花言葉と花で 20 のお題
 
 
 
 
 
14  マーガレット
 
 
 
 待ち合わせの場所へと駆けつけると、待ち人は不在だった。
 手塚は基本、時間に遅れる事はあまりない。待ち人たる跡部もそれは同様だった。
 相手を待たせ、鷹揚とした態度で悪びれもせずに堂々と現れる奴・・というイメージを跡部に抱く者も少なくないが、実際のところ跡部は時間にうるさい。細かいと言って良いぐらいだ。それは日頃から分刻みのスケジュールに追われているという、やむをえない事情によるものではあるらしいが。
 大抵の場合、跡部の方が先に待ち合わせ場所に来ている。訪問してくる場合も、ほぼ定刻通りに現れる。だから、こうして待たされる事になるのは初めての事かもしれない。
 席に着いて息を吐き、待つ身もそう悪くないかと手持ちの文庫本を取り出し読み始めた。連絡が無い事には多少のひっかかりを感じるが、さほど待つ事はないだろうと、それほど深くは考えなかった。
 クラッシックの曲が流れる店内では、耳をつんざく歓声を上げるような騒がしい会話も聞こえてこない。客層的に静かで落ち着いており、それが故に跡部と待ち合わせをする際は、好んでこの店にする事が多かった。
 パラパラと頁を綴りながら、時折ガラス窓の向こうに視線を向ける。闊歩する通行人達は足早に通り過ぎていく。
 手塚の周囲でだけは、ゆるりと時間が流れていった。
 そう厚みがあるわけでもない文庫本を読み進めていくうちに、左手の厚みが半分程へとなっていた。軽い喉の渇きを覚え、目の前のカップに口をつける。半分程空けていたコーヒーカップの中身は、ひんやりと冷えていた。
 待ち人は、来ない。何度か扉の開く音を耳が拾ったが、あの居るだけで華やかな男の存在が現れる事はなかった。
「・・・・・・・・・・」
 ふぅ、と一息つきながら本を閉じる。けして面白くない本というわけではない。むしろ、心待ちにしていた作家の新刊だ。それだというのに、意識の半分を持っていかれて集中できない。それというのも、現れる事のない奴のせいだ。
 何か事故でもあったのだろうか?
 僅かながらに不安の心が騒ぎ始める。跡部はけして不義理な男ではない。むしろ義理堅い程の男だ。華やかな概観に反し、浮ついたところはない。プレイスタイルにも現れているように、慎重で、堅実で、思慮深い。適当さからは程遠い奴なのだ。
 あまり店内で使用する事は好まないのだが、この場合は仕方が無いと携帯電話を取り出す。履歴の先頭に常に位置する名を呼び出してコールするが、無常にもツーツーという音だけが鳴り響く。諦めてメールを打ち、送信する。常ならば、さほど待つ事なく返信メールが戻ってくるのだが、今日ばかりはいつまで立っても着信ランプが点る事はなかった。  気を落ち着かせる為に窓へと視線を向けると、密やかに咲く白い花が目に留まる。
 胸が、騒ぐ。落ち着きを取り戻すどころか、安らぎを得るどころか、焦燥感がじりじりと沸きあがってくる。
 この店で、花が飾られているのは初めてだ。見回せば、全ての席の卓上に、ひっそりと白い花が一輪飾られている。
 店主が飾り気を出したのかもしれない。客達を心楽しませる為に、花を飾る事を考えたのかもしれない。
 だが、何故これほどまでに心が騒ぐのだろうか。
「―――あの」
「何でしょう?」
「この花は・・・・」
「ああ、可愛らしい花でしょう。マーガレットというんですよ。いつもの彼がお裾分けだとくれましてね、折角ですから飾ろうかと」
「・・・・跡部が?」
「はい。今日はまだ、いらっしゃっていないようですね。何か別の飲み物を注文されますか?」
「いえ。・・・・マーガレットの花の意味は、御存知ですか?」
「花言葉ですか?可愛らしい外見と異なり、どちらかといえば寂し気な意味を持っていますね。心に秘めた、忍耐と悲し、―――さよなら」
「・・・・・・・・・・」
「手塚くん?」
「――――冗談では、ない」
「?」
「・・・・失礼しました」
 がたんと音を立てて立ち上がった手塚に、店主が驚きの目を向ける。こんな風に感情を露にする手塚の姿を目にするのは初めての事だろう。
 そのまま駆け出そうとした手塚は、一端思いとどまりカップに手を延ばす。すっかり冷え切ったコーヒーを一挙に煽り、飲み干すと会計を済ませて店を出た。
 足早に、駆けるようにして向かうのは―――跡部の下。
 無理矢理にでも引き戻す。手塚の目は強い決意の意思を秘めていた。
 
 
 

「さよなら」...マーガレット  2006.10.10
 
(C) Alice  
 
 
 
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