01 
 
 
 
 跡部と二人だけの生活が始まった。
 正確には、幾人、幾百、幾千・・・・万の単位の人が此処には居る。だが、誰もが皆、人工的な眠りについていた。
 先に目覚めていた跡部は、その優れた頭脳をフルに使い、得られるだけの情報は得ていた。おかげで手塚は跡部がわかりやすく噛み砕いてくれた知識を得る事ができた。
 だが、それを感謝するという事はない。目覚めて一週間程の日数が流れたのだが、その間、手塚は折につけ、ねちねちと跡部に嫌味を言う事を日課としていた。
 何しろ跡部ときたら、自分が目覚めてより三月もの間、たった一人で過ごしてくれたのだ。眠り人だけが支配するこの空間の中で、たった一人で時を過ごした。
 手段が無ければそれも仕方無い事だろう。だが、跡部は早々に装置の解除方法を見つけていたのだ。その上で、何もしなかった。
 何も知らずに眠りについていた自分に腹立たしさを抱く。どうしようもない事だとわかっていても、そこで跡部の信頼を得られなかった事が口惜しい。一人ではなく二人で居れば、今この時のように孤独など感じはしないというのに・・・・跡部は一人で過ごそうとしていたのだ。
 確かに、人一人のその後の人生を背負うのは容易な事ではない。この眠る人々の中には、眠りについたままがいい・・・・と望む者も少なくないだろう。突然、このような状況に放りだされたのなら、パニックも起きるかもしれない。
 ここは、自分達が生きていた時間から遥か先の未来だ。家族も友人も、今の時間の流れの中にはとうに存在しない。どのように生き、どのように死んでいったのか、知る術もない。それは、遠い過去の事だからだ。
 此処で眠りについている人々は、日本国内から選りすぐりで集められた者達らしい。健康で、既往歴が無く、遺伝的にも問題の無さそうな者達。また、各界においてその名の知れた実力者達。そんな者達が集められている。「名前見たら驚くぜ?」と、跡部に示された名簿(跡部が個人的に作成したらしい。・・・一人で居る間に)を見ると、テニス以外の事には疎い手塚ですら名を知る、実力あるスポーツ界のプロ選手の名が幾つもあった。跡部に言わせると、歌舞伎、演劇、古典舞踊、または現代(今では過去だが)のPOPミュージシャンの存在もあるらしい。勿論、大多数は一般人であるのだが。
 何故自分達が選ばれたのかと疑問に思うが、跡部は「将来を嘱望されたテニスプレイヤーだからだろ」と、至極あっさりしたものだった。ならば、自分達のチームメイト、または大会において凌ぎを削ったライバル達もまた眠らされているのだろうか、と問えば、跡部は顔を背け、複雑そうな表情を浮かべた。
 
「―――膨大な数だからよ、まだ把握できてねぇエリアも結構ある。だが、今まで確認した中に、確かに見知った顔はあるにはあった。てめぇ以外にも、な」
「ならば、起こす事を考えた方が良い」
「誰もがてめーみたいに図太い神経持ってるもんじゃねぇぜ?」
「そうか?俺達の知る彼等ならば、殆どの者がそれに近くはないか?」
「・・・・・・・かも、しれねぇな」
 
 手塚の指摘に、跡部は緩く口元を歪めた。
 それは、手塚が目覚めてから初めて見る、作られた表情ではない、笑みのようなものだった。手塚を起こしたその時こそ、例の如くの挑戦的な笑みめいた表情を浮かべていた跡部だったが、この状況を説明して以来、抜け落ちたかのように表情が無い。最初は、泣き顔を見られた事が恥ずかしいのかと思ったが、どうやらそういう理由ではないようだった。
 孤独で過ごした時間が、跡部を未だ取り囲んでいる。此処に自分が居るというのに、心の全てを開いてはくれない。歯痒かった。不二のように柔らかな空気を纏えるのなら、大石のように穏やかな空気を纏えるのなら、随分と違っていただろうに。記憶の中ではほんのつい先程別れたばかりのように鮮明な、仲間達の顔がひどく懐かしく思えた。
 手塚は敢えて聞かなかった。誰が選ばれたのかという事を。例えば青学の仲間達が全員選ばれるなどという事はけしてないだろうから、居ない存在を悼み落胆を覚える事は間違いない。それは、先延ばしにしているだけに違いないが、もう少しだけ覚悟を決める時間が欲しいのだった。
 そこまで考えて、跡部はどうなのだろう?と疑問を抱く。
 手塚の知る跡部は、氷帝学園の仲間達をとても大事にしていた。跡部の見てくれや言動に惑わされた者は、傍若無人に帝王面して氷帝学園に君臨していると誤解するようだが、手塚は跡部程に部員達を、仲間達を大事にする者を知らない。その点においては見習うべき美点だな、と感心していたのだ。最も、思うと行動に関しては比例するものでもなかったが。
 彼等はどうなったのだろうか。やはり、選ばれはしなかったのだろうか。例えば忍足や宍戸あたりならば、選出される可能性も無いでは無いのではないだろうか。また、跡部が可愛がっていた樺地という下級生も、あの能力は驚異的であった事だし、選ばれていておかしくない。
 この場で眠りについている事が、喜ばしい事かどうかは判断しきれないが、彼等であるならば跡部の居ない世界よりも、跡部が居るこの時間の中で生きたいのではないかと思う。
  それは、勝手な思い込みなのかもしれないが。
 
 跡部は名簿に合わせて、一つ一つ、眠り人(スリーパー)達が眠るカプセルを、己の目で確かめる事を日課としている。膨大なデータの中から拾い出した名と顔写真とを合わせ、擦り合せていっているのだと聞いた。
 閉じられたケースの表面を撫で、しばし跡部は佇んでいる。じっと、何かを見透かすように、眠り人と相対している背に、手塚は何も話しかける事ができない。
 
 いつかの試合会場から退場していく際に見た、ぴんと伸ばされた背筋は記憶の通りで揺ぎない。確かに変わりはない筈なのに―――――
 
 跡部が静かに佇むその姿は、何処か祈りを捧げる聖人の如くにも見えるのだ。
 
 
 

2006.07.17
 
未来系パラレル。
関連: 365題 (116/112/118/117)
 ※ 前設定未読でも問題はありません
 
[ 01.その姿は祈りに似ている ]


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