03  (手塚→跡部)
 
 
 
 
 居る筈の無い男の姿を見、一瞬思考の止まった跡部であったが、校区がさほど遠くはない相手である。しかも肩書きには事欠かない。何かしらの社用―――もとい、学校行事関連で呼び出されたという事だろう。
 そう納得すると、跡部はいつも通りの口元を軽く上げた挑戦的な笑みをその秀麗な顔に形取り、悠然とした歩みをもって黒い墨染めに身を包んだ立ち姿も涼やかな相手の下へと歩み寄っていった。
 
 
「珍しい面が見えんじゃねぇのよ」
「―――――跡部」
 
 呼びかけに振向いた手塚は、厚めの眼鏡奥の瞳を眇めるようにしてこちらを見た。眉間に皺を寄せた表情は不快気とも取れる。そこだけを見れば、迷惑がっているとも、嫌われているとも、ただ単に機嫌が悪いだけとも取れるのだが、これでいて手塚が特に意図して浮かべた表情でないという事を、跡部はすでに学習済みだ。最も、本音の部位で嫌われているかもしれないし、突っかかるのが御挨拶である跡部を迷惑がっているのかもしれないが。
 
「相変わらず不景気な面してんなぁ」
「お前は相変わらず景気が良いようだな」
「ふ。返せるようになるなんざ、成長してんじゃねぇのよ、手塚部長殿?」
「おかげ様で鍛えられているからな。うちの部員達もそうだが、特に何処かの部長殿にな」
「くっくっく・・・・・・いいじゃねぇか。人間味が出てきて悪かないぜ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
 
 打てば響くように返ってくる手塚の反応というものは悪くなかった。出会いの初期の頃が嘘のようである。跡部の言葉に「――あぁ」とでも相槌を打てばまだ良い方で、大抵の場合は無表情のままに沈黙で通してくれた。それは拒絶の表れであると長らく思っていたのだが・・・・新学年に上がって間もない頃、大会の抽選会場に時期部長(一年時からその実力を如何なく発揮していた跡部は、すでに部の中心人物であり、気さくな現部長の人柄もあって部長付きで業務を代行する事も少なくない。・・・・単に押し付けられているとも言うが)として同行していた跡部に、珍しく手塚の方から声をかけてきた。
 御挨拶だな、とそれまで友好的関係を築いているとは全く言えぬ相手に跡部は怪訝気に応じていたのだが、とつとつと手塚が話す内容に耳を傾けていくうちに、こいつは不器用な奴なのだと判断するに至った。
 話の内容は、後から思い出してみると何処の中学生日記だ?!との赤面物な内容だったが――それもよくよく考えれば手塚も跡部も中学生なのだが――、要約すると、手塚本人は跡部の事を嫌ってはいない・・・・という内容だった。まぁそれだけだと意味不明であろうから補足すると、近頃周囲で跡部との間柄が険悪であると(主に跡部の喧嘩腰の態度と手塚の素っ気なさ過ぎる対応が原因だ)との話を聞いたが、それは手塚の本意ではない、と。話しかけられるのは嫌ではないし、会話も好ましいと思っている。沈黙しているのは、小気味良過ぎてウィットの効いた跡部の会話のテンポについていけず、内容を熟考しているだけなのだと。ようやく言葉を返そうとした時には、すでに手塚の反応から自己完結してしまった跡部が去ってしまった後であると・・・・そう、何だか妙な熱心さをもって説明してくれたのだ。
 ―――別に誰も聞いてはいないし、元々ライバル関係にあるわけだから、敵対しているのが当然で、嫌われようが悪意を持たれていようが全く構わねぇぜ?と、少し圧倒されつつ返すと、「良いわけがないだろう!俺はお前を嫌っているわけではない!」と、これまた妙な迫力でせまってきた。遠目に見ると、それは跡部の言葉に手塚が腹を立てたように見え、手塚と跡部の不仲説が実は深まったわけなのだが、ともかく跡部本人としてはそれは誤解であるのだと、一応納得した。
 その後、どういう流れだったかよく覚えていないのだが(記憶力の良い跡部にしては珍しい事に)互いの連絡先を教え合うという展開となり、跡部の元には手塚の携帯電話のナンバーとメールアドレスが残った。手塚の元には当然跡部のものが。その日の帰りは、ついつい登録したばかりの手塚のアドレスを何を送るでもなしに眺めては首を傾げたものだった。
 家に戻ってからしばらくして・・・・夜半9時頃だっただろうか、「夜分遅くに済まない。今日はすまなかった。ゆっくり休んでくれ。おやすみ――手塚国光」と、所謂ところのお休みコールまで入り、9時で遅いはねぇだろうよと苦笑が沸いたが、その前時代的な律儀さというか生真面目さが手塚なんだよな・・・・と思えば、妙に稀少価値のあるものを受けとったような気がして、実の所はそのメールは未だ消してはおらず、保存ファイルとして取っておいてある。
 別に、その後に手塚から受けたメールの全部を保存してあるわけではないけれど。大抵の物は、確認後には削除している。手塚に限る事ではないが、一々取って置いたら大変な事になる。部員達も後輩達も、何やかやと跡部にメールを送ってくるからだ。
 
「それで、今日は何の用件なんだ?部の方じゃねぇよな?」
 テニス部関連で手塚が氷帝に呼ばれたのならば、ほぼ間違いなく跡部の耳に入っている筈だった。部の顧問である榊の跡部への信頼は厚い。基本的に榊は部の方にあまり顔を出さないので、自然、テニス部は部員達を中心として練習メニューが組まれている。勿論、その内容に榊の監修が入るには入るが、現在取り入れられている跡部作成のトレーニングメニューは草案がほぼそのまま通っている。
 部員達への連絡事項も、部長を介すよりも跡部を間に挟む事が多く「どちらが部長だかわからないな」と、現部長ですら苦笑を浮かべる程だ。それでもえこ贔屓どうのの風評が沸く事はない。跡部の実力は皆知る所であるし、榊という異色の顧問を最もうまく扱えているのは跡部だ。そして、これが一番重要な事であるが、氷帝学園の部員達は、跡部のカリスマオーラにすっかり心酔しているというわけだ。
 そんなわけで、跡部に知らせが入っていないという事は、別枠の絡みだろうと推測づけた跡部の予測は正しかった。
「ああ。近く、氷帝で文化祭が開催されるだろう?うち(青学)の経験と警備方式を参考にしたいという話があった」
「なるほどね」
 言われて納得するのは、近頃この界隈が少しばかり物騒な状況にあるからだ。突然暴漢に襲われたという生徒の話が数件ある。その犯人はいまだ捕まっていない。他にも、道を歩いていたら突然ペンキをぶっかけられたとか、放し飼いの犬に追いかけられたとか・・・・大きな怪我人はいないのだが、それで良いというものではない。あまり関係ないとは思うが、ある生徒の家の前に収拾前のゴミが山盛りで放置されていたという話も聞いている。まるで、氷帝学園を狙い撃ちしたかのような小さな事件が相次いでいるのだ。
 氷帝学園に通う生徒の生活レベルは高い者が多い為、学園事態の警備体制は他で見ない程にしっかりしているが、それでも多数の人が出入りする文化祭という場において、更なる万全を期したいのだろう。しかしそれで何故一生徒でしかない手塚に話が回ったのかは疑問の残るところだが・・・・。
「俺が呼ばれたのが不思議か?」
「まぁ、な。一応うちにゃ、プロの警備会社がついてるってのによ」
「そのようだな。忍び込むのが大変だ」
「おいおい。そりゃないだろ」
 あっさりと問題発言をかましてくれた手塚に、苦笑が浮かぶ。手塚の事だから言った本人すらその意味に気づいてないのかと思えた。
「―――あぁ、そうだな。忍び込むのが大変そうだ」
「・・・・・・意味わかってんなら何よりだが・・・・・・言い直してもやっぱ外してんぞ。ま、おいそれと侵入できない程には、強固なガード体制だって事だ」
「全くだ」
「・・・・・・・・・・」
 意味はない。意味はないと思うのだが――――変な奴、との手塚に対する認識を新たにする跡部である。
「あーま、そういう事で・・・・それで、結局どういう関わりなんだ?」
「今回、青学の文化祭関連で、準備期間も含めて警備プランを練ったのが俺だからだろうな」
「・・・・・意外な才能があんじゃねぇのよ。将来はあれか?警察官か?」
「プロになるに決まっているだろう」
「冗談だっての。しかし、よくお前のプランが通ったな」
「跡部の進言も氷帝では重用されていると聞いたが?」
「はっ!俺様は特別なんだよ。――――ああ、国一爺さん仕込みってわけか」
 手塚から回答を得る前に、跡部は自力で答えを導き出した。頑固者で知られる手塚の祖父である国一は、柔道の達人であり、警察において柔道の指導に当たっているという。そちら絡みで本場仕込みのノウハウをレクチャー受けたのかもしれない。
「さすがに跡部は聡いな」
「褒めても何も出ないっての。しかしてめぇも付き合い良い奴だな。幾ら大きな大会が終わってるとはいえ、そう暇なもんでもないだろ?」
「確かに多忙ではあるが、お前を危険に曝すわけにはいかない」
「―――――そりゃ、ありがとよ」
「当然の事だ」
「・・・・・・・・・」
 重々しくも言い切った手塚に、一応は謝意を示したが、内心としては複雑な心境の跡部だった。何やらまるで自分を守るが為にやって来たかの如く言われて面映く―――など思えるわけがない。
 自分が女であればまた話は別であるが、終生のライバルとも決めている手塚に言われて男の自分が喜べる類の言葉ではない。だが、今のこれも手塚としては「跡部」=「氷帝」と言いたかっただけで、他意など全くないのだろう。こいつの周囲に居る奴等は大変そうだ・・・・と、青学連中に小さくない同情を覚える跡部だった。
「ったくよ、不審者が捕まりゃ問題は即解決なんだがな。近頃、嫌な感じだぜ」
「何かあったのか?」
「ん?大した事じゃねぇんだが」
「話してくれ」
「―――まぁ、気のせいかもしれないんだがよ、どうも最近見張られてるような気がすんだよな。他人の視線にゃ慣れてるんだが、何かこう、違うような・・・・悪意とかじゃねぇんだけどよ。何かこー絡みつくような視線が常にあるような・・・・ま、この俺様に恋焦がれた誰かの視線って所なんだろうがな」
「お前はもてるからな。ひっかかってるのはそれだけではないのだろう?」
「―――だから、気のせいだと思うんだよ。手紙が開けられているような気がするとか・・・・部屋に誰かの手が入ったような気がするとか・・・・ま、俺様が繊細なだけだろ。気が昂ぶってんのか、些細な事にひっかかってるだけだ」
「いや。そう軽く見るものではない」
「手塚?」
 がしりと肩を掴まれ、おいおい痛ぇじゃねぇのよ、と苦情を言おうとしたが、間近に迫る手塚に言葉が紡げない。肩に食い込む程の指の力が、手塚の真剣さを物語っていた。
「お前程の男だ。想いをかける相手も半端ではないのだろう。違和感を感じたのならば、放置しておかない方が良い。ストーカーの類かもしれない。安全が確認されるまで、跡部には個人的にガードをつけた方が良い」
「いや、そりゃ大げさだろ」
「馬鹿を言うな。何か起きてからでは遅い。お前に何かあったら、氷帝部員達は途方に暮れるのではないか?」
「・・・・・・・・んなにヤワな奴等にゃ育ててねぇよ。だが、一応忠告は受けておく。しばらくの間は、下級生をつけて歩く。今年な、いい一年が入ったんだよ。心根も良い奴だし、ガタイの良い奴だから、それだけで防波堤になんだろ」
「いや、だが、下級生を巻き込むのは良くないのではないか?」
「しょうがねぇだろ。うち(氷帝)じゃ、そいつが一番強面なんだからよ。最も中身は可愛い奴だがな。素直で、飲み込みが早くてなぁ。今年はまだまだ甘いが、来年にゃてめーらを苦しませる存在になるのは間違いないぜ?」
 跡部を慕う下級生の顔を思い出してくすくす笑いを洩らすと、手塚は妙に厳しい顔を向けてきた。
「いくら大柄であっても、そいつはまだ一年生なのだろう?跡部のガードならばこの俺がやろう。これでも祖父仕込みの柔道がある」
「あのなぁ。他校生のお前が俺様のガードなんかできるわけないだろ?」
「登校時と、帰宅時のガードならば問題ない」
「・・・・・・・・・・・毎日テメーと面会わせろってのかよ。滅入んだろうが。それぐらいなら、うち(跡部)の方で本職回す。海外じゃ、子供にガードをつけるのも珍しくねぇ話だしな」
「いやしかし、杞憂かもしれないのだろう?」
「もしもがあったら、とか抜かしたのはテメーの方だろうが。とにかく、この話は終わりだ。俺様の身は自分で対処する」
「だが――――」
 
 その後、熱心に説得を続ける手塚だったが、跡部の決定を翻意させる事はできぬのだった。
 
 
 
 
 
「―――さすがは青学の手塚さん、だね」
「・・・・・・・ウス」
「何が、さすが、なんだか・・・・」
 跡部と手塚が去った後に、ひょっこり出てきた三つの顔。
 一人を除くいて、まだ顔立ちにあどけなさを残した、氷帝学園の一年生である。あの二人は、周囲に誰も居ないと思っていたようだが、実はこの三人が少し離れた位置にて、聞くとはなしに二人の会話を聞いてしまっていた。鳳、樺地、日吉の氷帝テニス部、期待の新入部員達である。
「日吉はどうしてそんな顔をしてるの?」
「呑気な事を言っているからだ。――部長の身に危険が迫っているというのにな」
「え?どういう事?!」
「・・・・・・・・跡部さんに・・・・・危険、が・・?」
 日吉の言葉に、日頃一言二言しか言葉を発しない樺地ですら驚きの声を上げた。
跡部部長を狙う不埒な輩から、こっそり部長を守る。気分はボディガードというつもりだったのかもしれないけどな」
「もう少し、わかるように言ってくれない?」
「――――ス」
「だから、うち(氷帝)の生徒が襲われてるって話だ。おかしいと思わないか?皆、跡部部長に執着していた人達ばかりだ」
「そ、そういえば・・・・そんな噂があったような・・・・だけどそれがどういう・・・・?」
「はっきり言わなければわからないか。跡部部長を『守っていた』らしいのは、―――青学のあいつだろう。数日前の話だ。・・・・道端で呻いている先輩と、何事も無かったかのように去っていく青学の手塚の背中を稽古の帰りに見た」
「え?いやだけどそれだけじゃ、たまたま通りかかっただけかもしれないし。樺地もそう思うだろ?」
「・・・・・・・・・・・」
 鳳の問いかけに、樺地は大きな体を丸めてこくりと頷いた。
「――――呆れたお人好しだな。手塚国光が、氷帝に呼ばれたのは本当の話だろうが、それでも毎日来る必要などないだろう」
「毎日来てた・・?」
「跡部部長に用事だと、思っていた。だが、さっきの会話からもわかるだろうが、部長は知らなかった。それにあの妙な熱心さ、おかしいと思わないか?」
「ま、まさかあの手紙とかも・・・・」
「多分な」
「――――跡部、さん・・・・」
 すでに二人の消えてしまった方向を心配気に見つめる樺地。その横で鳳は、「それって、あの人こそストーカーかも知れないって事だろ?最大の不埒者が何を言うんだか!すぐ、部長に伝えないと!」
「・・・・跡部さんは・・・・手塚さんを、とても信頼、している・・・・多分、気のせいだと・・・・言われる・・・・」
「でもそれじゃ、跡部部長が!日吉、どうしたらいいんだ?!」
「俺達でガードするしかないだろう。特に樺地が常に部長の傍に居ればいい。道場を借りよう。即席で技を教えてやる」
「それだったら、日吉がガードした方がいいんじゃないか?」
「・・・・・・俺より、樺地の方が跡部部長に信頼されているから適任だ」
「日吉、素直じゃないからなー」
「―――下克上だ」
 後にお決まりとなる台詞を吐いた日吉に、樺地も鳳も僅かに表情を緩めた。
 実力が重視される氷帝テニス部において、余計な事に関わっている余裕などない。けれども、三人にとって跡部は大事な部長であり、尊敬すべきテニスプレーヤーであった。その彼の身を守る為ならば、何においてもそれが最優先される。
 氷帝テニス部一年三人は、固い決意を持って自分達の使命を固く誓いあうのだった。
 
 
 

2006.07.29
 
「彼女を狙う不埒な輩から、こっそり彼女を守る。気分はボディガード」
(最大の不埒者が何を言う)
 
5回言おう、ストーカー・ダメ・ゼッタイ!


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