05 
 
 
 
 跡部は何かを隠している。それは明らかな事だった。手塚が気づいている事を把握した上で、それでもなお隠している。そこに気遣いがないとは言えない。いや、跡部は手塚の為に話さないのだろう。それでも――共に分かち合いたい。喜びも、苦しみも、哀しみも・・・・分かち合いたい。その上で、跡部の事を支えたいと思うのだ。
 
 何かが瓦解してしまうかもしれない。跡部の事を傷つけてしまうかもしれない。それでも、今まで通り目を瞑っていく事は、できそうもなかった。
 『外』は今の所、平穏無事とはいかぬまでも、大きな変化は訪れそうになかった。二人で頻繁に『外』へ行くという事はない。あくまで情報収集がメインなだけだ。
 下手に足を掴まれて、この場所が明るみに出る事を跡部は案じていた。手塚もその考えは同意している。彼等は彼等で現在(今)の時代を生きている。そこに、此処に眠る人々が突然乱入してきたら・・・・・・そこに争いが発生しないとは限らない。いや、まずそうなるだろうとすら言い切れた。
 それに、邪な考えを抱く者が侵入してくる可能性もあった。ここにある施設は、『外』に比べて技術レベルが遥かに上だ。その知識を得ようとする者、また『眠り人』達をそのものを得ようとするもの、または『眠り人』達を、自分達と同じ生きた人であるとは考えぬ者も、居るだろう。
 
「守り人になろうと思う」
 
 跡部のその言葉に、手塚はしばし考え込んだ後に頷いた。
 文字通り、眠りを守る者として生きていくつもりだと宣言した跡部に、手塚に否という考えは浮かばなかった。二人きりで過ごす事に、抵抗は感じない。むしろ、喜びすらあったかもしれない。同時に、跡部が人の中で囲まれて光彩を放つのが、正しい姿だと思う心もあるにはあったが。
 勿論、この決定が永続的とは限らない。これから先、幾たびも意見を交し合う事があるだろう。周囲の状況に変化があるかもしれない。だが、今はまだ、眠り人を目覚めさせたとても、それを受け入れ支える余地が自分達にあるとも思えなかった。
 時間が必要なのだ。身も精神も、成長する時間が。
 いや。それはただの言い訳なのかもしれない。本当に必要なのは―――跡部を支えきる事ができぬ自分の幼さ、拙さにあると、手塚は理解していた。
 
「―――跡部。その花は何の為の祈りだ?」
「・・・・・・てめーにゃ関係ねぇな」
「いいや、関係がある。跡部の事なのだから」
「・・・・・・・・・・・・」
 いつか、決着をつけねばならないと思っていた。その機会は思ったよりも早く訪れたのだけれど。
 例の如く、花を抱えてある区画の方へと出向こうとした跡部を、手塚は今まで見ないふりをしていたけれど、強引に捕まえて引き寄せた。その蒼い双眸に非難の色を見たけれど、そこで怯んでいては問題は何も解決しない。
「好奇心は身を滅ぼすって奴だぜ?」
「何も知らぬ愚かさを享受し続けるつもりはない。跡部が傷ついている事を知らないと思っていたのか?」
「―――俺様は」
「話してくれ。俺は、お前が思う程に心弱くはない」
「・・・・・・・・・・・」
 常に真っ直ぐ前だけを見つめ、突き刺すような視線を向けてきた蒼い瞳。それが間近で見ると、何処かに救いを求めるように揺らいでいる。何がこれほどまでに跡部を追い詰めたのか。これほどまでに苦しめるのか。苛むのか。知らなければならない。
 躊躇い、唇を噛み締める跡部に、あれでは傷がついてしまう・・・と、その唇を押さえてやりたくなる。悲しませたいわけではない。苦しめたいわけではない。ただ、少しでも負担をこちらに明け渡して欲しいのだ。一人で背負わないで欲しいのだ。手塚は、跡部に守られ続けるような、か弱い存在ではないのだと知って欲しい。
「・・・・・・・・わかっちゃ、いた。いつまでも隠し通せるわけがねぇって事はな。だが、知らずにいられればいいと・・・・思っていた」
「それが、どんな内容であっても俺は知りたい。跡部、俺はお前を支えたい」
「――――ばぁか。そりゃ、今更だ」
「・・・・・・・・・・・」
 とん、と胸の上を軽く拳で叩かれた。目の前にあるのは、少し泣き出しそうな・・・・それでも晴れやかな跡部の笑み。何かをふっきったかのような表情だった。
「俺は時々、過保護になっちまうようだな。よく氷帝の奴等にも、『ジローに甘過ぎる』と言われた」
「幼馴染だったのだろう?」
「ああ。ガキの頃からずっと一緒で・・・・・自分の一部みてぇなもんだった」
「・・・・・・・・・・・」
 跡部の苦しみは、大事な友と離れてしまった事なのか。いや、そんな単純な話ではないだろう。
「・・・・・・あいつはいつも寝てばかりだったけどな、頭の出来は結構良かったんだぜ?その気になりゃ、学年首位だって狙えただろうよ。最も、俺様も明け渡す気なんざなかったけどな。体の方だって健康だ。身体能力は言うに及ばない。―――だから、選考対象であったのも当然だ」
「芥川もここに居るのか?」
 今の話の流れからいくと、そうであるとしか思えない。そんな手塚の疑問に、跡部は緩く首を振った。
「居ねぇ。今は、な」
「どういう事だ?」
 はっきりとした言葉を好む跡部が曖昧に濁した言葉。言い淀んだその言葉の裏にこそ、真実があると思えた。
「・・・・・・俺達が眠りについた時には、居た。もっとはっきり言えば、俺の隣で寝ていた」
「跡部の隣に、だと?」
「ああ。ネームプレートで確認した。間違いなく、ジローだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 抜け落ちた表情。傷ついた瞳。それの意味する事は・・・・・・・・
「――――俺達よりも先に、目覚めていたのか?」
「いいや。違う。あいつは結局・・・・・・目覚める事は無かったんだ。・・・・ったく、どこまでも寝汚い奴だぜ」
 さらと、額にかかる髪をはらう跡部の手首を掴む。軽く掴んだつもりが、思ったよりも力を込めてしまったようで、「痛ぇ」とうめく跡部の言葉に慌てて手を離した。
「――――目ぇ覚めて、よ・・・・・・似たようなカプセルが並んでいた。気になるのが道理ってもんだろ?俺は、まだふらつく足で隣を見に行った。閉じられたままの蓋の中を覗きこんだ。そこに、誰かが眠っているんだろうと思ってな。だが・・・・・・・中にゃ人間は居なかった。いや、違うな。人の原型を留めちゃいなかったんだ」
「・・・・・・・・何?」
「・・・・・・・・これだけの数のカプセルが、全て問題なく動き続けると思うか?1年や2年といった短い期間じゃねぇ。熟練のスタッフが24時間体制で、常に監視して整備や調整をしているわけじゃねぇ。大量生産の機械の中には、どうあっても不良品が混じっているものだ。最初っから壊れちまってるもの。正常に動いているように見えて、いきなり暴走しちまうもの。これも運、不運で片付けられるものなのかね」
「跡部」
「わかっちゃいる。だがな、何故ジローなんだ?どうしてだよ。何で、いつもみてぇに寝惚けた面で、『・・・・おはよう』って起き上がらねぇんだ?」
「―――跡部。わかった。わかった、から・・・・」
「何がわかったってんだ?!ジローだけじゃねぇ。外れのカードを引いちまった奴は、他にも居るんだ!」
 口惜しげに顔を歪める跡部は怒っていた。悲しんでいた。憤っていた。だけど・・・涙だけは流さなかった。
 そうしてわかった事がある。跡部が手塚に何を知らせようとしなかったのかを。何を隠していたのかを。何を一人でやっていたのかを。
「跡部は、一人で彼等を弔っていたんだな」
「・・・・・・・・放置するわけにゃ、いかねぇからな」
 強がった口ぶりで悪態をつくが、それが本心でない事は明らかだった。跡部は一人で彼等を悼み、弔っていたのだ。手塚にその苦しみを知らせる事もなく。
「―――すまない。嫌な仕事を、させてしまった」
「・・・・・・・仕事じゃねぇ」
「ああ、そうだな。失言だ。だが、もう隠さないでくれないか?それが例え俺にとって親しい人物であったとしても・・・・俺は跡部一人に押し付けたいなどとは思わない。いや、反対に俺こそがやるべきだろう。もっとも、無神論者だったから、祈る言葉など持ってはいないのだが」
「祈りの言葉なんざ、糞の役にも立たねぇよ。俺だって、ただゆっくり眠ってくれと・・・・・・それぐらいしか言えねぇ」
 きつく握り締める跡部の手の中で、白い小さな花が潰れた。それはまるで、喪われた命のようにも見える。
「跡部が憂慮しているのも、その事なのか」
「ああ。いつまで稼動し続けるかはわからねぇ。だが、強制的に起こした時、その段階で異常動作するものもあるかもしれない。どちらの方がリスクが高いか、だ。俺は今しばらくはこのままで、無理な負荷はかけない方が良いと思う」
 ただ先延ばしにしているわけじゃねぇんだ、と薄く笑う跡部に、ああ、やはり彼は彼なのだと納得した。
 どれほど傷つこうとも、臆病になるような奴ではない。その傷を受け入れ、癒えるのをただ待つのではなく、立ち上がり、駆けていく。
 そう遠くない未来のうちに、自分達は『眠り人』の一部を起こす事となるだろう。それは、二人きりのこの歪んだ世界の終焉を意味する。だが、それは悪い事とも思えなかった。
 憎まれたり、罵倒されたり、逆恨みのようなものを抱かれるかもしれない。それでも、止まったままの世界が正しいとは思えぬのは、手塚も跡部も同様なのだ。
 願わくば、彼等にもこの世界を逞しく受け入れて欲しいと思う。そして、跡部の心を受取って欲しいと、手塚は誰にともなく・・・・祈った。
 
 
 

2006.09.02
 
[ 05.祈る言葉なんて持ってないけど ]


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