04 自動販売機のお釣りチェックは俺の義務
氷帝学園においてはそれぞれ役割というものが決まっていたりする。
自然な流れというか当人の自発的挙手により配役、分担化されていったのだ。水面下に流れる深い意味については敢えて誰も目を向けないようにしている。
いいではないか。やりたいという本人にやらせれば良い。これはけして苛めなどではない。パシリにしているわけでもない。本人によるあくまで善意で奉仕の行動だ。氷帝学園中それを疑う者は一人としていないだろう。
誰が疑うものか。いや誰も疑うはずかない。(反語)
あれほど生き生きと、喜々として駈けていく背を見て鼻毛の先程も疑う筈などない事なのだ。例え―――戻ってきた姿ががっくり悄然とへたりこみ、哀愁すらにじませていたとしても。何、気にする事はない。どうせ次ともなればまた颯爽と張り切り猛然とダッシュしていくのだから、気に病むだけ無駄というものだ。
「――え?最初はそれは・・・・戸惑いましたよ。はい。先輩にそんな事をさせるわけにはいきませんし、俺が行きますって伝えたんですけど・・・・怒られました。それはもう切々と・・情に訴え、剛にも柔にも脅され―――あ。・・・・・・・・。い、いえっ!日常生活における縦社会なるものの愚かさと理不尽さをこんこんと説明してくださいまして、俺、目から鱗が落ちたような気分だったんですよ!」
――とは、謙虚で穏やか礼儀正しく折り目正しくいかにもな良家の子息風爽やかスマイルにて、お婿さんにしたい男の子No1とも定評の高い(ここで跡部の名が上がらないのはそもそも別格故である)超高速サーブが売りの某2年生。
「・・・・・・・・・・・ウス」
意訳すれば、自分は当然そんな事をして頂きたいとは思いませんが、御本人たっての希望なので仕方なく・・・・気にするなと周囲の方々は言って下さいますが、やはり申し訳なく思いますので、時々お弁当を作ってきて差し入れとしてお渡ししています・・・・とか何とか。見た目の強面ぶりとは裏腹に、純粋で心優しい、気は優しくて力持ち――を地でいく家庭科が得意な巨漢の某2年生。
「――下克上は・・・・必要ありませんね。みっともないと何度もお話したのですが、あの人の聴覚は時折異常遮断してくださるようでして。もう好い加減反応するのも疲れましたし。人それぞれ趣味は異なるものですから、そういうものなのだと諦める事にしました。まぁ、地べたに這い蹲って隙間を覗きこんでいる姿に出会った日には・・・・それが現実の光景だとは、思う必要もないでしょう?あれは幻覚ですよ。この世には理屈では説明できない事が山程ありますからね・・・・」
とは、常に上昇志向で上を淡々と狙いつつ、己が能力を高める事しか興味がない――といった態度をとっている筈なのに、その生真面目な質が災いして(この辺りは某部長と通じる面である)何くれと任されたり引き受けたり――と損な性分を披露している、実はちょっとオカルト好きな特殊フォームがチャームポイントの某2年生。
つまりはこれら他者の意見を総合するに。その行為ははっきりいえば他人に迷惑を(主に精神的に)かけていると言い切っても良いだろう。ちなみに同級生たる3年生達に同じ問いかけをした場合、総じて3秒程黙りこみ、ぱちりと1回瞬きをした後に、何事もなかったかのように別の話題をふっかけてくる反応は、いかにして彼等が達観の位置に達するまでに葛藤(格闘?)したのかを案ずるに余りある。
「――――よし。10分休憩だ」
跡部の号令に糸が切れたようにバタバタと地面に座りこむ下級生。レギュラー陣はその光景を仕方ねぇなとばかりの視線で見ているが、けして余裕に満ち溢れているというわけではない。全国大会への出場が決まってから、緊急強化メニューはそれこそ血反吐を吐かん程で、夕暮れになる頃には一人二人と起き上がる事もできぬ状態でコート上でそのまま突っ伏していたりする。
宍戸あたりに「だらしねーぞっ!」とどやされても「・・・・うーるーせぇー」と沈んだままで力なく訴える向日の姿は微笑ましいと言えなくもないが、誰より激しい運動をこなした跡部が平然とその後もトレーニングをしていく姿に、一人、また一人と起き上がっていくのだ。それでも跡部に言わせると、「本番が近いってのに、無茶して壊すわけにゃいかねぇからな。温情メニューで勘弁してやってるんだ、感謝しろよ?」という事である。
実際、跡部は無理をしすぎて潰すような真似は考えていないので、休む時はしっかり休めと仲間達に厳命している。そんな中で一人、喜々として疲れ知らずの(特殊な条件が絡む場合のみ)男が立ち上がった。
「――皆、喉渇いたやろ?買出し行ってくるわ。いつものでええな?」
語尾に音符さえ付きそうな浮かれっぷりにて、レギュラー陣に満面の笑みで問いかけた忍足は、言うが早いか校内に設置されている自動販売機の方へ駆けていった。
この間僅か秒程だろうか。誰も言葉を挟む隙もない。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
沈黙(約一名は寝ているが)で駆けていく背を見守るは、彼等なりの友情とでも言うべきか。単なる諦めか。
「―――――樺地」
「ウス」
促されてぬっそりと立ち上がった樺地は、忍足の荷物持ちを手伝う為に忍足の後を追った。
「珍しく優しいね」
「・・・・・・あんなんでも、うちのレギュラーだからな」
「あはは。それで、樺地を行かせるのにしばらく待った理由は?」
「奴のチェック時間とずらす為だ」
「あははーなるほどねー」
「・・・・・・・・・・・」
くすくすと笑いを洩らす滝の横で、跡部はこれ以上ないぐらいの渋面を作っていた。それは、某ライバル校の眼鏡部長の不機嫌顰め面に勝るとも劣らぬものであったかもしれない。
その頃、噂の当人である忍足はといえば。期待に胸を弾ませながら自動販売機の前に立っていた。ここに誰かの忘れ形見があるか否か。それによって忍足は天国にも地獄にも落とされるわけである。基本的に、釣銭を忘れるような者がそうそういるわけはないのだが。
あまりに哀れな忍足の姿を見かねて、時折仲間達が小銭をそっと忍ばせておいてくれる事を・・・・幸いにしてか不幸にしてか、忍足は気づいていない。
氷帝学園テニス部における厚き友情は、沈黙をもって守られているようである。
07 動くとカロリーを消費するので出来るだけ動かない