03 放課後、教室に残っていてください。
跡部が天邪鬼な質であるのは、周知の事実であると言えた。
反感を抱かれればそれを助長する、敵意を抱かれれば煽りまくる――そんな面がある。
趣味が悪いな、と呆れるのはごく親しい身近な者達だ。彼等は跡部がその気になれば、いかようにも相手を翻弄できる程の魅力を振りまける事を知っているからだ。けれども格別それを改善させようとは思わない。自分達が知っていればそれで良い、そんな気持ちを抱いているからだ。自分達だけに見せる飾らない跡部の姿を、ある意味特権とも思っている。
それでも、周囲を圧する威圧感と居丈高な態度と高圧かつ高慢な態度をもってしても、跡部には人を惹きつける魅力がある。特に一度対峙した者ともなれば、本来あるべき姿――真摯で生真面目な性質が透けて見えるのを感じ取るのだろうか。
山吹中の千石然り、立海大附属の幸村然り、青学の手塚然り。周囲は彼等を友人関係と見る。最も、最後の手塚に関しては跡部が一方的に拘り、突っかかっているように見る者も少なくないのだけれど。実際のところは互いに認め合う関係であり、運が良い者――あるいは運が悪いのかもしれないが――は、彼等二人が休日などに連れ立って歩く様や、穏やかに笑む手塚や、柔らかに笑う跡部の姿といったものを見る事ができるかもしれない。
青春学園の生徒達においては、跡部景吾という存在自体がいろいろと複雑だ。単なる敵役として憎めれば簡単な話であるが、青春学園に赴いてくる跡部に対し手塚が険ある態度で接する事はまず無いと言って良い。
氷帝学園において生徒会長を務める跡部は、姉妹校という程ではないが何かと関わる事の多い青春学園に単身やってくる事が少なくない。勿論冷やかしでも何でもなく、相応の用件があってだ。そしてそれを迎えるのは、やはり青春学園において生徒会長を勤める手塚国光となるわけである。
その為、二人が校内を連れ立って歩く所、会話を交わす姿、そんな光景を青春学園の生徒達が見るのは珍しい事でもなかった。そうして判断するにあたっては、二人はごく親しい関係のように、見えるのだ。数々の因縁を踏まえた上であったとしても。
「何でアンタここにいるんスか」
テニス部の部室において、部外者でありながら他の誰より寛いでいる跡部に対し、青学次期柱と期待される越前リョーマがぶすくれた表情でそう言った。ちなみに他のメンバーに関してはそれほど非歓迎のムードというわけではなく、すでに慣れたが故なのか茶など差し出し受け入れている。
「堅ぇ事言うなよ」
「邪魔なんだけど」
「部屋なら余裕あんだろ」
「存在が邪魔」
「はっ、なかなか言うじゃねぇのよ。口も達者になってきたもんだな」
「褒めて貰っても嬉しくないし」
明らかに喧嘩を売っているとしか見えないリョーマの口ぶりを、跡部は面白がって受け流すだけだ。その為、険悪なムードとならずにいるのだが・・・・不幸にも跡部の横に座っていた大石などは、宥める為の笑みすらひきつり、ようやく落ち着いてきた筈の胃を抑える状態となっている。
「え、越前・・・・跡部は手塚を待っているんだよ」
「また?って、アンタがいつまでの残っている理由なんてそれしかないだろうけど。いい加減にしてよね、部長に付きまとうの」
「ふふん。やきもちかよ」
「そんなんじゃないし」
「越前よ、そういうところは可愛げあんぜ?」
「・・・・・人の話、聞いてる?」
くっくと含み笑いをする跡部に、リョーマは完全あしらわれている風である。驚異的なテニスの実力も、こんな場においては役に立たない。そもそも跡部相手ともなれば、無理もない事であったが。
「断っとくが、待ち伏せしてるわけじゃねーぜ?奴から誘いを受けたんだ。ほら、な」
ぴらと跡部が皆に見えるようにひらめかせたのは、何の変哲もない一枚のレポート用紙であったのだが、その中央には几帳面な文字でもって【放課後、教室に残っていてください。】と記されていた。
「手塚の字だね」
「うん」
「これ、教室って書いてあるじゃん。部室関係ないんじゃない?」
「確かにそうだが、あの馬鹿、どこの教室かは書いてねぇだろ?一人、他校生が勝手に教室で陣取るわけにもいかねぇから、こっちに来たんだよ。ったく、肝心なところで1本抜けてやがる」
「手塚らしいね」
「実は単なる嫌がらせなんじゃなの?」
「いや、手塚はそういう回りくどい嫌がらせなどしない筈だ。これが完全なる手抜かりである可能性は99%だな」
「そうだろうよ―――」と、跡部が頷きかけたところで部室の扉が大きな音を立てて開かれた。
「手塚?」
「どうしたんだい?そんなに慌てて」
「珍しいな。手塚があのように息せき切ってやって来るとは。ここに来るまでに校則違反である廊下を走るという行為を手塚が行った可能性、80%」
手前勝手にわやわやと騒ぎ出す仲間達を他所に、手塚はただ一人跡部にだけ視線を合わせていた。そして、わき目も振らずに跡部のもとへと足早に歩いてくる。
「・・・・・・跡部」
「てめーが悪いんだろ。教室指定ってんなら、学年とクラスまで指定しやがれ。俺様がここまで足を運んでやっただけ随分な譲歩だろうが」
「―――そうか。確かにその点は俺が悪かった。詫びておく」
「んだよ。いやに素直だな。気持ち悪ぃ」
素直な手塚国光なるものは確かに少々気持ち悪い――そんな感想を抱くのは、彼の仲間である部員達も同様だった。しかしながら手塚はその発言に怒ったりはしなかった。
「――跡部。移動しよう」
「あ?別にここで済ませても良いんじゃねーか?変更点か何かだろ?」
「そうではない。俺はお前に、この胸に満ちた想いの丈を告白したい。それにはこのように周囲に多数の部外者が居るような場所は適していないだろう」
「――――――――は?」
何を言われたか理解しかねた跡部は、生真面目な表情でさらりと問題発言を言い切った手塚を前に、珍しくも素の顔でぽかんと見上げるような形となった。
「へぇ。そっか。そういう事か」
「・・・・・どういう事っスか。不二先輩」
「つまり、あのレポート用紙は手塚なりのラブレターだったって事。ふふ、面白いね」
「・・・・全然、面白くないっス」
手塚の問題発言を受けて、固まり灰になりきった常識人と、完全に面白い玩具を見つけたとばかりにほくそ笑む数名の曲者達の前で、手塚は呆気に取られたままの跡部の手を引き、後を省みる事なく部室を出て行った。