† 甘くない日常 † (手塚&跡部)
跡部景吾といえば氷帝学園内では知らぬ者など存在すらせぬ有名人だ。
成績優秀眉目秀麗容姿端麗――とくるだけでも出来すぎな感はあるが、それに加えて上流階級に属する生活環境と、生まれ持った強烈なまでのカリスマ性。
当然の事ながら、もてる。とにかくもてる。死ぬ程もてる。
バレンタインデーが近まる時期ともなれば、学園側にて対策委員会が設けられる程にもてるのだ。何か事故やら事件が起きてからては遅いという事で、議論を煮詰めた末に学生の本分を優先させるという話となり、バレンタイン絡みの行動を禁止するという結論となったのだが―――当の本人が異論を挟んだ。
確かに受かれた騒ぎではあるけれど、幼い感情ではあるけれど、誰かに好意を抱いての行動を一体誰が制限できるものなのか、と。ましてや自分に関わる事が要因となるならば、他に耐処方もありますと言い切った跡部は、バレンタインデーにおいてどんなプレゼントも受け取らず、誰からの告白も受付ないと宣言した。
「単に騒ぎから逃れたかっただけじゃねーの?」
跡部を崇拝する下級生や一般部員達からはけして出ぬだろう意見を発したのは付き合いの長さも深さもダントツの元レギュラー陣だった。
「―――さてな」
くっと笑みを口許に飾る跡部は機嫌が良い。例年ならば地獄の追いかけっこともなる所、朝より喧騒に塗れる事なく静かに過ごせているのだから、まあ当然だろう。
「男子生徒の大半は感謝しとるな」
「何でだよ」
「確率が上がるからだろ?」
「義理貰っても仕方ねーじゃん」
「そう言い切れないのが男の子だC〜。でも今年は跡部からのお裾分け貰えなくて残念無念〜」
「青学の菊丸かよ。別にお前宛てで十分貰っただろうが。―――どうした、忍足」
完全覚醒とはいかぬまでも、半覚醒ぐらいでテンションの高いジローに呆れていた跡部だったが、いやに熱心に窓際の壁に寄って外を眺める忍足の姿に目を止めた。
「噂をすれば影や」
「?」
「あっ手塚じゃねーか」
「何しに来たんだ?」
「跡部さんに会いに来たんじゃないですか?」
「ウス」
「別件じゃねぇの?」
跡部の言葉は懐疑的だった。跡部からすれば、手塚国光とは、目を逸らす事のできない終生のライバルのような存在だ。相手も同じ認識をしているとは跡部も思ってはいない。時折認識すらされていないのではないかと思うぐらいだ。
「人待ち顔ですね」
「やっぱり跡部だC〜俺、迎えに行こうか?」
「ちっ。俺が行く。どうせ帰る所だったしな。顔馴染みのよしみで用事を聞いてやる事にするよ」
ぞろぞろと雁首並べて行きかねない様子の仲間達を、跡部は舌打ち一つを放つと、自らが出向く事を宣言する事で彼等を抑えた。
「よぉ、地味目立ち野郎」
「その言葉には矛盾を感じるが」
「そうかよ。それでわざわざ何の用だ?事務室なら向こうだぜ」
「知っている。今日は跡部、お前に用があってな」
「ア?」
「チョコレートをお前にやろうと思う」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかったよ。てめぇの家でいいんだな」
「ああ」
複雑そうな表情を浮かべた跡部に手塚は重々しく頷くとくるりと背を向けた。まるで跡部が付いてくる事を疑わないとばかりに。
その背を見つめた跡部は、軽く頭を振ると、思い切ったかのように手塚の背を追うのだった。
「マジかよ」
「うっそ!アイツラそーいう関係だったのかよ!」
「跡部も水臭いよね。俺も初耳なんだけど。忍足は?」
「うちの大将、私生活は秘密主義やしな。悟らせるヘマせんやろ。最後の最後に油断したんか?」
「でもお似合いですよね!宍戸さん」
「アア?んで俺に振るんだよ。日吉、てめーもむくれてんじゃねぇ」
「別に、俺は」
「あ、樺地が泣きだしちゃった」
「って落ち着け。アイツが手塚と付き合っていようがラブラブだろうが、跡部は跡部だろーがっ!」
はらはらと泣き出した樺地に宍戸の檄が飛ぶ。跡部の帰った後の氷帝学園はまだまだ静まり知らずのようである。
「くちっ」
「風邪か?」
「いや。どうせ煩ぇ奴等が人の噂話に花咲かせてんだろうよ」
「ふむ」
「っかし、これで全部か?」
「ああ。やはり例年ながらこの時期は新しい商品が多いな」
「にしても多過ぎねぇ?」
「だからお前を呼んだんだ」
「あーはいはい。俺よかお仲間呼びゃいいのによ。菓子の類いなんざ好きそうじゃねぇの?」
「確かにそうだが、俺が食べる前に食い尽くしてくれたりするのでな。それと、跡部の繊細な舌による忌憚ない評価は聞いていて面白い」
「ああそうかよ。俺様はてめーに付き合わせられるたびに味覚が崩壊していく気がするぜ」
「案外ヤワだな」
「―――――――――――――それで、まずはどれからいく?」
「これからだ」
山と詰まれた中から手塚が取り出したのは、チープな品の割には高級感がないこともない小箱だった。
「猫?」
「猫の舌がモチーフらしいな」
「ふん、薄いのが売りか。ち、脆ぇな」
「どうだ?」
「まあ、悪くはないんじゃねぇの?格別際立った特色があるわけでもねーけどな」
「なるほど。少し物足りないぐらいかもしれないな。では、次はこれだ」
「きのこの山ね。限定品多いよな。ちょっと見、毒キノコじゃねぇ?」
「跡部。毒キノコというのは一見普通に見えるものの方が多いぞ。むしろ、色鮮やか過ぎる物の中に美味な茸もある。ふむ、今回は抹茶と胡麻か。悪くない」
「そうだな。それなりにほろ苦い抹茶風味が出てんしゃねぇの?次はそれよこせ」
「こっちか。では俺はチーズケーキの方を」
「ただのホワイトチョコじゃねぇの?」
「いや。微妙に甘酸っぱいチーズケーキの風味が感じられるぞ。そちらは林檎が入っているのか?」
跡部が手にしたのは、林檎を象った器の中にチョコレートが詰められている品だった。
「ああ。林檎の隠し味もいいが、何といってもカルバトスが風味を引き立てているな」
上機嫌に評価した跡部は、余程気に入ったのかそのチョコレートをもう一つつまんでいた。そう多量には甘い物を食さない跡部にしては珍しい事である。
「・・・・・・・・・・・・・・・・跡部。カルバトスとは確か酒ではないか?」
「その通りだ」
「何故、酒の味がわかるんだ?」
「はっ!細かい事を突っ込むんじゃねーよ。ブランデーもラム酒もシェリー酒も調理上欠かせねぇ。味ぐらい覚えて当然」
「・・・・・・・・・・そういうものなのか?」
「そうだ」
「・・・・・・・・・・そうか」
きっぱりと言い切られれば、手塚の方は納得するしかない。この辺りが、跡部にとって手塚を組み易しと思うポイントだ。
「まぁ、良いか。それより、こちらを食べてみてくれ」
「アァン?ただの板チョコじゃねぇの?」
「口内で少しずつ溶かしながら食べると良いと注意書きがしてあるな」
「・・・・・・・・・・・ふぅん?」
手塚の差し出したチョコレートの欠片を跡部は手に取ると、くんと匂いを嗅いだ後口の中へと放り込んだ。
何となく直感的に危険シグナルを察知し、ゆるりと舌の上で転がすようにして溶かしていく。その間、段々と、跡部の秀麗な眉が顰められていった。
「――――――手塚ぁ」
「何だ?」
「んだよ、これは」
「跡部はさほど甘い物が好きではないようだからな。甘みを抑えたチョコレートだ」
「チョコか?これがチョコか?おい、パッケージ見せてみろ」
手塚の手からひったくるようにして跡部が箱を奪いとる。
「・・・・・・・・・・・・99%?」
「ポリフェノールは通常の4倍らしいぞ」
「知るかよっ!うぇ、味覚と触感が比例しねぇ・・・・」
「味覚が麻痺していると思えば、確かにチョコレートだな」
「何だそりゃっ!!」
微妙なコメントを放つ手塚に対し、「味覚麻痺してる状態でチョコ食ってどうすんだよ」と、跡部の方は至極まともかもしれない意見を言う。そんな跡部をじっと見つめた手塚は、またさらに別のチョコレートを取り出した。
「ではこちらを食してみろ」
「・・・・・・・・・・・・・てめぇの言葉は信用なんねぇ」
「そういうな。ちゃんと甘味はある筈だぞ」
「ちっ、わかったよ」
再び先程と似たような形状――つまりは板チョコの欠片――を差し出され、警戒心が沸かぬ方が無理というものだ。しかしながら、生真面目一辺倒とはいえ、手塚はあまり嘘を付く方(付けないというか)ではない。先程の後味が未だ舌に残って微妙な感じである跡部は、手塚の手からチョコを取り上げると、口の中に放り込んだ。
「―――――」
「どうだ?」
「・・・・・・・・甘味は、あるな」
「そうだろう」
「・・・・・・・確かにチョコでは、あるな」
「先程のもチョコレートだ。ただし、甘味は一切省かれているが」
「それが問題なんだよっ!こっちにゃ確かに甘みがあるにはあるけどよ・・・・おい、パッケージ見せろ」
跡部の促しに手塚は手に持っていた箱を渡した。そのパッケージをしげしげと眺めた跡部は、怒りの表情ですらなかったものの、口元を微妙にひくりと歪ませる。
「――――――85%」
「断っておくが先程のとは製菓会社が違うぞ」
「んなの大した違いじゃねーんだよっ!!くそ、これだからテメーに付き合うのは嫌なんだ。一季限りのキワモノ商品に、そうそう当たりなんざねぇし・・・・」
「いつも感謝している」
「全っ然、実感こもってねーんだよっ!全く、新商品集める度に人を実験台にしやがって」
「次回もよろしく頼む。それと訂正しておくが、お前一人に食べさせているわけではない。ちゃんと俺も食べているだろう?」
「そりゃ、当たり前だろーがっ!!!!」
封を切られた菓子の山を前に、耐えに耐え抜いてきた跡部であったが、とうとうたまりかねた怒声が発せられた。
けれども、何のかんのいっても、またこのように誘われれば、渋々ながらも手塚に付き合う跡部の姿があるのだろう。何のかんのいって付き合いが良く、面倒見が良いのが跡部という男であるのだ。それが、跡部が背負なくても良い余計な苦労を背負ってしまう要因であるのかもしれないけれど。
そして――――
翌日より、氷帝学園内に流れる事となる、怒涛の噂の中身とその後に背負う多大なる苦労の事を、この時点で跡部は全く気づきもしなければ予測もしていなかった。
VT企画最終便。手塚&跡部。
トリを飾るは第1位 手塚国光氏。
皆様、御投票有り難うございました。
大層引っ張りまして遅くなりました。
これにて2006年版VT企画は終幕。
やはりラブは程遠いわけなのです。
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