04
跡部は時折、どこからともなく花を持ち帰ってきた。
白い、小さな花をその手に抱えている姿を手塚は何度か見た。
何処かに菜園があるのだろうかと思ったが、跡部の説明がなかったのでそれがどこなのかは未だ知らない。いや、今では確信している。その花は、育てているものではなく、自生しているものだ。つまり、跡部は『外』へと出ている事となる。手塚を伴わず、たった一人で。
『外』がどうなっているのかも、いまだ手塚は教えられていない。だが、人が住めぬような環境ではない事は把握していた。目覚めた当初にそのあたりは跡部も説明してくれたのだ。自分達は人工のDNA保管庫であり、貯蔵庫であるのだと。外の世界では、かつて自分達が生きていた時代程ではないものの、人が生活をしている。そして、人の業とでも呼ぶべきなのか、この時代となっても人と人の間で争いがあるようだった。
戦いは命を失わせる。人が減っていく。その下降度が一定量を超えた場合、俺達の眠れる同朋達は目覚める事となるだろう、と。減った分を水増しする。足りなくなったから追加する。人工調整の補充要員だと、跡部は薄く笑った。
未だ眠れる人々がそのままであるのは、ぎりぎりながら何とか調整量が保たれているからだという。何度か危ないところはあったんだぜ?と、跡部が目覚め、手塚が起こされるまでの間の事を話してくれた。もしそこで目覚めていれば、跡部が抱く罪悪感は無かったものとなるのだろうか・・などと、けして褒められたものではない考えをもついつい抱いてしまう。
白い花は跡部によく似合った。清楚で凛として、何ものにも染まらぬ白い花。小さな小さな花達が、跡部が積み重ねてきた努力のようにも見えたのだ。
花を抱えた跡部の背を、そっと気づかれぬように尾行した事がある。秘密を覗くようで、少しばかり疚しい思いを抱かぬでもなかったが、一度気になったら確かめずにはいられなかったのだ。跡部は、どこかいつもより力無かった。頼りないとも見える背に、追いついて、引き寄せたくもなってしまう。だが、手塚の存在に気づくと同時に、跡部は仮面を被る。手塚に弱みを見せようとは思わないだろうから。
ある区画まで進むと、跡部の足が止まった。そこは、数日前に跡部が調査すると言い、手塚の立ち入りを禁じた区域だった。
無人の回廊を歩く跡部に気づかれぬよう、手塚はそっと足音を忍ばせてついていった。
何もない、空っぽの部屋の中、跡部は室内を見回し静かに瞑目した。1分か、2分程度だっただろうか。沈黙のままに立っていた跡部が瞳を開き、抱えていた花を部屋の中に撒いたのは。折角摘んだのであろう花を、跡部は惜しみなく部屋の中にばらまいた。
「跡部、『外』へ出るのならば、俺も連れて行ってくれないか?」
「ま、俺様に何かあったら途方に暮れちまう、か。端末の操作方法は教えたろ?知りてぇ情報ならば、そこから引き出せる」
「そういう意味ではない!お前が外で何か危険な目に合っていないか、心配なんだ」
「・・・・・・・・・・そりゃ、ありがとよ。だが、心配して貰わなくて大丈夫だ。てめーと違い、間抜けな失敗なんざしねぇよ」
「そう言い切れるものでもないだろう。此処は俺達が生きていた時代とは違うのだろう?何が起きるかわからないのではないか?」
揶揄るような跡部の口調に反感を抱いたわけではなく、こちらを怒らせて問題を摩り替えようとしている跡部の態度が気に入らなかった。それが、常より言葉荒く言い募るといった行動で表れてしまう。
「不意の事故なんざな、向こうでだったいつ起きるかわからなかったろ。それは変わらねぇ事だと思うぜ」
「違うな」
「アーン?」
「共に在れば、一人では無理でも対処できる事が数多くあるだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
「俺は跡部を助ける事ができると思う。それとも、俺はそれほどまでに頼りないのか?」
じっと、逸らす事を許さぬ視線で真っ直ぐに見つめる。軽口でごまかされるつもりなど、毛頭なかった。
「・・・・・・別に、頼りなくはねぇだろ」
「ならば、何故跡部はいつでも一人で対処しようとする?」
「・・・・・・ただの癖だ。自分でこなしちまう方が早いと、身に染みちまってるだけだ」
「それはつまり、俺が跡部にとって荷物でしかないという事ではないか?」
「―――ばっ!誰が、んな事を言った?!てめーはそのままでいいんだよ」
「そうとは思えない」
「うるせぇ。俺様が言いと言ったら、それで良いんだ」
「それは過ちだな」
「・・・・・・・・・・っ」
きっぱりと言い切ると、跡部は口惜しげに唇を噛み締めた。きつく、血が滲みそうな程に。手塚は、跡部にそんな表情をさせたいわけではなかった。
「―――――跡部」
「・・・・・・・・・わかったよ」
ちっと小さく舌打ちした跡部は、どこか諦めたような表情で、手塚の提案を受け入れた。
その日から。跡部は『外』へと出る際には、手塚を伴うようになった。
その度に、最初渋ったのが嘘のように跡部は『外』の現在の状況を詳しく教えてくれた。
どうやら跡部はすでに『外』の『人』との接触も済ませているらしい。その度胸には、舌を巻かずにはいられない。
以降も、跡部はたびたび花を摘む。
それらの花が、跡部と手塚が作業で使っている幾つかの場に飾られる事はなかった。
未だ内に秘めたままの、問いかけ。
何もない部屋に花を撒く。その無意味である筈の光景が、何かを捧げているかのように、小さな白い花々が献花の如く見える理由を、手塚は未だ跡部に問えずにいる。
2006.08.27
[ 04.献花の如く、それは ]
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