねる心臓の音が感じ取れたとしても、手塚としては、そう答えるしかなかった。