赤貧7題
 
 
 
 
 
05 仕事のときは誰よりも目立ち誰よりも働くべし
 
 
 
 
 
 
 朝の忍足は艶やかだ。何がといえば頬は輝き喜びに溢れている。
 日頃似非臭いと言われる胡散臭い笑みも、この時ばかりは真実楽しそうに見える。
 理由を聞く者は、総じて「――労働の成果や」と、清清しい表情をもって嬉しそうに言われ「・・・・そっか、良かったな」と返すばかりである。
 忍足が早朝より新聞配達と牛乳配達を同時平行にて行っているのは、周知の事実だ。その際、「――筋トレになるさかい」と自転車(年齢制限があるので自動二輪は当然不許可)は使わず走って届けている。
 その事もあり、忍足は氷帝テニス部の早朝練習は不参加だ。充分走りこんでいるから必要ないだろう、というのが監督である榊の言。
 歴代類を見ないカリスマ部長である跡部にも、榊の言葉は絶対だ。何か訴えたいような表情を一瞬浮かべはしたものの、「・・・・・・そうですね」と大人しく引き下がった。
 跡部としても、必要以上のトレーニングを課すつもりはない。忍足の走行距離を考えれば、早朝練習の運動量に充分匹敵する。いや、それに勝っていると言えるだろう。
 実際、さほど耐久力を持っていないように見える忍足だが、あれでそこそこ体力、持久力がある。この手の物は一朝一夕で身につくものではない。日々の弛まぬ努力と鍛錬の結果、培われていくものだ。その点においては忍足は毎日毎日欠かさず熱心に労働しているわけで、評価に値すべきところだろう。だがしかし。
「・・・・・・・何か、腹立つ」
 ぼそりと呟いた跡部の言葉に、前の席に逆向きに座り跡部の方を向いていた宍戸がだろうな、という表情で頷いた。
 宍戸は跡部と同じクラスというわけではない。現在は休み時間で二人は放課後の部内メニューの打ち合わせ中。本来この席に坐っている筈のジローは、教室の隅で丸くなって寝転がっている。まるでゴミ箱に懐いているかのその格好は、最初はクラスメイト達に驚きをもたらしたものだが、現在は皆慣れたもので全く気にしていない。大体、跡部とクラスメイトというだけで、様々な点において鍛え上げられたクラスメイト達は、すでにちょっとやそっとの事では驚き慌てる事もない胆力を身につけているのだった。
「そりゃ、あれだろ」
「んだよ」
「野郎が幸福そうなのが気に入らねぇんだろ」
「――――――否定は、できねぇな」
 妙に鋭い宍戸の指摘に跡部は頷いた。
 そう。あの忍足が幸福そうにしているのが・・・・ようは気にいらないわけだ。別段他人の不幸を望み喜ぶ性質というわけではない。どちらかといえば跡部は世話好きで、少しわかりにくいところもあるが親切だ。しかしながら、その性質が忍足に向けられるという事は滅多にない。
 馬が合わないというわけではない。それなりに親しいし、その実力は認めているし、頭の回転の良さも跡部としては評価の高い部位となる。だがそれでも――何故か苛つくのだ。はっきり言えばうざい。自分はここまで狭量だったか、と軽く落ち込む事もあった跡部だが、不思議と部内の誰もそんな跡部を批判はしない。幼い頃からの友人である萩乃介などは、「あはは―忍足相手じゃ仕方ないよねー」などと明るく言い切る始末で。
 それはつまり、跡部一人の意見というか、感情ではないという事なのだろう。それでも別段跡部達が忍足を陰湿な苛めの対象とする事はない。そういった意味ともまた、少し違うのだ。そもそも氷帝テニス部の部員達は皆仲が良い。それは忍足も含めてだ。部長の跡部は馴れ合いなど御免だと言い切ってはいるが、彼等の結束は薄皮一枚で保たれているようなものでは決してありえない。
「・・・・・・まぁ、労働する姿勢は褒めてもいいんだろうよ」
 一度跡部は忍足が、配達物を抱えて走る姿をみかけた事があるが、日頃のやる気のない態度など何処にもないそれはそれは熱心な光景だった。金銭を得る労働であるから、半端な真似をするわけにはいかないという事だろう。もう少しそういった面を普段から見せれば跡部の中での評価も上がるのだろうが・・・・それは言っても無駄な事だろうか。
「姿勢、ねぇ・・・・」
「何かひっかかるみてぇな口ぶりだな?」
「まぁなぁ。あの野郎が張り切って配達してんの、すっげぇ目立つんだよな。うちの方も配達コースに入ってんだけどよ、御近所の奥様方の評判がすげぇいい」
「・・・・・・・いいんじゃねぇの?」
「確かによ、張り切って働いてるんだけどよ、俺、何度か見てんだよな」
「――――何を?」
 ちょうど、牛乳を取りにその家の奥さんが出てきたところにあたるとよ、ものすげえ全開の笑顔とでけぇ声で挨拶しながら、爽やかに挨拶してよ、流れる汗を拭うんだよな」
「・・・・・・それの何処が悪ぃ?」
「そうすっと、大抵の場合忍足に2本ある牛乳のうち、1本が差し出されんだよ。口では辞退するような素振りすんだけどよ、実際返したところを俺は見た事ねぇ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あと、よく貰いもので悪いけど・・とか言って、何か渡されてるぜ。奴に言わせると、『勤労少年の懸命な姿は見る者の胸に感動と慈愛と奉仕の心を与えるねん』とか抜かしてたぜ?」
「――――なるほどな」
 跡部の薄い目がきらりと光る。その視線の先は、ちょうど廊下を通りかかった噂の主の姿にピントが合わせられていた。
 つまりは、跡部が何やら気にいらないというかむかっ腹が立つというか苛立つというかの理由は、要するに本能的に察していたという事なのだろう。
 
 この日の、忍足用跡部特性メニューは、少しばかり苛烈を極めたかもしれない。
 
 
 
2007/01/14
 
 
<< B A C K