赤貧7題
 
 
 
 
 
07 動くとカロリーを消費するので出来るだけ動かない
 
 
 
 
 
 
 その日は自主練習の日であって、部への参加は強制ではなかった。
 その為、練習熱心な事では部内でも1、2を争う日吉なども家の事情で休んでいる。樺地も祖母の具合が悪いという事で、看病で付き添う為に休んだ。
 レギュラーの内、参加者は約半数。とはいえ宍戸・鳳あたりは別の場所で秘密特訓とやらをしている事だろう。昨日何やら思い付いたようで、それきり周囲の声など全く耳に入らなかった様子からしても想像に難くない。
 「忍足は?」
 「知らねー」
 丁度真横でストレッチを始めた向日に跡部は声をかけたが、返ってきた答えはすげないものだった。自主練習などといえば、それこそ向日こそがさぼりそうなものだが、大きな大会が近いという事もあってやる気の方が遊び気を勝ったらしい。そのあたりは跡部にすれば喜ばしい事であるが、尻に火がついてからでなければやる気を出さないというのは腹立たしい面でもある。華やかな外観、派手な言動に反して跡部は堅実で生真面目な面をもっているから尚更だった。
 日頃不真面目という点では向日に限らずその相棒も同じ事。ペアであるからといって何もそんな所まで似る必要はないと跡部は思うが、だからといって彼等を引き離すつもりもない。氷帝テニス部内において、あの二人のダブルスが現時点で最強であるからだ。跡部の望む地点にはいま一つ足りないのだけれど、これから容赦なく尻を蹴飛ばして叩き上げれば良いとも思っている。そんな折であるというのに、肝心の忍足が不在という事では練習にならない。今日の向日は基礎練習がメインメニューだな、と頭の隅でトレーニングメニューに改編を加えながら、跡部は軽く舌打ちをした。
「ちっ、あの野郎」
「まあまあ。今日は参加は自由なんだし」
 取成す萩之介をじろりと睨みつける。もちろんその程度で脅えるような輩ではない。
「・・・・・・担任から預かりものがあんだよ」
「そっか。でも昨日だいぶ調子悪そうだったし、もしかしたら部屋で倒れてるのかも」
「・・・・・・・・・・」
 その言葉に少しばかり不安が沸いた。確かに昨日の様子は、かなり調子は悪そうだった。ラケットを振らせればへなへなと及び腰。マラソンをさせれば蛇行状態。歩いてすらもふらふらと怪しい足取りで、顔はといえばいつも以上にしまりがなかく土気色。さすがにこれは不味いかと早々に帰したのだが・・・・1日休んだぐらいでは復調しなかったらしい。仕方ない、帰りに顔を覗いていくか、とこれも部長としての責務と割り切る事にした。
 この対応を薄情と思うか責任感が強いと思うかは人によって異なるだろう。だが、氷帝テニス部内においては圧倒的に後者で占められるのではないだろうか。寝惚け眼で「侑ちゃん、空腹で目を回してるだけかもしれないC〜」と呟くジローの言葉に、ありえる、と誰も否定の言葉を入れなかった事からいっても、あながち間違いではないだろう。
 
 何度か訪れているので管理人には顔パスで、それどころかお茶でもどうかと引きずりこまれそうになるのを何とかかわし、忍足の部屋へと向かう。
 軽いノックに応答なし。出かけてはいない筈と聞いているので、居留守かと見当をつけ扉を蹴りいれるが、やはり応答なし。
「・・・・・・・・・・・」
 これはもしかすると本気で中で倒れているかもしれないと、管理人を呼んでくるべきかそれとも救急車でも呼ぶべきか考え込んだ跡部は、ドアノブに抵抗が無い事に気づいた。
 鍵はかかっていないようで、無用心だなとは思ったが、ここに金目のものなどない事も思い出す。もしかしたら管理人の知らぬ間に買物にでも出ているのかもしれないし、隣人宅にでも居るのかもしれない。
「おい、いやがんのか?」
 一応声を潜めながら、靴は玄関先で脱ぎ中へと進むと、そこには畳の上で仰向けに仰臥した眼鏡男。一応予測の範囲内であるので、驚嘆には値しない。
「・・・・・・いるじゃねぇか」
「――――」
「おら、いつまで寝てやがる。俺様がわざわざ来たってのに出迎えねぇつもりか?」
 足下に軽く蹴りをいれるが「ひどいやん」といつもの軽口も帰ってこない。
「―――――」
「あ?」
「・・・・・・・・腹減って指一本動かせへん
「休みの連絡ぐらい入れられただろうが」
動くとカロリーを消費するので出来るだけ動かないようにしてたんや。眩暈が治まらんわ〜」
「・・・・・・・・・・・・」
 どうやらジローの言が正解のようだ。跡部は踵を返すと無言で部屋を出ていった。
 
 くつくつと煮え立つ鍋の表面を眺め火を止める。端に寄せられた丸テーブル(粗大ゴミから拾ってきたらしい)を足でひきよせその上に載せた。
「おら、飯だ」
「・・・・・・・・跡部が天使に見えるわ」
「ふん」
 拝まんばからの忍足に鼻を慣らし、壁際に座る。今まで死人のように転がっていたのが嘘のようにがばりと起き上がり、がつがつと貪るように食らう様を跡部は冷めた視線で見る。もうしばらく放置しておいても、少し過酷なダイエットという程度で体が締まって良かったかもしれない、などという事を考えながら。
 
「ごっそさん」
「・・・・・・・」
 光り輝くような幸福な微笑みを浮かべながら両手を空の器の前に合わせる忍足に、跡部が喜びを感じるかといえば―――そうではない。自分の手料理をここまで喜んで食して貰ったとしても、ここで小さな恋心が二人の間で目覚めるかといえば・・・・・・・・まぁそんな事はありえないのだった。
「はぁ、美味かったわ。あ、跡部、持ち合わせの金ないんやけど」
「別にそんなもん請求しようたぁ思わねぇよ」
「ほんまかいな?!跡部に後光が射してるように見えるわ」
 まさに拝まんばかりに手を擦り合わせる忍足に、跡部は「金かかってねぇしな」とあっさり言った。
「へ?ま、まさか・・・・・八百屋のおばちゃん垂らし込んだんかいな?!」
「誰がだ」
 元気になった途端に暴言を吐く忍足に、跡部は坐ったままの体勢で蹴りを入れる。
「・・・・あいたぁ・・・・」
「金かかってねぇのは、拾い物だからだ」
「拾い物て、野菜が落ちとったん?」
「まぁな。八百屋の横の壁際に、箱ごと置いてあった」
「・・・・・・・・それ、捨ててあったんとちゃう?」
「そういう風に取れるかもしれねぇな」
「そうとしか取れへんわ!俺は雲竜か?や、雲海やったか・・・・?」
「―――誰だそりゃ」
 忍足の上げた人の名らしきものに跡部は心当たりがない。最も、忍足の言動に関しては日頃から意味不明な事が多い。
「知らへんの?主人公のライバルの一人でな、角界入りを目指しとった巨漢なんやけど、勝負をつける為に野球を始めた男や。えらい食欲で家の家計を圧迫しとって、あるおっちゃんが世話してくれる為に引き取ったんやけど、そこでも食いつぶしてしもうてなぁ。借金に継ぐ借金が重なり、とうとうつけも効かんようになって、どうしたものかとふらふら歩いている時に八百屋の横で捨ててあった野菜箱に気づいたんや。勿体無いて持って帰ってな、腹空かせて待っとったそいつにめいっぱい食わせてやったんや」
「・・・・・いい話じゃねぇか」
「せやろ?この先がまたしんみりしとんねん。自分ではこれ以上の世話は無理だと思い切ったおっちゃんは、金持ちの知人に預ける算段をしてな、送り出す前に盛大に祝ってやろうと強盗までしよったんや。奪った金で借金を返し、大量の肉やら何やらを買うて御馳走作ってなぁ、翌日残りを弁当に詰めてやってそいつを見送ったんや。その足で自首する為に刑務所に向かったんやで」
「つまりそれだけそいつの事を思っていたって事だろ。感謝こそすれ恨みごとは筋違いって事じゃねぇか。大体多少野菜が腐りかけていようが、テメェの腹は痛む程繊細じゃねぇよな。アァ?」
「酷っ!関西人は繊細なんやで?」
「関西は関係ねぇだろうが。大体、俺は知ってるんだぜ?」
「な、何をや・・・・?」
 いきなり声のトーンが下がった跡部に脅えた視線を向ける忍足。こういう時、けして良い話ではない事を忍足は過去の経験上身をもって知っている。
「―――――てめぇ、スーパーで野菜売り場に備え付けてある籠から野菜屑拾ってるだろうが」
「そ、そないみっともない真似しとらんよ」
「この後に及んで誤魔化すんじゃねぇ!ネタは上がってんだ、ネタはよ!」
 悪徳業者の借金取りが債権者の襟元を掴み上げるような極悪ぶりにて、跡部は忍足の喉元を締め上げた。その青筋のたった表情といい、ドスの効いた声音といい、そんな業者の社長が今の跡部の姿を見れば是非にでもと社員に勧誘したかもしれない。
「・・・・そ、そやかて、勿体ないやん。ちょぉ汚れてるだけのキャベツをばりばり剥がしとるんやで?集めるとなぁ、1玉2玉どころの量やないんやで?」
 今更隠すまでもないと腹を決めたらしい忍足は、うっとりとその光景を思い起こしているようだ。
「最近ではなぁ、俺の為に取っといてくれるようになったんや。「後は捨てるだけだからねぇ」なんて言うとるけど、親切なおばちゃんらやろ?たまに賞味期限切れの缶詰とかわけてくれる事もあるしなぁ。賞味期限言うたら、コンビニの弁当とかパンとかも後は捨てるだけなんやってな。分けて貰うにはどうしたらええんやろ?公園のおいちゃんらに聞いたらわかるやろか?」
「―――――――忍足
「へ?」
 夢想に耽る忍足は、跡部のまとう空気が氷点下を超えた事にも気づかない。
「てめぇ、どこまで氷帝の恥を曝せば気が済むんだ?
「あれ?跡部、怒っとるん?」
「怒らねぇわきゃねぇだろうがっ!!!死ねっ!この似非関西人っっ!!」
「ちょっ!眼鏡は似非やけど、関西人はほんまもんやっ!腹っ!腹は蹴らんといてっ!リバったらもったいないやんか〜」
「てめぇの吐いたもんで窒息死しやがれっ!!」
 懇願する忍足に跡部のスーパーキックが容赦なく見舞われた。
 
 
 
 ある意味どこまでチャレンジャーなのか計り知れぬ男。それが忍足侑士である、と言えるのかもしれない。
 
 
 
2007/02/03
 
コンプリ。↑の元ネタがわかる方が居たら拍手喝さい。
 
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