† ステップアップ †  (千石&跡部)
 
 
 
 
 
 
「はーい、跡部くん、お久〜♪」
 能天気な掛け声と共に現れたのは、オレンジ色のラッキー(当人注釈右上がり)千石。どうにも、その面を見ていると一足早い春の訪れを感じる。
「・・・・・三日前にその面を見かけたと思ったがな。てめーの脳内メモリは前時代もんか?」
「三日も前なら大昔だよ。君と会えぬ日々時間は一日千秋の思いなんだから」
 胸に手を当てよよよと泣き崩れる千石はオスカー女優にでもなったつもりなのか。
 跡部は人知れず溜息を吐く。この鬱陶しく馴れ馴れしいお気楽ラッキー男は、この春より氷帝学園高等部への入学が決まっている。有り難くも未来の御学友というわけだ。
 今までは、他校生出入り禁止とすげなく追い払っていたのだが、これからはそうもいかなくなる。当然の事ながら、千石が氷帝に入学するのはテニスの為だ。すでに跡部達氷帝学園中等部持ち上がり組みと等しく、テニス部入部は確定済みだ。
 全く。それでなくとも手のかかる面々に囲まれているというのに・・・・これ以上重圧がかかるとくれば、跡部でなくとも溜息が重くもなる。こんな事なら南あたりも引っ張ってくるんだった(主に千石担当世話係りとして)と、跡部は今更ながらに悔いていた。
 跡部の進退に関しては、高等部には上がらずに中学卒業と同時に海外留学するであろうという意見が圧倒的であった。そんな周囲の囁きを他所に、跡部は外野の声などどこ吹く風といった態であっさりと高等部への進学を決めた。
 勿論、学園側は大歓迎だ。跡部景吾という、華やかで圧倒的なカリスマ性のある人物は、氷帝学園の顔である。中等部においても充分その名を外に知らした跡部であるが、高等部ではさらなる名声を得るだろうと大いに期待されていたりする。
 跡部の本音としては、確かに海外を拠点としたいという望みはある。日本国内の高校に在籍しながら、外の大会に出てランキングを稼いでいくのは不可能ではないが無理がかかる。何しろ余計な負荷が多すぎるからだ。
 跡部財閥の名は嫌でも跡部の肩に重く圧し掛かる。中学三年間でそれなりの実績を積みはしたものの、祖父母的にはまだ足りぬという事で、跡部はその上の箔なるものをもぎ取らねばならなくなった。ここで無理だと手を上げれば、跡部はこの先のテニスを諦めなければならない。
 だが、祖父母の提言通り、氷帝学園を率いて全国制覇を勝ち取り、また同時に生徒会長として跡部家の跡取りの名を貶める事なく学園を統括しきれば、その後は跡部が自らラケットを置くその時まで、自由にテニスができるのだ。ゆるされて数年・・・・せいぜい成人するまでだろうと見切っていた跡部にすれば、破格の大判振る舞いというもの。ここで乗らねば跡部景吾の名が泣くというものだ。
 働き盛りの父母は、そのぐらいの自由は与えてあげたいと、常に息子の味方だ。息子の能力を信頼しているというのもあるのろう。跡部は勿論最終的には跡部家を引き継ぐつもりだし、そうなったら余所見など何もしないつもりだ。だが、自分の中にある一番の望みは・・・・やはりテニスで思う存分燃焼したいというものだ。
 千石という存在は、扱い辛いが実力は確かだ。調子に乗りすぎる感はあるが、その身体能力には目を見張る者がある。山吹中ではかなり自由に過ごしてきたようだが、同じチームになったら跡部は容赦しないつもりだった。徹底的に鍛え直す――などと跡部がそ知らぬ顔で考えていると知れば、千石は尻をからげて逃げ出したかもしれない。
 
「で?今日は用があるのか?
「いやぁ。ははは。手厳しいねー。ほら、そろそろ氷帝の空気に慣れておこうと思ってさー。何しろ今までがとにかく自由だったから」
「怖気づいてんなら、別の高校行ったらどうだ?」
「今更それはないでしょ。第一、不安ばかりじゃないんだけど?楽しみの方が大きいし」
「ほー」
「あ、本気にしてないね。これでも俺、高校生活ではぶっちぎりのスタートダッシュかけるつもりだからね。だけどあまり目立ち過ぎると上から叩かれちゃうかなー。うん、でもその場合は跡部君が守ってくれるよね」
「ばーか。てめぇの始末はてめぇでつけろ。一々人に尻拭いさせんじゃねぇ」
「でもねー。やっぱり跡部君の名は強いと思うし。それとも、跡部君も1〜2年の頃は大分叩かれた口?」
「さぁな」
 跡部は含みある笑みを浮かべて答えを曖昧に逸らした。実際の所は上級生達との間に軋轢は無い。だが、それを知らせるより少し不安を抱かせて緊張感を持たせてやろうと思ったのだ。別に意地悪からではない。・・・・多分。
「それでさー今日ってバレンタインデーなんだよね」
「あぁ?」
 何がそれでだ?と、苛立ちも露に跡部が睨みつけても千石は堪えた様子など全くない。どころか、立て続けに畳み掛けてくるから実際始末に負えないというものだ。
「跡部君はチョコいっぱい貰った?」
「当然だろ。てめーもそこそこ貰ったんじゃねーのか?」
「俺ってそんなにもてそうに見える?」
「はっ!へらへら調子良くお愛想振りまいてんだろ。義理チョコ三昧が関の山だろうがな」
「さすがは跡部君。インサイト健在だね」
「普通に洞察力があれば誰でもわかる。だが、そうやってふらふらしてっと本命を取り逃すぜ?」
「うーん、まぁねー。本命はもう高嶺の花っていうか、大物中の大物だから歯牙にもかけられてないっていうかねー」
「へぇ」
 本命居るのかよ、と跡部の青い瞳が面白そうに瞬いた。だが、下手に突付いて惚気られても鬱陶しいだけなので、そこで追求する事はなかった。後で忍足あたりにでも情報を回してやろうとは思っていたが。
「―――それはさておき!跡部君にお願いが」
「願いだぁ?」
「そうそう。お願いです。ここは真面目な話ね。えーと。・・・・チョコレート、頂けないでしょうか」
「断る」
「うっわ即答。さすがは氷のエンペラー。冷たさ抜群マキシマム〜って嘆いてる場合じゃないし」
「一人遊びは他所でやんな」
「一人でやったら寂しいだけだって。いやだからね。再度のお願い。『バレンタインデーには跡部君からのチョコレート』って特約があれば、俺ものすご〜くやる気が出ると思う」
「馬と人参かよ。――――ま、やってやんねぇ事もねぇが」
「ほんと?!」
「・・・・嘘じゃねぇな。おらよ、口開けな」
 合図と共にぴんと跡部の白い指が何かを弾く。放物線を描いて落ちてきたそれを千石はぱっと開いた口の中に取り入れた。
「―――麦チョコ?」
「さっきジローに押し付けられてな。チョコはチョコだろ」
「はいその通りですねーはは。いや、嬉しいよ。うん。チョコはチョコだしね」
「不満か?」
「いえいえ滅相もなくー」
「ふん。ま、それより上が欲しいなら、それなりの実績を見せるんだな。来年はそれ次第って所でどうだ?」
「了解っ!」
 満面の笑みで親指を立てる千石を、跡部は「ばーか」と鼻で笑うのだった。
 
 その後、事の顛末を聞き及んだ忍足に「千石にチョコ上げるんやって?」と問われた跡部は、「成績次第だがな。ま、及第点取ったらチロルチョコでも与えてやるさ」と返した。張り切る千石を横目に忍足が少しばかりの同情を抱いたとか何とか。
 
 

 
 
VT企画第3段。千石&跡部。
 
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