† My funny valentain † (榊&跡部)
「放課後音楽室へ」、と廊下ですれ違いざまに囁かれ跡部は一瞬だけ動きを止めた。
視線だけでその姿を追うが、石膏人形で造られたような榊の顔には何ら表情が見受けられない。聞き間違いという事もあるが跡部の聴覚は良い方だ。まぁ行けばわかるか・・・・と軽く肩を竦めるだけで跡部は今の出来事を脳裏から追い出した。
その日は朝から騒がしく、強く印象を持たせようとでもいうのか前日に勝負をかけてくる者も居るには居たが基本的には当日勝負だ。学校内のどこを逃げ回っても誰かしらに見つけられるので無駄な努力は止めにしている。忍足あたりに言わせれば「存在自体が悪目立ちや」と面白がられるだけだが。
下手な騒動を引き起こすのは跡部の本意ではないので、数週前より告知を出していた。何様だよ、と陰口を叩く者もいるが素で「跡部様」と呼ばれる跡部に対してそれは愚問というものだ。
一つ、昼休みを含め授業の時間内には受け取らない。
一つ、手作りものは受け取らない。
(誰の手か何が混ざっているかわからぬ代物を受け取るのは無謀なるチャレンジャーでしかない)
一つ、窓口にはテニス部を通す事。その際は学年・クラス・氏名記載の事。無記名のものは破棄する・・・・などなど。
シャイな者の中には己の名を記載するのに躊躇いをみせる者もいるが後に跡部より直筆の礼が記されたカードを添えたお返しが貰えるとなれば皆こぞって書き連ねた。一応受付の場を幾つか分散させ、他人の目に入らぬよう配慮したせいか、山と詰まれていくチョコとプレゼントの中には女子ばかりでなく男子生徒からのそれも含まれていた。
テニス部部員に限らぬあたり、跡部の人気はいまだ顕在という事だろう。
事務作業を友人達と後輩に任せた跡部はひっそりと抜け出して音楽室へと向かった。静かな回廊に跡部が歩を進めるたびにキュッキュと上履きが踏み締める音が響く。つやつやと照り輝く床はその日の昼間ワックスにて磨きあげたばかりだ。
扉の前に立ち、軽いノックの後に「失礼します」と声をかけ中に滑りこむ。部屋の主は黒く磨き上げられたグランドピアノの前で静かな旋律を奏でていた。
「御用件は?」
「そこに座りなさい」
「―――はい」
問い掛けはそのまま流され、壁際に並べられた椅子への着席を命じられる。部長職に就いていた頃は、報告等の際には立ったままで答弁を行ったいた。着席を勧められた事は殆どない。そこに違和感を抱いたが、跡部は榊の言葉に従った。
榊の手が滑るように鍵盤の上を踊る。奏でられるは My funny valentain。卓抜した技術によるピアノソロに耳傾けながらも、跡部はこの場を訪れた事を微妙後悔しつつあった。
「・・・・・・・・・・」
パチパチと、曲の終了を合図に手を叩く。その音に、榊がくるりと椅子を回転させた。
「お前に贈る曲だ」
「――――――良い曲でした」
何と答えて良いものか。深い意味はないだろう。そう思いたい・・願いたい。
「今日の日に相応しい曲だろう」
「・・・・・・ええ、まぁ」
タイトルからしてそうであるから、相応しいのは当然なのだが・・・・だがそれが何かと訴えるべきか。いや、何も聞かずにすぐさまここを立ち去る事こそ正しき選択でなかろうか。そうだ。その判断に間違いはない。
そんな事を考えていた跡部であったので、幾分意識が現実逃避していたようだ。鼻先にふっと芳しい香りを感じ、はっと目を見開くと大輪の薔薇の花がそこにはあった。花弁の質といい、香りの芳醇さといい、安物ではありえぬものだった。この花束を榊が手に持つ様はゴージャスとしか言えぬだろう。見事にしっくりはまりすぎていて・・・・年季の入ったホストにしか見えなくはあるのだが。
「あの?」
「それと、これだな」
「・・・・・・・・・」
花束を押し付けられ、戸惑う跡部の手に小さな箱が渡される。まさか指輪が入ってるなんてことはねーよな?!と、洒落にならない事態に跡部は表面上こそ平静を保っているものの、内心的には恐慌状態に近い。
いや待て落ち着け。今まで監督がおかしな振る舞いを見せた事はない。下世話な噂は確かにあったが、全て事実無根であると言い切れる。何故なら実害はなかったから。
この御大層なプレゼントの意味は他にある筈だ。そうに違いない。監督が教え子相手に想いを寄せているなど、あってはならぬ事。まぁ自分に関わらなければ、プラトニックに限り構わないとは言い切れるけれど。
少し気持ちを落ち着けてくると、相手を観察する余裕も出てきた。監督の目に下心を彷彿させるような色はない。
「―――これは、チョコレート・・・・でしょうか」
「他の何だと?」
「―――そうですね」
よし。第一危険ポイントクリア―――と、跡部は心の内で小さくガッツポーズ。チョコレートならば問題ないかと言えばそうとは言い切れないけれど、それでも他の何かであるかに比べれば断然危険度は低い。それに中身がチョコレートだからといってそこに特別な感情が込められているとは限らない。日本のすばらしき伝統として『義理』の二文字があるのだから。
いやだが監督がわざわざ跡部に義理チョコを手渡して何となるか。しかも真っ赤な情熱の薔薇の花束付きで。いやいや花束は卒業祝いの前渡しかもしれないし、もしかすると監督が今晩約束でも交わしていた本命の彼女とのデートがキャンセルされてしまい花束が無駄になってしまったのかもしれないし、はたまた監督の事だから贈り物にには薔薇の花束・・などと、変なこだわりがあるのかもしれないし・・・・などと幾つかの可能性を脳内列挙していた跡部は、ともかくバレンタインデーといえど、愛を告白するばかりではないというポイントに望みをかけていた。
だが、義理にしては少々ならぬ金をかけすぎ・・・・いやだがしかし・・・・と、心安らかとなる可能性を追い求めていた跡部は、はたと一つの可能性似着目した。
「監督。これはもしや、賄賂の類でしょうか」
「そんな事はない」
即答だった。だが、その素早さが返って跡部の疑念を確信させる。
「こんな理由などなくとも、差し上げるつもりでしたが」
「何の事だ?」
返す言葉もとても早い。だが、跡部の研ぎ澄まされたインサイトと名付けられた鋭敏な感覚は、監督の言葉の裏にある嘘を見破ってとった。
「――腹芸をしても仕方がないでしょう。確かに今まで自分は監督の誕生日に何かを差し上げた事はありませんが、それは自分の立場故の事でして。幾ら顧問の先生を尊敬しての事であっても、特別に目をかけて貰う為のゴマすりと取られかねません。実力を疑われるのは心外ですので、付け込む余地を与えたくなかったのです」
「跡部。ならばお前は――」
「部も引退した今、三年間の感謝を込めて監督の誕生日に贈り物をするのは、全くおかしな事ではないでしょう?先ばれになってしまいましたが、自分はそのつもりでしたよ」
「―――跡部っ・・・・」
「―――――――」
感極まった榊が、跡部を両腕で包み込む。力任せに抱きしめられて、跡部は何とも言えない気分になる。
これがスポ根まっしぐらの熱血教師相手ならばそれも有だろう。暑苦しい事この上ないが、体当たりで感情を表す教師というのは確かに居る。が、榊の見てくれはアレがナニなわけで、高級感漂う香水の香りに包まれた跡部としては、果たしてこの場はいつまで我慢してどの段階で穏やかにかつ相手を傷つけぬよう逃げを打つか相手の体を押し出すべきかと、考えていた。
そんな折。
タイミングの良すぎる奴・・・・悪すぎる奴というのは存在するもので。いや、奴の事だからそれは確信犯的行動ではないかとかなりな所疑える所なのだが・・跡部が醒めた視線で視線を流していた先の扉がすいと引かれた。
「監督〜跡部、見とらん・・・・・・・・おぁ?!」
「・・・・・・・・・・・・・」
やたらと大仰に両手を曲げて捻らせて「まぁ驚いた!」的ポーズを取る忍足。対面する跡部はすっぽり榊の腕に包み込まれたまま。
非〜常に気まずい。一方的に跡部がただ一人が気不味いのであった。
「―――ほな、お邪魔さん、言う事で・・・・」
ひそっと聞こえるか聞こえないかの小声でそう言うと、忍足はしごく丁寧な、うやうやしいとも言える手つきで扉を閉めた。その後バタバタと廊下を走り抜ける足音が遠ざかっていく。後に取り残されるているのは榊と跡部の二人きり。―――――事態は拙速の対応を要していた。
「監督」
「どうした?」
「プレゼント、有難うございました。お礼はまた改めて。今は少々危急の事態に見舞われましたので、ここで失礼させて頂きます」
「跡部?ま、待てっ!ここは2階っ!!」
「・・・・・・・・・」
榊の引き止める声を無視し、跡部は片手に薔薇の花束を掴んだまま窓の手すりに手をかけ、ひらりとその向こうへと身を躍らせた。
ふわりと浮遊感が跡部の身を包む。鍛えあげた長身をくるりと回転させて調整すると、跡部は余裕で窓の下へと着地した。跡部が降り立った丁度その目の前には、呆気に取られた表情の忍足が立っている。後から追いかけても間に合わないと判断した跡部は、先回りする為に窓を降り口として利用したのだ。
「・・・・自分、無茶しよるわ。スーパーマンかいな」
呆れたように忍足は、窓を見上げながらそう呟く。見上げた先では榊が表情を僅かに強張らせて下を見下ろしていた。
「この程度の高さなら、問題ねぇよ。それより、テメーこの後何処へ向かうつもりだった?アァ?」
「いやん。そない怖い顔せんといて。綺麗なお顔が台無しやん」
「怖いか。そう思うのはテメーに後ろ暗い所があるせいじゃねーのか?」
「あらへんあらへん。侑士の侑は『たすける』の意や。純心ピュアな善人侑ちゃんやで?」
「ほほぉ。どこらあたりが純心なのか、向こうでとっくり聞かせて貰うとしようじゃねーか。おら、大人しく覚悟決めて神妙に付いてきやがれ」
「いだっ!あいだだだだっ!跡部っ!耳掴んで引っ張らんといて〜!!」
氷帝学園中等部において一、二を争う有名人である見目も中身も半端でなく目立つ二人である跡部と忍足は、盛大な好奇の目を集めつつも遠巻きに眺めて見送られていった。何しろ相手は『跡部様』。悲鳴を上げて助けを求める忍足を哀れに思う気持ちはない事もないが・・・・誰しも逆らおうなどとは思わないのであった。
その光景は、その後氷帝学園におけるfunny valentainの1シーンとして、後々まで語られる事となる。
ちなみに補足ではあるが、その日以降に榊に関わる噂が密やかにもおおっぴらにも広がっていったという事実も―――また無いのであった。
VT企画第2段。榊&跡部。
獲得ポイント2票にて横並び4位。
御投票有り難うございました。
しかし投票下さった方もこんなんは望まなかろう・・
いやまぁ先にラブ無し明言していましたしー(逃走)
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