03 教室の植木鉢の世話をしている人
「ぇぇなぁ」
「・・・・・・・・」
窓辺に向ける視線は物憂げとも切なげとも取れる。
うっとりと、これが女であるならば、恋する乙女か夢見る少女。しかしながら、いかんともしがたい事に忍足侑士は男であった。それも、口さえ開かなければという注釈付きであるが、かなり上等の部類に入るイケメン系。
中途参入ながらも部員200名を抱えるテニス部においてレギュラーを張り、少々元気に過ぎる相棒を時に支え、時に叱り、うまく宥めて盛り立てる、面倒見の良さには定評がある。一部においてはキモオタ扱いされていたりもするが。
「ユミちゃんやろか、エリちゃんやろか、意外な所でミーちゃんかもしれへんし、や、サオリンの可能性も捨て切れへんなぁ。案外担任のメグちゃんやったりして」
「―――誰もてめぇの女遍歴なんざ聞いてねぇよ」
不機嫌極まりないという表情及び声音にて、跡部が凄みを効かせて忍足を牽制するが、まぁはっきり言えば効果はない。
暖簾に腕押し、糠に釘。砂漠に水をやるようなもの――は言いすぎかもしれないが、ようは言うだけ無駄である。泣く子も黙る、氷帝テニス部に君臨する帝王様の怒声とて、右から左に流せる器用な輩だ。
跡部が不快気に口を挟んだのは、何も忍足の女癖の悪さを諌める為ではないし、ましてや嫉妬などありえない。そういう面からいえば、全校生徒(一部教師も)の恨みを一身に集めておかしくないほど、跡部はもてる。死ぬ程もてる。校内・校外にファンクラブのようなものを持つ者など、普通の一中学生にはまずありえない。
「しかも何だ?クラスの女ばっかじゃねぇか。はっ狭ぇ世界だな」
「さすが跡部様はクラスメイトのプロフィールも完璧やね」
フルネームではなく、下の名前、それも愛称を羅列しただけだというのに跡部はそれが誰であるかすぐに把握したようだ。部長・生徒会長のみならず、クラス委員も務める跡部の肩書きは伊達ではないという事か。
「ふん。一応忠告しておいてやるが、教師相手の火遊びだけはやめておけよ。教育委員会がうるせーぞ」
「せぇへんて。第一メグちゃん跡部ファンやで?ついでに43狙いやし」
「前者はともかく趣味悪ぃよな」
恐らく現在過去未来において、最も監督の寵愛を受けているであろう跡部はあっさりそんな言葉を言い放った。
「監督泣くでー。や、しかし跡部は気にならんのかいな」
「何がだよ」
「アレや」
「・・・・・・植木がどうしたってんだ」
忍足が指し示す先には、窓際にて生き生き生育中の植木鉢が数点並んでいた。幾つか蕾が花開きそうになっているものもある。早晩、可愛らしい花を咲かせる事だろう。
「誰かが世話しとるやろ?」
「そりゃ、世話しなかったら枯れるだろうな」
「誰やろなー思うて、日々心ときめかせとんねん。草花を愛する心優しい女の子やで?大人しいサオリンあたりの可能性が高いと俺は思うんやけどなー、意外な線で元気者のエリちゃんかもしれへんし」
「・・・・・・・・・・・・・」
嬉し気に語る忍足は、正体の知れぬ相手にどうやら心ときめかせているようだ。さすがは自称ロマンチストとでも言うべきか。生徒達が集まった授業時間内にそれらの世話をしている者の姿は見えず、それはつまり朝の早い時間などにひっそりと世話をしているのだという結論が導き出される。
その内に秘めたる奥ゆかしさ、素朴かつ純粋なる優しさが男心を打つねん!と、それはそれは熱心に情熱を込めて(日頃のだらけぶりが嘘のように)切々と訴える忍足。途中で跡部が癇癪を起こさない方が不思議だった。
「―――つまり、結論的には、だ。てめぇは、その誰がやったかもわからねぇ行為に心ときめかせているってわけだな?」
「いややな―。クラスの子に決まっとるやん。わざわざ別クラスの子が此処の世話するわけないやろ」
「そりゃぁな。確かに同じクラスだが。ご期待に背いて悪ぃがな・・・・そりゃ、俺だ」
「・・・・・・・・は?」
「朝練準備の為に早めに来てるのは知ってんだろ?」
「・・・・・・・・部長さん、勤勉やし」
「別に特別な事じゃねぇよ。一端教室に来るんだが、どうも誰も世話しねぇせいか、鉢植えが枯れかけてたんだよな。それから、朝の水やりも日課になった。以上だ。他に何か聞く事あるか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「聞こえねぇよ。はっきり言いやがれ」
「お、男の純情・・・・返してぇなぁぁあ――っ!!」
「知るかボケ」
涙すら湛えて叫ぶ忍足に対し、跡部はといえばどこまでも無情に突き放すのだった。
05 遅刻者チェック中の風紀委員を自転車で轢いた人