02 (榊→跡部/手塚→跡部)
世に、同じ事を考える者がどれだけ存在するのだろうか。
それは、考える事に独創性がないと、言い捨てるべき事なのか。
それとも、同じ連想を抱かせた人物の、印象からくる影響力とでも取るべきなのか。
――――どちらにしても、傍迷惑な事に変わりはないのだが。
その日、氷帝学園において、恐らく高等部・大学部を含めても最も名の知れた有名人であろう跡部景吾は、朝から何とも疲れたような様を見せていた。日頃からテニスで鍛え上げている身であるので、その繊細な容姿に似合わず跡部という人物は体力馬鹿だ。
最も、頭の方も相当上等な部類に入るので(入学以来首席の座を受け渡した事の無い人物を、上等程度で言い切るのも微妙な所だが)、馬鹿という表現は相応しいとも言い切れないが、しかしながら跡部を形容する最も相応しい言葉は「テニス馬鹿」であるので、間違いとも言い切れない。
「あっとべー!おっはよーっ!!」
「・・・・・・・・・・」
珍しく朝からテンションの高いジローと逆に跡部のテンションは最底値だった。そのせいか、ジローの体当たり攻撃を、普段はものともしないのだが今日ばかりは少しばかり後ろによろめいたりなどした。
「どーしたの?元気ない?まだ疲れるには早いC〜!」
「そうだね。これからが大変なんじゃない?見た所、荷物はまだ増えてないみたいだけど」
「そら、去年みたいな有様やったら疲れるどころやないな。せやけど、今年は問題ないんとちゃう?受け取り拒否宣言出しとるし」
「へーそうだったんだ。さすが跡部、抜かりはないね」
やるねーと、柔和な笑みを向ける滝に答えるでもなく、跡部はふいと視線を窓の方へと向けた。これは、目を合わせるのを避けるとかいった行為ではなく、ただ単に耳にも視界にも入っていないだけのようだった。
「―――重傷やな」
「そうだね。何か、あったのかな?」
「・・・・・・・・・・あとべ、匂いが違う」
滝と忍足の会話を聞くでもなく、跡部に抱きついていたジローがくんくんと鼻を鳴らした。
「え?そうなん?何や、昨夜は御楽しみだったちゅーわけかいな。心配して損したわ」
「違うよ〜!いつものあとべじゃないけど・・・・香水じゃないC〜!」
「へぇ。ジローってそういうの詳しかったっけ?」
「・・・・・・・・・・・・・・ジロー離れろ」
滝の問いに答えようとしたジローは、跡部の低い声によってその口を閉じた。あからさまに不機嫌そうな表情よりも、何処か疲れたような声音に心配そうな目を向ける。
「跡部・・・・大丈夫?」
「―――悪ぃな。心配かけるような事じゃねぇんだ。ただちょっと今朝、な」
「そこんとこ、詳しく聞かせてくれへん?」
「・・・・・・・・・てめぇの娯楽になるつもりはねぇぞ?」
「いややわ。そないな気はないで?心配しとるだけやんか」
ジローとの間に入り込んできた忍足を、じろりと睨んだ跡部であるが、怒鳴りつけようとはしなかった。どうやらその気力もないようである。
「忍足の言葉じゃないけど、本当重傷そうだね。―――平気?」
「問題ねぇ。すぐに復調すっから、他の奴にはバラすなよ。宍戸や向日あたりに知られると煩くて仕方がねぇ」
「あの二人も心配すると思うけどね。それで結局原因は何なの?」
「それは―――――」
促されて跡部が話し出した内容はこういったものだった。
早朝、何処かいつもと違う違和感を抱きつつ、半覚醒から目覚めへとゆっくり意識を切り替えていき、目を見開いた跡部はそこに信じられない光景を見たのだ。眠りについた折には決してなかった物が、そこかしこに点在していた。跡部が眠るベッドの上にも、足を下ろすべき床の上にも、そこにもここにもかしこにも――――至る所が無数の咲き誇る薔薇によって埋めつくされていた。
「それって・・・・・眠る前はなかったんやな?」
「絶対ない」
「家族か、メイドさん達がやった・・・・とか?」
「それもねぇ。当然確認した。大体、俺様が不在の時はともかく、就寝中は部屋に勝手に入らせねぇ」
「プライバシーちゅう奴やな。それやったら一体・・・・・・?」
何とも言いようのないむず痒さを感じる、眉間に皺を寄せた跡部を含む他2人。そんな3人を他所に平和なのが一人、跡部にしがみ付いたまま、平和な眠りに落ちている。本来の跡部の香りも良いけれど、薔薇の移り香である今の香りも跡部に合うC〜と、一人上機嫌に寝こけているのは、例によってジローだった。
それから遡る事数時間前。
セキュリティーレベルにおいては、近代美術館にも劣らない、いや、最新の警備システムと、そこらの道路工事で交通警備をしているようなガードマンとは遥かに違う、本物のボディガード(軍人上がりも少なくない)を擁した跡部邸は、容易に侵入者の入り込む隙など全くないと言って良いのだが―――跡部家において、恐らく最も大切にされているであろう一人息子の部屋の前に、二人の侵入者が対峙していたのだった。
一人は、何を血迷ったのか、体にぴったりと張り付いたレオタード姿。腰元には長めのスカーフのようなものが巻かれており、在りし日の怪盗三姉妹を彷彿とさせる。だがしかし、そこそこ均整は取れているとはいえ、明らかに貧弱ではない成人男性の体躯という事で、表現するならば艶っぽい印象を持つ三姉妹よりも、どちらかといえばもじも○君といった印象だった。
今一人は。これまた古典的にも程があるというのか。何を勘違いしたのか、頭から顔半分を覆い隠すほっかむり姿。足元には足音を抑える為か足袋を履いており、これで千両箱でも担げば立派なねず○小僧の出来上がり――という所だった。
しかしながらこの2名。どちらも怪盗でもなければ盗賊ではないわけで。不法侵入者ではあるけれど、何かを盗みに来たわけでも攫いに来たわけでもなく。逆に持ち込んできたのだ。それは、季節が季節ならばサンタクロースと役柄は一緒なのかもしれない。だが、この二人と一緒くたにされたなら、遠いフィンランドからサンタクロースが苦情を抱えて怒鳴りこんできそうではあったが。
「・・・・・・・・何をしているんですか」
「それはこちらの言う事だな」
「近頃の先生の家庭訪問は、随分と遅い時間に行われるようですね」
「ふ。そういう君こそ、ライバルのデータ集めに熱心なのは結構な事だが、このような時間帯は適切とは言えないな。ましてや、個人宅に押入るのはルール違反だろう」
「それを貴方に言われたくはないですね。幾ら生徒宅とはいえ、忍びこむのは犯罪ではありませんか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
バチバチと、目にも鮮やかな火花(幸いにして他にギャラリーはいないが)が二人の間に飛び散った。お互い、一目で認識したのだ。この相手は自分にとって容易ならざる敵である――――と。その静かなる攻防を、今の所は心安らかに眠る部屋の主は知らぬままだった。それはとても、幸福な事であったと言えよう。
「―――おや?艶っぽい香りをしておいでだね」
所用をもって、氷帝学園を訪問していた青学テニス部の顧問である竜崎は、前に座るライバル校の監督である榊から漂ってきた香りに笑みを浮かべた。年は取っても女である。花の香りは好ましいものであるのだ。そして元々、竜崎の若い頃の姿からも察せられるように、ゴージャス系を好むという性質のせいもある。
「ああ。残り香のようです」
「へぇ。そんなに身に染み付く程の薔薇に囲まれていたのかい?」
「特別な日ですからね。今日は愛しい者の誕生日なのですよ。私の愛で満たすが如く、部屋を薔薇で埋め尽くしてきました」
「・・・・・・・・そ、そうかい・・・・」
うっとりと、恍惚の表情で宙を見る榊に、竜崎は半分身を引きつつ相槌を打った。それはどちらかといえば、大いなる嫌がらせじゃないのかね?と思いはしたが、それをここで口にするのは野暮というより、ただ単に関わりになりたくないという保身が働いた為だ。
それと同時に、そういえばあの子の誕生日も今日だったかね・・・・と、華やかな容姿と人を惹きつけずには止まぬ強烈なオーラを放つ氷帝テニス部の元部長の存在を思い出したが・・・・深く考えるとますます深みにはまりそうな気がしたので、竜崎はその連想ごと、全て葬り去る事にした。
さっさと用事を済ませて青学へと帰ろうと、思い決める。だが、その帰るべき青学内においても、目の前の人物に負けず劣らずのマル注な人物が居るという事を、不幸な事に竜崎は知らない。いや、これもまた、知らずにいた方が幸せ――なのだろうか。
「あれ?手塚から、花の香りがするね」
「―――ああ。深夜に薔薇を抱えていたからな。香りが残っているのだろう」
「深夜に薔薇?一体また何でそんな時間帯にそんなのものを・・・・」
人の良い笑みを浮かべつつ、疑問を投げかけた大石に手塚は事も無げに言い放つ。
「今日は特別な日だ。アイツの誕生日だからな。男は、惚れた相手の為に人知れず尽くすものだろう?」
「え?あ、そ、そう、だね・・・・・・・いや、手塚にもそんな人が居たんだ。初耳だよ。はははははは」
何となく置いていかれた気分なのか、少しばかり寂しげに、それでも友人の遅い春を祝したくも思い、大石は好奇心ばかりでもなくもう少し話を詳しく聞こうと思った。それを、後悔する事になるとはその時は気づかずに。
「まだ一方通行だが。しかしこの勝負、例え難敵が存在しようと、強敵が現れようと、俺は負けない」
「へぇ。随分魅力的な人なんだな。まぁ、手塚がそこまで思い入れる相手ならば、当然かもしれないけれど」
「ああ、魅力が強すぎて、問題で厄介な奴だな。誰も彼も垂らしこんで、あれではいつ間違いが起きるとも知れない」
「そ、そうなんだ。大変だな。それで、昨日はその子と一緒に過ごしたのかい?」
「ああ。あいつは寝ていたから、起こさぬよう部屋を薔薇で埋め尽くしてきたんだ。まぁ起きると煩い奴でもあるから、熟睡していてくれてちょうど良かった」
「――――――つかぬことを聞くけど・・・・その部屋って招かれていたんだよ・・な?」
「いや。あのような時間に普通は他人を招き入れるものではないだろう」
「・・・・・・・・・・・そんな時間に行ったのか」
「色々物騒な世の中のせいだろう。随分と警備が物々しかった。何とか潜りこめはしたが・・・・む、忍び込む事が出来たという事はそれだけ警備に穴があるという事か。このままでは、いつか危険な事態に陥るかもしれない。注意しておいた方が良さそうだな」
「・・・・・・・・・・・・・」
いや危険なのは手塚なんじゃ・・・・?と友人にあるまじき不審感を抱いてしまった大石は、慌ててその考え打ち消す。だが、手塚の言葉は明らかに勝手に相手の家、しかも部屋に忍び込んだと言っているようなもので、それは不法侵入というんじゃないかな?と指摘したい所なのだが、怖くて口に出せない。言ったが終わりのような気がするのだ。
そして・・・・今朝程に昇降口で会った、青学のデータマンこと乾が頼みもしないのに、「そういえば、今日は氷帝の跡部の誕生日のようだ」と教えてくれた事を、「へぇ、そうなんだ」と感心した事を思い出す。色々とぶつかり合う事もあったけれど、大石にとって跡部景吾という人物は手塚に負けず劣らずの魅力的な部長であると思っている。
そこで、思考が止まる。
魅力的・・・・・・・・・で、誕生日。
―――――はい?
「あ、はははははははははははは」
「どうしたんだ大石。青い顔をして・・・・油汗まで浮かんでいるが?」
「い、いや、何でもないよ。朝食べた物が悪かったのかな?ち、ちょっとトイレにでも行って来る。じ、じゃぁ、ここで!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
恐ろしい考えを振り払うように、大石は脱兎の如く手塚の前から駆け出していくのだった。
氷帝学園と青春学園。
この二つの学園内には、年齢も立場も全く異なる状況でありながら、全く同じ考えを抱き、同じ行動をしてのけた男が二人居る。花に罪はない。薔薇に罪はない。されどしかしそういう問題ではなく―――それを跡部に届けた人物は間違いなく危険人物であると言い切れるだろう。
2006.07.23
「彼女の誕生日に、彼女の部屋を薔薇で埋め尽くしてきたんだァ」
(不法侵入、そして大いなる嫌がらせ)
5回言おう、ストーカー・ダメ・ゼッタイ!
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