花言葉と花で 20 のお題
 
 
 
 
 
09  鳳仙花
 
 
 
「――ふざけるなっ!!」
「――――」
 
 多少の諍いは今までにも何度かあった。お互い譲らぬ線というものがどうしてもある。大抵の場合は、数日も立てば自然に解消するようなもので。意外に受け入れ度の広い跡部が、何らかの理由をつけてそのきっかけを作ってくれた。
 だが、この時のように本気で激した跡部を見たのは初めての事。内から放たれる覇気は目が眩む程の光彩を放つ。その様は、「美しい」という言葉が何より似合うであろう。
 怒りを孕んだ蒼の瞳の中に僅かに見える傷ついた色。それは、手塚に先程までの怒りを忘れさせ、無意識の内に手を伸ばさせた。
 
「触るんじゃねぇっ!」
「・・・・っ」
 ばしりと払いのけられ、手塚の眉間に皺が寄る。一方的な暴力を受けて愉快になろう筈がない。
 手塚の内に一端は逸らされた怒りが再び競りあがってきた。大体跡部は勝手なのだ。それほど不愉快ならば、さっさと出て行けば良いではないか。
「触れられるのも嫌だと?」
「ああ、嫌だね。てめーと同じ空気を吸っているだけで不愉快だ」
「ほぉ」
 手塚の瞳が冷たく跡部を見据える。その威圧感に、青春学園の部員達ならば青ざめて怯えるであろう眼光を、跡部は真っ向から受け止め、睨み返してきた。
 一度沸騰してしまった頭は冷静な判断を下す事ができない。衝動のままに、「お前の相手はうんざりだ。出て行け」と、拒絶の言葉を突きつけようとした手塚であったが、突如後頭部を襲った衝撃に、何が起きたのかわからぬままに凍りついた。
 何ともいえない沈黙が部屋の中を支配する。一瞬の眩暈が収まり、一体何事かと頭を抑えながら振り向いた手塚の目の前に立つのは、静かな微笑みを浮かべた母親の姿。
「あ、彩菜、さん?」
 蛇に睨まれた蛙の如く硬直した手塚に代わり、言葉を発したのは跡部だった。驚きのあまり呆気に取られた表情はどこか押さなくすらあり、普段の驕慢な表情が幻であるかのように稚い。
「国光」
「――――はい」
「景ちゃんに謝りなさい」
「・・・・・・・・・・・・」
 静かな、けれども逆らい難い口調。反論など許す余地はどこにもなかった。しかしながら手塚としては納得し難い。こういう場合、母親ならば息子の肩を持つものではないだろうか。いや、穏やかに見えて一人息子を甘やかすような人ではないのだが。確かに彩菜は跡部を気に入っており、可愛がっているといって良いが、それでも一方的に手塚のみを糾弾するかのような真似は理解し難い。
 彩菜の手の中には砕かれ半分となった大根がある。足元には衝撃により砕かれた大根の半身。手塚の頭を襲った衝撃はこれによってもたらされたわけである。
「・・・・・・あの」
「何かしら?景ちゃん」
「・・・・・・食べ物を粗末にするものでは、ないかと」
「そうね。つい衝動的にやってしまったわ」
「・・・・・・衝動的、ですか」
 いまだ呆気にとられたままの跡部は反復するかのように彩菜の言葉を繰り返す。
「でも、別に瘤もできてないでしょう?」
「・・・・・・瘤はありません」
 精神的衝撃はかなりなものですが、とその先の言葉は手塚の心の中で続いた。
「すぐに食べないと痛んでしまうわね。今日の夕飯はふろふき大根にしましょう。景ちゃんも食べていってね」
「え、俺は――」
 すぐにお暇します、と言いかけた跡部の先を遮るかのように。「国光の石頭で砕いた貴重な大根なのよ。食べていってね?」
 いや、好きで砕いたわけではないのですが、との反論は言わずにおいて正解だろう。跡部の方も何とも言えぬような表情を浮かべながら彩菜を見、手塚を見、ついで諦めたように溜息をひとつ吐いた。
「・・・・・・御相伴、させて頂きます」
「そう。良かったわ。それじゃぁ、私は夕飯の用意にかかるから、国光はちゃんと景ちゃんに謝るのよ?」
「・・・・・わかりました」
 ここで頷く他に、手塚にどんな態度が取れるだろうか。
「すまなかった」
「――俺も、悪かった」
「いや、俺の方が悪かったのだろう。ただ――」
「ただ?」
「・・・・・・何が原因だったか、今ではもう思い出せないのだが」
 怒らせてしまうかもしれないとは思ったが、それが手塚の今の正直な心境だった。確かに先程は怒りを感じていた筈である。だが、何に対してだったのか。
「実は俺もだ」
 呆れるか、怒鳴りつけるかと思った跡部は、気の抜けたような顔で肩を竦めただけだった。お互い、毒気を抜かれたという事らしい。
「何つーか、まぁ・・・・・敵わねーよな」
「そのようだ」
 お互いに顔を見合わせ、腹の底から笑いあった。
 実際、馬鹿な真似をするところだった。もしあの言葉を手塚が放っていたら、その場限りのものではなく、跡部は決別の言葉と取りかねなかっただろう。一度発してしまった言葉は取り消せない。言ってはいけない言葉というものがある。「痛まねぇ?」と、頭の具合を気遣いながら触れてくる跡部の手を感じながら思った。
 後に手塚が母にどうしてあんな行動に出たのかと聞くと、「あれほど景ちゃんが本気で怒るならば、原因は国光にしかありえないでしょう?」と言い切られ、残念ながら反論もできなかった。
 手塚家の庭には、触らば今にも弾け飛びそうな鳳仙花が、種子を孕んで咲いている。
 
 
 

「私に触れないで」...鳳仙花  2006.09.22
 
 
 
 
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