03 新しい服が欲しいから蚕を飼い始めた
見てはならない光景を見てしまった。
このまますぐさま踵を返したい。
「・・・・・・・・・・・・・・」
じっと沈み混む気分のまま前方を見据える跡部は己の身の不運を嘆く。
こんな時に限って連れの樺地がいない。樺地が居れば、跡部に無言の頷きを返し、二人何事もなかったかのように別の道を選んだだろう。
だがしかし。
今現在跡部は一人。単独行動だった。
ここで方向転換をするのは負けた気がする。跡部は負けるのが嫌いだ。
しかも相手があの忍足では尚の事。アレに負けを見るなど屈辱の極み・・・・と思う心がある。この時、跡部の矜持と冷静な判断力が激しくせめぎあっていた。
道端にてしゃがみこんだ忍足の姿。けして立ち眩みなんのといった理由によるものではあるまい。
都内でも有数の進学校でもあり、政界財界スポーツ会文会学界芸能界・・・・多部他方面において活躍の場を広げている卒業生徒達の存在ばかりでなく、その富裕レベルの高さでも知られる氷帝学園の制服を着込み、道端でしゃがみこみ小学生数人と話し込む忍足。
はっきり言わずとも氷帝学園の恥だ。放置しておくわけにはいかない。
そう、生徒会長として、テニス部部長として氷帝学園を背負い導き、その才気を具現する跡部としては、・・・・見過ごすわけにはいかないのだ。けして、突っ込み気質が染み付いてしまったわけではない。そんな芸人みたいな真似はごめん被る。
「――――おい」
「うのわっ!」
跡部の長く優美な足がどかりと背後から忍足の後頭部を容赦なく蹴り倒す。その蹴り技は、解説者が居ればカウントでも取りたい所。カメラがあれば思わずシャッターチャンスを捉えたい程に鮮やかだった。
それまで話していたちょいとばかり胡散臭い眼鏡のお兄ちゃんが突然大地に沈みこんだのに構わずぽかんと小学生が見惚ける程度には華麗で強烈鮮烈な蹴り技だったわけだ。そのつぶらな瞳には崇拝と憧憬の色さえ浮かんでいたかもしれない。
「・・・・・・跡部ぇ・・・・・・何すんねん・・・・」
「うぜぇのが通行の邪魔だったからな」
「どこのジャイアンや!邪魔なら蹴るんか?避けたらええやろ?」
「俺様の行く道を邪魔しやがるのに遠慮はいらねぇ」
「――あかん。ええか?こんなんなったらしまいやで?人間謙虚さ忘れたらあかん。こないに育ったらあかん。反面教師や」
「・・・・・・・・・・」
「ねぇ、このお兄ちゃん、王子様?」
「かっけー!」
「違うよげーのーじんだろ〜」
「お歌歌うの?」
「踊るの?」
「変身する?」
「・・・・・・何故や。怯えへんのか・・・・・・」
「ふっ当然だな。それでてめぇは何してやがる」
「いやこん子らがな、ええもん持っとったさかい」
「あん?」
睥睨気味に見やる跡部の視線の先には子供達の手の中へ。透明なプラスチックの容器の中には数枚の葉と、白い芋虫。
「・・・・・蚕?」
「担任のせんせが家で育てて観察日記を書くように宿題出したんやて」
「ほぉ」
「生き物の世話は大変やろ?俺が代わりに育ててやろか交渉中やねん」
「――てめぇ、ガキから巻き上げるつもりか?」
「人聞き悪い事言わんといて」
「てめぇが善意のみで行動するたぁ思えねぇな。裏があんだろ。殴られる前に白状しな」
「・・・・・・殴っとるやんか」
口より先に拳が見舞い、避け切れずにまともに貰った拳の後を抑える忍足の涙目抗議は跡部にとって何ら心に止まる事はない。んな事より正直に吐きやがれ、と、強面の捜査官ばりの圧力をもって忍足に自白を強いる。
「忍、足?」
「あ〜一張羅がなぁ・・・・擦りけて穴空いてきとるし・・・・服、新調したい思うてなぁ〜」
「・・・・・・・・・・・・・」
蚕から。
繭から紡ぎ糸。
紡ぎ糸から・・・・その先へ。
糸か。
目当ては糸か。
糸なのか・・・・・・・・っ!!
跡部はここで何を口にすべきか悩んでいた。
脱力感を伴いながら、罵倒の全て飲み込み、何とか心を落ち着ける。ここは同情すべき時なのかもしれない。そうんな風に、いつになく忍足に憐憫の情が湧き上がってもくる。
ただし。
ただ一言をここで口にできるならば、跡部としては忍足に問いたい。
それは―――――
てめぇ、何年計画だ?
その一言を、問いかけて良いものだろうか。
07 動くとカロリーを消費するので出来るだけ動かない