花言葉と花で 20 のお題
 
 
 
 
 
05  金糸梅
 
 
 
 昼前に降りだした雨は、鮮やかなまでに引いていった。
 爽快なまでに広がる青空が、眩い陽射しを煌かせる。雨上がりの澄んだ空気が心地良かった。
 
「公園まで散歩に行かないか?」
「ラケットももたずに?」
「ただの散歩というのも、たまにはいいだろう」
 誘う手塚の手に馴染んだラケットはない。机の脇に立てかけたままだ。
 傍らに居る好敵手。晴れた空。爽快な空気。確かにテニスをするには最適な環境かもしれない。けれども、ただこの空気を楽しみたいとも思った。
「・・・・・・・・ま、いいか。次は付き合えよ」
「考慮しておく」
「って、実際叶った試しが殆どねぇよな」
「タイミングが悪かっただけだ。何なら誓おうか?」
「それほどの事じゃねぇよ。覚えているならそれでいい」
「そうか」
 氷帝学園と青春学園。異なる学校に通うが故に、自由に対戦するというわけにもいかなかった。お互い、少なからぬ柵を常に背負っているので尚更である。
 それでも、互いのチームメイト達は知らぬ事であるが、こうしてそこそこ頻繁に手塚と跡部は顔を合わせる仲だった。そして、時にはちょっとしたミニゲーム程度をこなしたりもする。
 本気のゲームは試合でだけ。それはお互いの間で言葉には乗せないけれども暗黙の了解であった。
 
 雨の名残が残る道筋をゆったりと歩みながら公園を目指す。
 続く雨に、家に閉じ込められていた子供達がこぞって飛び出してきたのか、遊び場からは高い歓声がそこかしこから聞こえた。
 あんな風に無邪気にはしゃいだ覚えのない手塚は、つい眩しげにそちらを見やった。幼い頃から自分を抑えてしまう体質であった為に、泥だらけとなって遊んだ覚えなどない。そんな記憶は、テニスを始めてから自分より何年も年長を相手して、1ゲームも取れなかった時に口惜しくて仕方がなく、転んでも転んでも起き上がり、向かっていった時ぐらいだろうか。
 跡部はどうだったのだろうと伺い見れば、ふっと柔らかな笑みを浮かべて、遠い光景を見守っているかのようだった。跡部はこんな眼差しで、部員達を見ていたのだろうか。手塚と違い、跡部の場合はその生まれや環境が、どうあっても彼を阻害してきたのだろうか。
「――跡部」
「アーン?」
「あちら側が遊歩道になっている」
「はっ、本気で散歩に来たのかよ。爺臭ぇな」
「・・・・・・お爺様に今の言葉を伝えておこう」
「あっ!てめぇ、汚ねぇぞ!そういうのを、虎の威を借るってんだよ!」
「いや。どちらかといえば、うちの場合虎は母ではないかと思うのだが」
「・・・・・否定しねぇけど、直接は絶対言わない方がいいぜ」
「当然だ」
 優しく慎ましく穏やかな手塚の母。しかしながら、手塚家の男達、プラスαで跡部も含め、決して逆らえぬ存在であった。
 遊歩道を歩み進めていくと、青々とした葉に水滴を弾かせる樹木が黄色の可愛らしい花を開かせていた。
「可愛らしい花だな」
「ふ。その仏頂面でよく言うぜ。・・・・・・なんて名だと思う?」
「俺が知っているわけがないだろう。この花は・・・・ああ、梅のようだな。だが梅は春先に咲くものだろう?そういう品種があるのか?中央のこれは雄しべか。まるで無数の黄金の糸だ。跡部の髪のように、綺麗だな」
「・・・・・・・・・・何、言ってやがんだか」
「跡部?」
 振り返った手塚の顔には不思議そうな表情が浮かんでいた。聞きようによっては口説き文句にも聞こえた先の言葉に作為はないという事だ。大体、手塚にそんな洒落っ気があるとは、跡部も思っていない。
「・・・・・・・・・・てめーは、本気で見たままを判断するな」
「当たり前だろう」
「――――そいつは『金糸梅』ってんだよ。オトギリソウ科の植物で、梅とは関係ねぇ。だが、その見目形あ梅に似通った事と、花弁の奥にある無数の雄しべが金糸のように美しい事からその名がつけられた」
「そのままだな」
「ああ、そのままなんだよ」
 納得した風に頷く手塚に、跡部は誘われたように笑みを浮かべた。肩の力が抜けたように、柔らかな自然の笑みを。  
 
 

「悲しみを止める」...金糸梅  2006.09.18
 
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