04  (手塚→跡部)
 
 
 
 
 
 
 部室の片隅で真剣な面持ちにて額を付き合わせる眼鏡が二人。
 然程珍しい光景でもないので、部員達が興味を示す事はなかった。
 
 色々と、厄介な物体・・・もとい液体を生み出してくれる人物ではあるが、乾の情報招集能力は青春学園にとって得難いものだ。半ば趣味も兼ねているデータ集めは、着実にその成果を青学へともたらしている。だから、恐らくは他校との練習試合でも近いのだろうと、部長である手塚との熱心なる話し合いの光景を見て、部員達は感謝の念を抱きこそすれ、何を疑うべくもなかったのだ。それが激しい誤解を伴うものだという事すら知らずに。
 
 用具の片付けも終わり、居残り部員達の殆どもが帰宅の途についてもいまだ部室の片隅にて何やら話し合っている二人に、さすがの大石も少し呆れながら声をかけた。
 
「二人とも、熱心なのは感心するけど、そろそろ帰った方が良いんじゃないか?」
「いや、もう少し・・・・・・」
「手塚に成果を確認して貰わないといけないからな。次回の調査に関わってくる」
「全く・・・・気持ちはわかるけれど、無理をされるのも困る・・・・・・・・?」
 
 どちらかというと己を過信する嫌いのある部長と、データが絡むと我を忘れる事のある乾の二人を副部長としてばかりでなく友人として心配していた大石なのだが、二人の間にある物を見ての違和感の方が気になってしまった。
 写真の山や手製のノート。その他の映像やらの類がそこにはあると思っていたのだが・・・・・・二人の間にあるのは、大石の勘違いでなければ音声に関するもので。もしかすると新種のデータ収集方法なのかもしれないと、良い意味に考えようと思ったのだが、何だかひしひしと押し寄せる嫌な予感に、大石はきりと胃の奥が痛むような気がした。
 
「・・・・・・・それって・・・・」
「調査報告だよ」
「乾に頼んでおいた。さすがは乾だ。期待通りの出来だな」
「ふふ。ぬかりはないよ」
「・・・・・・・・・・・」
 
 手塚の褒め言葉にチャキと眼鏡のズレを直す乾の顔が妙に凶悪な犯罪者のように見えるのは、果たして気のせいだろうか。
 珍しくも心なしか嬉しそうではあるものの、浮かぶ手塚の笑みが胡散臭くてしょうがない、少しばかり危険系に見えてしまうのは、果たして気の迷いなのだろうか。
 そうだと、思いたかった。何はともあれ心の平穏の為には。
 
「はは・・・・そ、そうなのかい・・・・?そ、それで・・・・ど、どこのデータ、なのかな?」
「氷帝学園だよ」
「――あぁ」
 乾の答えに大石はほっと息を吐いた。
 氷帝学園は長らくライバル校として知られる学園で、実力・実績共に向こうの方が格上ではあるけれど、青春学園が全国制覇を目指す為には打ち破らなければならない壁の一つだ。ある意味わかりやすい敵校であり、対戦を想定した練習メニューを組む事もあった。
 向こうもそれなりにこちらを買ってくれているようで、申し込みをすれば大抵練習試合の相手も受けてくれた。時にはレギュラー陣ではなく、その下の、二軍にあたる準レギュラー達が配される事も少なくなかったが、その際にも彼等を引き連れてくるのは部長である跡部景吾その人で。彼がうちの手塚にこだわりを持っているからこそ、成り立っている関係なのだろうなといつも思わなくも無い。
 高慢で鼻につく態度にひっかかる事もあるが、尊敬する面も多々あると大石は思っている。少しは手塚も応えてあげれば良いのに・・・・と突っかかられるたびに無愛想に受け流す手塚を見るたびに、どちらかといえば跡部の肩を持ちたくもなる大石だった。
 近く練習試合があるとすれば、パートナーの英ニと共に気を引き締めなければいけないな・・・・と決意を新たにした大石のやる気は、続く手塚の言葉によって大きく殺がれる事となる。
「あの、ガードの厳しい氷帝学園に忍びこみ、乾は部室に調査機器を仕掛けてきたんだ。俺には無理だったが・・・・こつを教えて欲しいものだ」
「企業秘密だからね。いくら手塚でも教える事はできないな」
「ち、ちょっ!そ、それって、犯罪じゃないのかい?」
「ただの調査だよ」
「ああ。ちゃんと許可を得ている」
「・・・・・・・・・・・・・許可?」
 全く己の行為を恥じる事なく当然と思っているらしい乾と、やはり等しく疑いすら抱いていない手塚。
 あれ・・・・?と、青春学園テニス部の在り方に疑問を持たずにはいられない大石は、悲しむべくも常識人で在りすぎたのだろう。
「ああ。運命の神がそうしろと言ったんだ」
「はは。手塚もたまには冗談を言うんだな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 どうやら神様云々は乾の方は信じてはいないらしい。それは良い。良いのだが・・・・・・手塚の方は紛うかたなき本気だった。
「跡部が日頃、部員達とどういう会話をしているのか、気になって仕方がなかった。やはり持つべきものは有能な調査員だな」
「ははは。そんなに褒めても汁しか出ないよ」
「それは遠慮しておく」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 
 和やかだった。二人は何処までも和やかだった。まるで、大石こそが誤った存在であるかのように。いや。そんな筈はないだろう・・・・・・?
 
「―――氷帝の、部室を盗聴・・・・したのかい?」
「苦労をしたよ。気づかれない位置で、確実に音を拾える位置に隠しマイクをしこんだんだからね」
「いやだから、人はその行為を盗聴というんじゃないかな」
盗聴?違う、これは神が俺に与えもうた俺とあいつを繋ぐ運命の電波だ
「いやだから、神様がどうこういう以前に盗聴でしかないと思うんだけど」
「大石、お前はそんなに頭の固い奴だったか?固定観念は捨てた方が良い」
「・・・・・・・・固いって・・・・」
 
 手塚にだけは言われたくなかった。いや、そんな事より何より、あの熱に浮かされたような目は一体何なのだろうか。そもそも、先ほど耳にした言葉は幻聴ではないのだろうか。氷帝の内部事情を拾い出す為の盗聴ならばまだしも、まだしも―――跡部がどうこう言っていなかっただろうか・・・・?
 
「ああそうだ。次はシャワー室にも仕掛ける事ができるだろうか」
「シャワー室にかい?それほど難しくはないと思うよ。大体のコツも掴んだしね」
「そうか。では頼みたい。必要経費は後であげてくれ」
「今回の分と含めてで良いかな」
「構わない」
「・・・・・・・・・・・・・」
 
 何故、この二人は平然と会話を続けているのだろうか。
 あの生真面目な程に清廉潔白だった手塚は、一体何処に消えてしまったのだろうか。
 手塚の目には、どんな邪神が見えているんだろうか。  
 大石は、溢れる涙を抑える事もできずに、その場を駆け去る事しかできなかった。
 
 
 
 
 その夜、以前に取り交わした跡部の連絡先を呼び出し、大石は電話をかけた。
 だが・・・・・・・・・・
 ただ、「すまない。跡部、俺には何の力もないようなんだ。本当にすまない・・・・」と、一方的に詫びるだけで、「おいおい、どうしたんだよ」と大石の事を気遣う跡部を、ひたすら困惑させるばかりなのだった。
 
 
 
 
 
 

2007.05.01
 
「盗聴?違う、これは神が僕に与えたもうた僕と彼女を繋ぐ運命の電波だ」
(彼の目にはどんな邪神が見えているんだろうか)
 
5回言おう、ストーカー・ダメ・ゼッタイ!


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