微妙な距離の微妙な7題
 
 
 
 
 
05  複雑な心境
 
 
 
「よぉ」
「――跡部、か」
 2ヶ月ぶりの再会は呆気なく、まるで昨日別れたばかりのような気安さだった。
「忙しかったのか?」
「まあ、いろいろ、な」
 くっと片頬を曲げるようにして笑む。こちらを馬鹿にしているわけではない。むしろ自嘲の笑みのようだ。ざっと観察した限りでは体長不良には見えない。顔色も良い。入院どうのといった話ではなさそうだ。やはり、多忙を極めていたという事なのだろう。
「これ、ありがとよ」
 中へ入るか?と問うより前に、差し出されたのは数冊の本。この2ヶ月間、跡部家を間借りしていた代物だ。
「送った方が早かったんだけどよ。ま、一応な」
「そうか」
 もしそのように送られてきたら、腹立ちを覚えただろうなと思う。粗末に扱われたとか、そういう面からではなく、心情的な所からだ。
「じゃあな」
「――待て。もう帰るのか?」
「用は済んだ」
「少しゆっくりしていく暇もないのか?何か緊急の用でも?」
「いや。今の所は」
「だったら上がっていけ。じき、母も帰ってくる。多分跡部に会いたがると思う」
「彩菜さん、ね。そうだな。ここまで来たんだから、挨拶していくか。ち、手土産持ってくるんだったぜ」
「そんな事は気にしなくて良い」
手塚は跡部の気が変わる前にと、腕を引き家の中へと招き入れた。
「家で何かあったのか?」
「そうとも言えるし違うとも言える」
「はっきりしないな」
「んだよ、妙にしつこいじゃねぇのよ。乾の詮索好きが移ったか?」
「不快に思ったのならすまない」
「・・・・勝手に落ち込むな。別に大した事じゃねぇ。ちぃとばかりな、、面倒なオツキアイ事があったんだよ」
「それは、どういう」
「――だからまあ・・・・男女交際」
「――」
「どうやら俺様の誕生パーティの際に見初めてくれたらしくてなぁ、祖父経由で『御友人からのお付き合いを』とかごり押しが入りやがった。箱入りお嬢は本気で厄介なもんだぜ」
「それは、おめでとうと――言うべきなのか」
「誠意ない言葉をありがとよ。この2ヶ月間、やれ観劇だ、買物だ、オペラ観賞だと引き摺り回されたぜ。こっちの予定はお構いなしの遠慮知らずだからな」
「跡部を振り回す女性が存在するとは、な」
「はっ、あちらさんの顔を立ててやっただけだ。それもそろそろ義理は果たしたと思うぜ。こんな茶番、この時期でもなければ最初から付き合う気もねーが。ったく、勝手に人を理想の王子化されてもなぁ、いい迷惑だったぜ」
「その言い方は、問題ではないのか?付き合って、いるのだろう?」
「完全健全コースでな。手も握ってねぇ。ま、深い仲にもなりたくなかったしな。その点からいくと、てめぇとの方が深い仲だぜ?」
「そういう冗談は好かない」
 不機嫌に言い切った手塚に何か言い返そうとした跡部のようだったが、それは軽やかな電子音に遮られた。
「――はい。これから?生憎ですが友人との先約がありますので。どちらが大事かと?は、当然―――友人の方ですよ」
 にこやかな微笑みを浮かべ、辛辣な言葉を放つ。もしここに電話の相手が居れば、己がどれほど跡部を怒らせたか思い知ったであろう。
「良いのか?」
「潮時だ。いつ最後通帳叩きつけようかと、計っていた所だ。返す事を知らねぇ、受ける事、満たされる事しか考えてねぇ女にこれ以上付き合ってられっか。別に、金品の話じゃねぇぜ?」
「それは、わかるような、気がする。結局、跡部はフリーになったという事なのか?」
「ん、ああ。ま、せいせいしたな。そうだ。次の休み、釣りでも行くか?てめーに用がなければだけどよ」
「問題ない。今の時期ならば、良いポイントを知っている」
 手塚はここしばらくにない、穏やかな笑みを浮かべていた。  心が軽くなり、浮き立っている。跡部に別れを告げられた女性は悲嘆にくれているだろう。哀れに思うべきなのだろうが、2ヶ月もの間、独り占めしてくれたのだ。分不相応と言って良いのではないだろうか。
 そう思う心に気づいた時、密やかなる暗い優越感にも近い喜びの感情が己の内にあると知った時、自分はいったいどうしてしまったのかと、複雑に絡みあう自身の感情を掴み取れていない事に気づいた。
 
 
 

  2006年6月
 
 
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