空と海と太陽と  ( 03 ) 
 
 
 
 例えば完膚なきまでに叩きのめせば良かったのか。
 自尊心を打ち砕き、矜持など持つだけ無駄であると、思い知らせてしまえば。
 自らの実力を、肥大した自信に相当する力などないと、はっきり自覚させてやれば。
 
 
「―――いや。何事も程度は必要だと思うよ」
 
 苦笑混じりに諭すように口を挟んだ大石は、手塚の言葉を否定はしたけれども、自分でも明確な答えを持ってはいない。ただし、一般的に考えて、やり過ぎは買わないで良い恨みを買うだけだと言いたいようだった。
 明らかに自分の能力の方が勝っていた。
 経験も、そして積み重ねてきた努力も、注ぎ込んできた熱情の度合いも違う。
 傍らから見ている限りでも、彼等は自分達の実力に過度の自信を抱いていた。そしてその自信は、下級生達からの絶対の尊敬を得られるものと考えていた節がある。
 三年生には及ばずとも、次期を担うのは自分達であると、自らが青春学園の名を背負うと、その意思が見え隠れしていた。
 
 打ち合えば間違いなく勝つ。自信ではなく確定的な事実として認識していた。彼等のそれと違い、手塚の場合は思い上がりなどではない。練習光景を見ていればわかるというものだ。
 あの程度の球なら打ち返せる。あそこに打てば動く事も、反応する事もできないだろう。彼等はその実力よりも、自信の方が肥大した存在だった。けれども、そういった人物の方が多い事は手塚も知っている。自尊心を下手に刺激すると、厄介な事になるという予測もつけていた。
 容赦ないとはよく言われるが、手塚とて度を超さぬ方が良いという程度の事はわきまえている。全力を出せば軽く勝ってしまう。まだ中学に上がったばかりの一年生が、上級生をやりこめる様を見せてしまう事となる。相手の実力を認め、敗北を受け入れる事ができる人物ならば良い。だが、彼等がそうであるとは到底思えなかった。
 
「―――だから手を抜いたってか」
「抜いたわけではない。もともと、右手を左手と遜色ないレベルに鍛えるつもりもあった。だから、丁度よかったんだ。右手でならば・・・それなりの勝負になるだろうと思った」
「ふ、ん。それなり、ね。なるほどね」
「・・・・・・・・・・・・・」
 跡部の顔を直視し続ける事ができなかった。自分の中の何かが、敗北を訴えている。自らの言葉を、胸を張って言い切る事など・・・・手塚にはできない。
「―――獅子は。兎を倒す時にも全力で望むとか」
「てめぇが獅子かよ。はっ!しょってやがんな」
「・・・・・・・・・・・・・」
 それはひとつのたとえ話でしかない筈だった。だが、手塚は自惚れに冷水をかけられたような気分となっている。彼等と同じように・・いつの間にか思い上がっていたというのだろうか。
 跡部は誤った事は口にしていない。だがむしょうに腹が立つ。ここまで人の神経を逆撫でする奴が、今まで無傷でやり過ごしてこれたというのは・・・・それこそ理不尽な気がする。
「大した剣呑面だよなぁ。なぁ、殴りてぇ?」
 問われて頷ければ、手塚も楽に生きていけるタイプなのだろう。だが、手塚にすればここで口にできるのは否定の言葉のみだ。
「暴力は何も解決しない」
「はっ臆病もんがよ」
「・・・・・・・・」
 くくと嘲りをもって笑う跡部に、この相手ならば本気で殴って問題ないかもしれない―――そう思えなくもない手塚だった。
 そんな危険思考を察知してなのか、それともただ単に手塚を煽っているだけなのか。跡部は嘲弄としか取れぬ表情を一瞬で切替え、今度は諭すような表情を手塚に向ける。
「ま、本気でやっても逆恨み、手ぇ抜いてやれば馬鹿にされたと感じるだろうぜ」
「それでは手の打ちようがない」
「ねぇな」
「・・・・・・・」
 実も蓋もない言い切りぶりに黙り込む。それでは手塚がどう動こうとも結果は同じだったと言っているようなものだ。それともそうなのだろうか?誰も、そんな事は言わなかったけれど。打たれた手塚の身を案じながらも・・・・思い込みなのかもしれないが、誰の目にも「今のは手塚も悪かったと思う」と、軽い非難が見え隠れしていたように見えた。
「巡り合わせだろ、結局は。合わねぇんだよ、そいつとてめぇは。・・・・変わったか?」
「いや、変わらない」
「だろうな。対処を誤りゃ変わるわけがねぇ」
「公にすべきだと跡部は言うのか」
「俺ならそうするな。目こぼしかけてやって何になる」
「だが、話が広がれば自分逹の問題ではなくなる。公式戦の参加見合わせという事態にもなりかねない」
「当然だろ。ガキの口喧嘩じゃねぇんだから。膿は出さねぇと腐り落ちるぜ?」
 自分の不始末に、他の部員達を巻き込むわけにはいかない。そう訴える手塚を、跡部は「無用の気遣いだ」とばっさり切り捨てた。その結果を引き寄せたのはてめぇら二人だけじゃねぇ。環境が、そうさせたんだと、どこまでも手厳しい。
「―――罰は、受けた」
「は。たかだか外を走らされたかぐらいなもんだろ?単なるトレーニングの一貫じゃねぇか。そいつは罰せられる事もなく、許されちまった。しでかした事の重みを知らねぇままに、コンプレックスに凝り固まったまま、ぐるぐる回ってたんだろうぜ。その結果が――――」
 その先はお前が一番わかっているだろう?とばかりの視線に、傷を抉られるような気分となる。
 自分達は結論を先延ばししていただけなのだろうか。溢れ出そうな湯に無理に蓋を被せただけなのだろうか。
「・・・・・・俺の態度も良くはなかった。彼に対して尊敬の気持ちが抱けない。常に悪感情を向けている。抑えては、いるんだが」
「殴った相手を許すなんざどこの聖人君子だよ。確かにてめぇの判断は誤っていた。それでも、だ。手塚よ。てめぇはそれで良い。手塚だからな。だがそいつには・・・・テニスをやる資格はねぇな」
「それはお前が決める事ではないだろう」
「俺様だから、決めれんだよ」
「?」
 妙に確信めいた言葉に首を傾げる。だが跡部は、その疑問には答えず先を続けた。
「俺様ならば続けさせねぇよ。負けを負けと認められず、暴発的に動くような奴にこの先理性を求められるか?」
 求められないかもしれない。だが、そう決めつける事もできるものではないだろう。人を断じる事など、圧倒的に人生経験の足りない自分にはそれこそおこがましい事でもある。
「人は、成長するものだろう」
「したのか?」
「―――いや」
 否定に対する疑問。跡部の問いは手塚の言葉の先を完全に封じてしまう。
「負けず嫌いの奴はいくらでもいる。勝ちに固執する奴もな。好んで負けたい奴なんざいねぇ。当然だな。だが試合に負けて相手に掴みかかる奴がいるか?襲いかかる奴がいるか?自分の制御もできねぇ奴を野放しにするもんじゃないぜ。てめぇの腕は生涯使い物にならなくなっていたかもしれねぇ。打ち所が悪けりゃ命にもかかわるってもんだろ。大体そういう馬鹿の行動は・・・繰返す」
「―――――」
 跡部は熱弁をふるっているわけではない。静かに語りかけるような口調だ。まるで予言のように、最後の言葉が絡みつく。
 繰り返す。そう、彼は確かに繰り返した。
 
「・・・・・・・・・・喉、乾いたな」
 冷たい風が吹き付ける。凍りついたような沈黙を破ったのは跡部で、ポケットを探り小さなケースを取り出した。
「何か買ってこい」
「何故俺が行かなければならない」
「ここまで付き合ってやっただろ。パシリぐらいしやがれ」
 財布をこちらに放り投げてきた為に反射的にキャッチはしたが、そもそも自分が何故そんな事をしなければならないのか。誰も頼んでなどいない。そう言い切ろうかと思ったが・・・・手塚も何か温かいものが欲しくなった。
 仕方ないから行く――そのポーズを崩さぬままに、手塚は駅前の自販機を目指した。
 
 
 
 
 

 
DATE: 2006.11.30
 
 
 
 
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