02 境目
改めて考えてみて跡部との関係は何なのだろう。
ライバルである事は間違いないが「特別」ではない。いやなかった。あの試合までは、と言える事だが。
学園を代表する生徒会長同士であった時期もあった。しかし氷帝のような特殊な学校と違い青学では中等部で他校と交流する場などそうはない。
歴史あるテニス部の部長同士。こちらの方がまだ幾分接触はあっただろうか。少なくとも試合会場において偶然出会うよりは。
趣味の共通した友人同士。ここ最近を称するならばここらあたりか。
テニス部を引退して以降に発生した関係だ。しかし親友といえばやはり大石の温和な笑みを思い浮かべる。親友が一人でなければいけないという事はないが、やはり跡部は違うと思う。
クラスメイトともチームメイトとも違う。
跡部は他の誰とも違う。
それは恐らく跡部景吾という男が特殊すぎるからだ。カテゴリに収まるような奴ではない。何かに類するような奴ではない。あんなのがそこらに溢れていたらそれこそ傍迷惑極まりない。だが一人ぐらいならば居ても良いのではないかと思う。いや居て欲しい。
跡部の居ない世界――考えてみるとひどく味気ない。一度あの存在を知ってしまうとあれ無しだと物足りない。充足感が無い。変な習慣性のある奴だ。
跡部との距離。かつてはその間に常に部員達が居た。学園の名があった。それが取り払われた今現在、二人の間の距離は狭められ幾分近しくなっている。
「例えばこうか」
「はあ?てめぇ、人の手首掴んでいきなり何を言ってやがる」
「いや、お前との距離を考察してみたんだが」
「ふぅん?言ってみろよ」
「――例えば、手を繋げる行為を取ってみるとこんな所ではないか?手の平を握り合わせる仲ではない。腕を組むような関係でもない」
「前者はともかく後者は却下」
「そうなのか?」
「握手ってぇ行為があんだろ?」
「なるほど。では抱き締めるという行為はどうだ?」
「正面からの抱擁なら可」
「ほぉ?」
むしろその方が嫌だと思うのが普通ではないだろうかと感じたが、跡部の言い分は違うらしい。
「別に歓迎してじゃねえぜ?挨拶の意味もあっからな。肩を抱くとか、背中から抱き締めるとか、そっちの方が寒いだろ」
「なるほど」
そう言われればそうかもしれないな、と納得。その考えでいくと、腰を抱くとか頭を抱きかかえるというのも不許可の方向か。
「それではキスは?」
「はぁ?ったく、何なんだか。てめーもお年頃ってわけね。ま、俺様にゃこだわりねーぞ?それこそ挨拶でやってるしなぁ。ジローの奴なんざ、今でもねだってくる事あるぜ」
「それは問題ではないか?」
「人前じゃ、やってねーよ。さすがにな。何なら指南してやろうか?」
「いや。遠慮しておく。軽い気持ちではしたくない」
一瞬揺らがないでもなかったが、やはりそれは特別な行為だと思うので断った。心の伴わない行為には意味はない。
「そりゃそうか。で、距離は計れたのか?」
「何とも言えない。計れたような、ますますわからなくなったような」
「しょうがねぇ奴だな。おら、次に会う時までに解答出しとけ」
「命じられる謂れはないんだが」
「うるせぇな。宿題だよ、わかったか?」
「・・・・・・・・・・わかった」
跡部にそう言い切られると、頷くしかないように思えた。
「――まぁ、そんなわけで、大石、お前ならどう思う?」
「どうって、ねぇ」
跡部の名を省いた形で、話の流れだけを大石に説明した。
「まぁ、何ていうかな。手塚から恋愛相談を受ける時が来るなんて、思ってもみなかったよ、ははは」
「恋愛相談?大石、お前は何を言っているんだ?」
「もしかしてわかっていなかったのかい?触れてみたいとか、抱きしめたいとか、それと・・、キ、キスまでしたいなんて、まさか手塚の口から聞くとは思わなかったけど、恋愛相談でしかないだろう?」
「それは誤解だ」
「はは、否定したくなる気持ちはわからなくもないけど、手塚も時には素直になった方が良いと思うよ。思いあぐねている間に逃がした魚は大きいって事になりかねないんだから」
「いや、だから・・・・・」
「ただの好意と、恋愛寄りの好意の境目は、何気ないようで違うと思う。頭から否定ばかりしないで、一度気持ちにちゃんと向き合ってみた方が良いと思うよ。そうすれば答えはおのずと出てくる筈だから」
「大石!だからそれは―――」
否定しようと手を延ばした手塚の手は大石には届かない。手塚に残されたのは、嫌に爽やかな微笑みを撒き散らして消えた大石の笑みの残像のみだった。