01  (手塚→跡部)
 
 
 
 1年が365日。1日が24時間。1時間が60分。1分が60秒。
 それが何だといえばそれまでだが、時間というものはそういった積み重ねなのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・」
 はぁ、と、秋の気配も深まる季節、跡部は憂い顔も麗しく、物憂げに、深く、深く、溜息を吐く。
 
 
「どーしたよ。悩めるお年頃って奴か?」
「るせぇな。てめーにゃ縁のねぇ話だ」
「あぁ?んだってぇ?!」
「待て待て。宍戸、ちょぉ落ち着けや。跡部の憎まれ口はいつもの事やろ?」
 
 休み時間に跡部のクラスにやってきた宍戸が、よせば良いのに例の如く跡部にからみ、そして逆に煽られて腹を立てる。それは、いつもの光景だった。クラスメイトも通りすがりに廊下を通っただけの他クラスの生徒も見慣れている程の、ぴりと肌が粟立つ険悪さすら、ありきたりの、いつもの見慣れた日常である。
 跡部と同じクラスである忍足とてそれは同様であり、いつもは二人の喧嘩(主に宍戸が一方的に突っかかる形になるが)を、相変わらずやなぁ、とばかりに、のほほんと眺めているだけなのだが、この日ばかりはいつにない親切心だか好奇心だかを発揮したらしく、二人の間に止めに入った。
 
「跡部もなぁ、宍戸は気ぃ遣っとるんやで?素直に受取ってやり?」
「ふん。何の役にもたちゃしねぇ奴に話すこたぁねーんだよ」
「ってめーっ!ざけんな跡部!忍足も、余計な事抜かすんじゃねぇ!俺は跡部の様子が変つーか、おかしいのが珍しくて、ちょっとひっかかっただけで、別に心配なんかしてねーぞ!!」
 
 語るに落ちるというのは正にこういう事なのだが。顔を真っ赤にして否定しても、その真意は溢れ出ているようなもので。抜きん出た実力を持つ絶対的なカリスマ部長である跡部に、宍戸が多少ならぬこだわりを持っている事は傍から見ればすぐにわかる事で、寄れば触れば些細な口喧嘩を繰り広げる(時に手も出る足も出る)この二人が、幼稚舎の頃からの幼馴染関係にある事もまた、皆の知るところであった。
 
「せやなぁ。確かに傍目にわかる弱み見せるんは珍しいわ。な、跡部。3人寄らば文殊の知恵、いうやんか。話すだけ話してみたらどうや?ええ解決法が浮かぶかもしれへんで?それになぁ、跡部やったら自分で話しとるうちに、答えを導き出しそうな気ぃすんねん」
「話をする事で自分で問題を整理するって事かよ」
「ま、そんなところやな」
「一理はあるな。宍戸相手なら壁に向かって話すのと変わりはしねぇが・・・・ああ、忍足。てめーの口の軽さは信用してねー。もし話が外に洩れたらてめーがソース元だと断定する。少なくとも、宍戸の奴は他人に話すなと言えばそういう面だけは馬鹿正直に守るからな」
「ひどっ!俺やと信用ない言うんか?」
「全くねぇな」
「・・・・・・・・・・・・・・口にチャック綴じとくわ」
「わかりゃいい」
 可愛い子ぶって拳を口元に当てる忍足に、跡部の冷たく突き刺さるような視線が向けられる。絶対零度のその目線を受けて、ボケ通す程忍足も命知らずではなかった。本気で跡部を怒らせた場合、どのような報復が待っているか、それは少しばかり、想像したくない。ここは素直に、守秘を通すべきだろう。たとえどれほど金儲けの虫が欲をそそるとしても、だ。
「それで、何が問題なん?跡部の手に余る事態こそ、思い浮かばんのやけど」
「・・・・・・・・・999回目、なんだよな」
「何がだよ」
「・・・・・・・・・」
 苦渋とも言える表情で言う跡部に、先程の憤りを忘れたかのように(実際すでに忘れているのだろう)宍戸も寄ってきた。この突き放そうとする癖に実はそうはできない人の良さが、宍戸の愛すべき点の一つだろう。跡部はちらりと視線を流したが、宍戸を再びからかおうとはしなかった。ただ単にそういう気分でないだけなのかもしれないが。
「――――――告白」
「はぁ?!」
「何やそっち絡みかい。跡部やったら告白慣れしとるやろ?しかし999回、て・・・・さすがは跡部やけど、それ他の男子生徒の前で言うたらあかんで?全校生徒の女子合わせても631名やっちゅーに、どないな計算やねん。卒業生含めたっても全女子生徒になるんとちゃう?まぁ、跡部やったら、女子に限らんかもしれへんけど」
「男も有かよ?げ、激ダサだな」
「宍戸は知らんのかいな。テニス部下級生の半数以上は、この男前の部長さんに熱上げとったで?卒業しとるから言える事やけど、去年のレギュラーのなぁ・・・・」
忍足
「か、堪忍や。ジョークや、ジョーク。宍戸かて本気にしとらんやろ?」
「・・・・お、おぅ」
 口元には笑みを浮かべ、しかしながら目だけは全く笑っていない跡部。これは怖い。何より、机の端を掴んだ手の平に血管の筋が浮いているのがまた怖い。鍛え上げた握力をもって、公共物である机を握り潰すのではないか、と思えるぐらいだ。その手で首でも絞められたのなら、間違いなく死ぬ。そして跡部は容赦を知らない。ここは大人しく謝っておくのが正解だった。
「ふん。――物好きが勘違いで告ってきた事は確かにあったがな。あと断っておくが、俺様が告白された回数なら、そんなもんじゃすまねーよ。999回は・・・・対象者一名だ」
「はーそらすごい・・・・・・・・・・・・って、999回?」
「ああ」
「マジかよ。懲りねーってか、そいつ、ちょっとヤバくねーか?」
「ああ。かなり、ヤバイ
「今だけ、樺地をボディガードに付けた方がええんとちゃう?」
「アイツはこれからの主力だ。俺様の都合で付き合わせるわけにはいかねぇ」
「だからって、何か起きてからじゃマズイだろーがっ!おい、仕方ねーから、俺と忍足がしばらく登下校は付き合ってやる。ジローの奴は・・・・寝てて役に立たねーしな。向日は、うるせーけど、かえってその方がいいか?滝にも声かけっから、持ち回りでいこうぜ」
 何のかんの言っても、宍戸にとって跡部は大事な幼馴染なのだった。直接的な被害が及ぶかもしれないとなれば、日頃の反感など抑えつけてその身を心配する。だが、跡部にとってはいらぬお節介とも言えるのだった。
「必要ねぇ。てめーらが固まってた所で、俺様一人にも敵わねーだろ。足手まといだ」
「てめっ!その言い方はないだろ!俺はてめーの身を心配してだなぁ!」
「ほぉ。心配してくれたってわけね。ふふん。そんなに俺様が好きなのか?」
「ばっ!て、てめー好い加減にっ!」
「どーどー。落ち着け、言うたやろ。宍戸怒らせて追い払おうっちゅう跡部の手やで?幼馴染を巻き込みたくないねんな」
「・・・・・・・・・・・・誰がんな事を言った」
 宍戸を背後から羽交い絞めにして黙らせた忍足の言葉に跡部の目が据わる。
「跡部も宍戸も素直やないし。けどなぁ、今回ばかりはお互い、意地張っとる場合やないやろ?跡部、俺らはな、跡部の事、好きなんや。そら、腹立つ事も多いけどな、それ以上にお前を大事に思っとるんやで?」
「――――知ってる」
 噛んで含めるような忍足の言葉に、跡部はぷいと横を向いた。白い耳が僅かばかり赤く見えるのは、気のせいではないだろう。
 口は悪いし手も出るし、容赦ないわえげつないわ底意地悪いわと、三拍子どころか四拍子も五拍子も揃う跡部であるが、誰より部員達を、仲間達を大事に思い、両手を広げて力の限りに守ってくれた事を知らぬ者は居ない。頼れる部長で魅力的なプレーヤーで、人知れず努力し、その裏方を他者には見せず、いつでも何という事はない素振りでどんな難事もこなしてしまう跡部が、ただの口先だけの俺様でない事を皆知っているからこそ、惚れずには居られない男――それが跡部景吾である。この氷帝学園内には、跡部が一声かければ、身を粉にして働こうという者が少なくない。テニス部元レギュラー陣とて、口では文句を言いつつも、跡部の為ならば何だってやってみせるだろう。
 誤魔化しは効かないと判断した跡部が、別の手を考え口を開こうとした時、懐に収めていた携帯電話が振動した。
「鳴っとるで?」
「・・・・・・・・・・みてーだな」
「出ないのか?」
「・・・・・・・・・すぐに出る」
 公私共に多忙を極める跡部であるので、携帯電話で呼び出される事も少なくなく、会話の途中で幾つか持っている跡部の携帯が鳴る事はよくある事だった。
 何だか疲れたような空気をまとった跡部は、さり気無い素振りで忍足達から携帯の表示板が見えないように手で抑え、着信ボタンを押した。
「―――――俺だ。・・・・・・・・・ああ。そーかよ。・・・・聞いてる。・・・・・答え?決まってんだろ。何度言われても、NOだ。――あぁ?!来るな。会うつもりはねぇ。譲歩の余地なしだ。それだけなら切るぞ。今度は別の用事でかけてこい」
 感情を抑え、事務的口調でもって跡部は応じ、そのままブツリと通話を切った。
「お前、それ、・・・・・例の?」
「これで1000回目、だな」
「携帯ナンバー知られとんのかいな。着信拒否にした方がええんとちゃう?それより、番号変えた方がええか?」
「番号も機種も今の所変えるつもりはねぇし、着信拒否にする必要もねぇ。告白以外の電話だったら、内容によっては受けるからな」
「それなりに親しい相手、ちゅうこと?」
「・・・・・・・・・・別に、親しくは・・・・・・ねぇな」
「私的に電話をする相手なんだろ?お前がそう簡単に教えるわけねぇし、ただの顔見知り程度じゃないよな?」
「・・・・・・・・・・因縁はない事も、ない。別にいいだろ。おら、もう帰るぜ。いつまでも残っていても仕方がねぇ。ジム寄って汗流す方が余程有意義だ」
「お、おい待てよ・・・・」
 鞄を掴み立ち上がった跡部の背を宍戸が慌てて追う。目線を受けて忍足の方も、しゃぁないなーとばかりに肩を竦め、手早く荷物を鞄に詰めた。
 跡部が扉に手をかけ引こうとした瞬間、ガラリと扉が勢い良く開かれた。
「マジマジすっげーっ!!なー跡部っ!校門前に手塚が来てるC〜!!」
「・・・・・・・ジロー」
 勢い良く抱きつかれた跡部は、反動を受けて半歩だけ引いたがそこまでで踏みとどまった。
「手塚、跡部に会いに来たって!!」
「・・・・・・・・そーかよ」
 一方的とも言える程に手塚をライバル視している跡部にしては、反応が薄い。約束をしていた風でもなかったし、手塚の氷帝来訪は押しかけ訪問のようだ――と、そこまで考えて忍足と宍戸は同時に気づいた。先程、跡部が電話の相手に「来るな」「会うつもりはねぇ」と言っていた事を。まさか―――?!そりゃないありえねーだろ、と思いついた可能性を脳内が拒否し、プチパニックを起こした二人は、それでも無意識下の好奇心に引かれるかのように、ふらふらと跡部の後をついていった。
 
「――――跡部」
「来るなと俺様は言った筈だが?」
「俺は行くと言った」
「拒否した」
「聞くつもりはない」
 冷たく言い放つ跡部に、手塚は気分を害した風もなく、どころか跡部の反応など何処吹く風といった態で、己の主張を突き通す。
「・・・・・・・てめーにゃ迷惑防止条例の適用が必要なようだな」
「人をストーカーのように言うものではない」
「まんまだろうがっ!朝、昼、晩とひっきりなしにかけてきやがって。迷惑極まりねーぞ?!」
「すまない。情熱の迸りに耐えかねてな」
「どの面下げて言いやがる」
「この顔だ」
「――っ!近寄んじゃねぇっ!!」
 
 一体その顔の何処に情熱が・・・・・?と首を傾げたくなるような、相変わらずの無表情ぶりの手塚に跡部が噛み付いている。
 俺様な跡部が手玉に取られている風なのは、見ていて笑いを誘わないでもないが、今この場合傍観者に徹するのはいかがなものか?という懸念があった。だが――できれば関りたくない近寄りたくない・・・・という所も本音である。何しろ、あの手塚があの跡部に対してストーカー紛いの告白を重ねているなど・・・・・・・・・・聞かなければ良かったと、それこそマリアナ海溝よりも深く沈みこみたくなる忍足と宍戸なのだった。
 
「てめーな、ここまで拒否られれば、普通は諦めるってもんだろ?何を血迷ったのか知らねーが、好い加減真っ当な道に戻りやがれ。何なら協力してやる。好みのタイプを言やぁな、翌日までに好みの女を両手に余る程揃えてやるぜ?」
「好みのタイプといえば、目の前に居る奴しか思い浮かばないな」
「思い浮かべろっ!死ぬ気になってな!」
「無茶を言うな」
「無茶じゃねぇっ!いいか?はっきり言うぜ?俺はテメーをふったんだ。1000回もな。三顧の礼だってな、三度だぞ?お百度参りだって百回だ。何処の馬鹿でも千回なんざ、繰り返さねーもんだ。てめーのコレは、根気どころの話じゃねーぞ?」
「だが・・・・1000回フラれても、1001回目はOK貰える可能性があるだろう?!
「ねぇっ!」
「何事にも絶対という言葉はない。油断せずに行こう」
「てめーの前でだけは油断しねーよっ!」
「そうか。それならば俺は負けない」
「何にだっ!何にっ!!」
 
 
 お互い意志の疎通にはなっていないが、会話は一応成り立っている。この二人、互いの意志を尊重しない面まで似ているらしい。
 はっきり言えば漫才じみた状況になっているのだが、それを指摘したら手塚はともかく跡部の方は、当分の間臍を曲げてしまうに違いない。
 
「何や、気ぃ合っとるな」
「ある意味似合い、なんだけどよ。あいつらくっつかれたら、目の毒っつーか、精神的毒っつーか、はっきりいって精神汚染されるよな」
「お、宍戸もたまには言うやんか。せやなぁ、手塚やったら跡部に張り合えるんやけど・・・・おもろないのも本音、やな」
「えー、手塚、跡部の事、スキなのー?」
「みたいやで?」
「マジー?俺、邪魔しちゃうC〜!跡部は俺達の跡部、だよっ!」
「――――――――だな」
「・・・・・・・・・・ま、そーいう事、か」
 
 己の感情に素直なジローの言葉に、飾る事を止めた宍戸と忍足が同意した。そう。結局の所は、青学なんかに跡部を取られたくないというのが本音なのだ。跡部は氷帝の、自分達のもの。これは絶対譲れない点という事である。思い切ればすっきりしてしまうもので、宍戸も忍足も、ジローに負けぬ熱意をこめて、二人の間に押入るべく一歩踏み出した。
 
 
 

2006.07.16
 
「1000回フラれても、1001回目はOK貰える可能性があるだろう?!」
(1000回の求愛に異常性が見え隠れ)
 
5回言おう、ストーカー・ダメ・ゼッタイ!


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