† ファミリーコンプレックス † (切原&跡部)
関東屈指のテニス強豪校である立海大附属中学校と、氷帝学園中等部のテニス部の間には昨年来より施行される事となったある取り決めがあった。
それは・・・・・・次代を担う部員を一日外部体験入部させるというものだ。勿論、機密保持という声も上がった。けれども、その偵察如きものの数ではないと言い切る豪胆さを、両校の部員達は持ち合わせていた。それを傲慢な思い上がりと取る者も居るかもしれない。だが、彼等のその発言は、確かな実績と自信があるからこそ言える事であった。
まぁ、きっかけは両校の代表である理事長同士が酒の席で意気投合した先に、互いの学園における生徒自慢となり、それが高じて口が滑って、それ程言われる代物ならば互いに学びあう事もあるでしょう、とお気楽な約束を交わした事にあるわけで。
その話を聞いた両校テニス部の監督達同士は当然抗議し取り止めにする気満々であったのだが、丁度その場に居合わせた生徒二人が「いいんじゃないですか?」「仲々面白い試みですね」などと、否定する事もなくあっさり同意した事により、交換体験入部は実行される事となった。
一生徒の言と言うなかれ。何しろその場に居合わせたのは、当時より両校監督の秘蔵っ子と言えば聞こえは良いが、盲目的なまでの寵愛を――時には贔屓と囁かれる程の信頼と期待と一身に受けた生徒二人であったのだ。
当時一年生であったその二人とは・・・・『幸村精市』と『跡部景吾』。翌年には、共にテニス部の代表たる部長に任命される二人であった。
ソツない事で知れるこの二人。当然の事ながら、他校においてもその魅力才能英知実力を遺憾なく発揮し、全くのトラブルを引き起こす事なくお互いの学園の声価を高める事に貢献してくれたわけで、前年の成功があれば翌年もそれに習えとばかりに、2年続いて酒の席での戯言契約は実地される事となった。
時は秋から冬に近づく頃の折。氷帝学園からは代表として日吉若が、立海大附属中学校よりは代表として切原赤也が、それぞれの学校へと赴くよう、両校部長様に言い渡された。
「――で?向こうからは誰が来るん?」
「切原赤也」
忍足の問いに、跡部は資料を見ながら答えた。
「へぇ。そら・・・・・・厄介ごと押し付けられたとちゃうん?」
「あん?」
「立海中の切原いうたら、評判悪い所やないで。敵に回すと厄介な奴、ちゅうこっちゃ。ヤバイ性格しとるらしい」
「ふん」
忍足の気遣うような視線を跡部は鼻で笑い飛ばす。慎重な事は結構だが、もっと余裕みせろよ・・・・とばかりに。
「鼻っ柱が強ぇらしいな。俺様に教育しろって所か。幸村の奴ならやりかねねぇな」
「悶着起こしたらやばいで」
「んなヘマしねーよ。鼻っ柱が強ぇったら、日吉の奴も同様だが・・・・」
「若は礼儀、わきまえ取るやろ」
「まーな。その点は心配してない」
「信頼しとる?」
「でなきゃ出さねーよ。うちの代表なんだぜ?」
「はは。それ、本人に言うたらええのに」
「ばーか。今から甘やかしてどうする。そうだな。10年後ぐらいにでも、冗談混じりになら言ってやってもいいが」
くすくす笑う跡部に、忍足はしゃぁないやっちゃとでも言いたげに苦笑を浮かべ肩を竦めた。
「皆、揃っているようだな」
トレーニングを開始してしばらくたった頃、氷帝テニス部顧問である榊が現れた。その後ろには他校生が一人従っている。
「すでに話は伝わっていると思うが、今日一日立海大附属中学校より部員を一人受け入れる事となっている。切原赤也君だ」
「どーもー。切原っス」
にこにこと顔を笑み崩して切原が前に出る。榊の出現に緊張していた部員達の空気が、その存在によって一瞬緩む。
ここで攻撃的な態度を見せて、一日騒動の目となる気はないらしいな、と跡部は少しばかり感心した。幸村から聞いた話では、切原という一年は入部当初に立海御三家であるあの三人組に喧嘩を売る(テニスでだが)という暴挙をしてくれたらしい。その話をした際の幸村の様子がえらく楽しそうで、これは大分可愛がられるだろうな、と僅かに同情を抱いたものだ。
「いやー。さすがは氷帝っスね。最新設備だしコートもいいし、今日は楽しみに来たんスよ。あ、お客だから見学・・・・とかはないっスよね?」
「それはない。常勝王国として名高い立海大附属の厳しい練習には及ばないかもしれないが、うち(氷帝)の練習量もかなりハードだ。みっちり味わっていって貰うつもりだ。跡部」
「はい」
「彼――切原君を部室に案内してやってくれ。着替えは――」
「あるっス。あ、立海のじゃ不味いっスか?」
「構わないだろう。だが、明らかに他校生とわかる人物が校内を自由に歩き回っていると、騒ぐ者も出てくるかもしれない。跡部、手間かもしれないが彼に一日ついていてくれ」
「えーお守付きっスかぁ?」
「はん。俺じゃ不満だってか?」
「めっそーもない。かの『跡部様』に世話焼いて貰えるなんて、文句言ったら罰当たるっしょ?確かアンタ去年、ウチ(立海)に来たんスよね?」
「ああ」
「今でもアンタの人気凄いっスよ。三年の先輩らの間じゃ、アイドル並みだし」
「・・・・・・・・まぁ、色々厚遇はして貰ったな。転入しないかとも誘われたが・・・・」
「何?跡部、それは初めて聞く話だぞ?!」
「ただの社交辞令ですよ。立海には幸村・真田・柳といった面子が居る。他にも実力者は揃っているし、今更俺をスカウトしてもしょうがないでしょう。ま、『跡部』というネームバリューに価値を抱くのも居るかもしれませんが、生徒には関係ないでしょう?俺が行った年の立海中にはどうも面倒見の良い人達ばかりだったようで、随分可愛がって貰いましたがね」
「そ、そうか・・・・?」
「面倒見、いーっスかねぇ・・・・?」
心なしかほっとした表情の榊と、不満というかしっくりいかない表情の切原。ここで「そいつら本気やで」とも「そら、相手によっては可愛がるもんなんや」と、真実を見極めた忍足が説明してやれば両名納得したのだろうが、生憎ながら忍足はそんな親切心を出す気はないようだった。ちなみにこの場において、跡部のインサイトは不発なようである。
跡部に連れられて部室の方へ来た切原は、臨時で空きロッカーに荷物を入れるように指示された後、着替え始めた。その間きょろきょろと辺りを珍しそうに見回しながら。
「どうした?珍しいものがあるわけでもねぇだろ?」
「や。立派すぎて圧倒されるっス。うちなんか年代物のロッカーがあるだけだし」
「ここはレギュラー用のロッカールームだからな」
「他はどーしてるんスか?氷帝といえば、大人数で有名っスよね」
「此処とは別に用意されている。いくらなんでも200名を此処で使うのは無理ってもんだろ」
「ふーん。特別ルームってわけですか?」
「わかり易い格差ってもんをつけてんだよ。着替え終わったならさっさと来い。おしゃべりする為に来たわけじゃねーだろ。それともテメーも昼寝が趣味なクチか?」
「んな勿体ない事しないっスよ。折角のチャンスを。青学の手塚さんと氷帝の跡部さんと言えば、是非とも手合わせ願いたい筆頭だったし」
「ふ、ん。ま、その言葉、受けといてやるよ。本気かどうかは聞かないでおいてやる」
「えーっ本気っスよ!疑われるなんて泣けてくるなーっ!」
「そりゃ悪かったな。おら、付いてこい。一日俺様がてめーの保護者だ。あんまり面倒かけんじゃねーぞ」
「ガキ扱いは随分だなぁ」
「充分ガキだろうが。隠すだけ無駄だ。幸村はあれで結構内自慢でな、ま、そればかりじゃないが・・・・てめーの甘えっぷりは聞いてんぜ?」
「嘘」
「ほんとう」
「えぇぇっ?!幸村部長、そりゃないっスーっ!!」
「くっくっく。ま、他の奴等にゃ話してねぇから安心しろ。今日一日は、この俺様が甘やかしてやる。滅多にねぇことだ。感謝するんだな」
「だから、そんなガキじゃねーっス!」
「そーかよ」
切原に背を向けた跡部であるが、笑いを抑え切れない事を隠す事もなく、その背に向かい喚く切原の姿は年齢相応に子供っぽく微笑ましいものでもあった。先の忍足の言のように、切原という存在を警戒していた者も少なくなかったのだが、跡部にかかればこの通り―――とばかりに、切原は一日跡部の手の平の内で踊る事となるのだった。
「それで、氷帝はどうだった?」
一日体験入部を経て後、切原は先輩達に囲まれるようにして、その成果を問われた。
何度か練習試合も重ねている両校で、ある程度のデータはお互い揃えているのであるが、日常の練習光景といえばまた別である。勿論立海には立海の最適なメニューが組まれているわけだが、あれほどの大人数を抱え込んでいる部が見事に運営されている手腕は見習うべき点も多々ある。
が。親の心子知らずとでもいうのか。データ収集に適した人物ではなかったのが敗因とも言うべきなのか。切原が発した言葉はそこに居た誰もが期待したものではなかった。
「跡部さんは――――お母さんのようでした」
「―――切原ぁぁぁっ!!!」
貴様っ!たるんどるっ!!とお決まりの台詞と共に、真田【副】部長の鉄拳制裁が切原の頭に見舞われる。石頭で知られる真田の拳。その拳もまた岩をも砕くような硬さをもって、しかも遠慮なしの気遣いなしの一発はがつんと頭にヒットし、かなりの衝撃に切原は涙していた。
「いてっ!痛いっスよ!真田副部長っ!!なんでそうガンガン殴るんスかっ!横暴っス!頑固親父っ!!頭割れたらどーしてくれるんスかっ!!も、いいっス!俺、此処にはもう愛想が付きました。跡部さんちの子になってやるーーっ!!!!」
喚いて泣いて癇癪起こし、切原退場。
後には呆然と立ち尽くす立海メンバー達が居るばかりであった。
しんと静まり返った部室内において、ひんやりとした視線が一人、また一人と、拳を握りしめたままの人物へと向けられる。
「俺は間違った事は言っていない」
憮然とした表情で呻くように言ったのは真田である。
「まぁそうかもしれないけどね。だけど殴るのは余計だろう?頑固親父扱いも当然だよね」
その真田の言を否定はしないものの、穏やかな表情のままに目線を眇めて非難の意を込めたのが幸村。
「甘やかしてくれたようだな、跡部は」
やれやれと困った表情を浮かべるのは、立海で切原の世話役とも言えるジャッカル。
「意外に甘いお人のようですね」
眼鏡のズレを直しつつ、感心深気なのは紳士こと柳生。
「アレに懐かれて苦労してみんしゃい」
悪戯っぽく含む笑いを浮かべるのは、詐欺師こと仁王。
「あのまま赤也が氷帝へと駆け込む確率・・・・・・99.9%」
細目を更に細めて誰もが今更な推論を口にしたのは、達人こと柳。
「赤也の奴、『氷帝』じゃなくて『跡部の子』って言い間違いだろい?」
ぷくとガムを膨らませながら気楽に言いのけたのは、名手丸井。
開けはなれた扉を見やり、ついで元凶たる真田をみやり、無言の重圧を与えていく立海ファミリー。彼等の結束かつ阿吽の呼吸は仲々に強固なもののようであった。
所変わって場は氷帝。
切原と入れ替わりに立海入りしていた日吉を迎え、ねぎらいの真ッ最中。
自分の代わりに来た切原を気にした風であったので、レギュラー陣は交互に切原についてを日吉に語ってやっていた。
「まぁ、生意気な奴だったよな」
と、宍戸が感慨深気に意見をしすれば、岳人が「日吉程突っかかんなかったじゃん!」と反論する。その言葉に日吉が一瞬顔を強張らせたが、丁度視界から外れていたらしい岳人は気づかなかった。その二人を交互に眺めた跡部は、仕方ない奴等だな・・・・とばかりの表情を浮かべ、日吉の頭をぽんと叩く。その感触にばっと顔を上げた日吉の顔が、思わず素を出してしまったのか真っ赤であった事は跡部は見なかった事とした。
「ん〜。けどなぁ、跡部、あーいうん好きやろ?」
「ま、嫌いじゃねぇぜ?叩き甲斐があるしな。歯向かってくるくらいで丁度良いってもんだぜ」
「日吉ー嫉妬する事ないよー。切原が良いって事は日吉も良いって事なんだからさー」
「べ、別に俺はっ!そんな事気にしてませんっ!」
「ふふ。日吉も帰ってきたら少し可愛気出てきたかな?」
「・・・・・・うちが一番だとは、しみじみ思いましたが」
楽し気に覗きこんでくる滝から身を逸らしながら、それでも日吉は否定せずに肯定すらしてみせた。どうやらそれなりに叩かれてきたらしい。
「鍛えられたっちゅうわけか」
「・・・ええ、まぁ。・・・・鳳や樺地ではなく俺が行って正解だったとは思います。家柄上、慣れてもおりますし」
体育会系には、と言外に含ませた日吉にレギュラー達はうんうんと頷いてみせた。
部内一の強面の樺地であるが、その内面は繊細で優しい。対人関係においては、日頃から跡部が庇護しているように一歩も二歩も未熟であって気弱な面がある。鳳にしても、育ちの良さが全身から表れているように、性格的にもおっとりとした質であるので、立海のような空気は合わないに違いない。日吉は古武道の流れを組む道場の家に生まれ育っており、その面では立海の真田の頑固一徹ぶりに対抗できるのであろうが・・・・・・それでも。
「うち(氷帝)が一番なんだろ?」
「―――――はい」
跡部の問いに日吉はしっかりと頷く。
徹底した実力主義で知られる氷帝学園テニス部。だが、その部員達の繋がりは、暖かなファミリー体質であると言い切っても良いかもしれない。そんな彼等の元に、泣きながら子供が一人駆け込んでくるまでは、あとほんの少しの時があるようだった。
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5000hit企画最終便第4段。切原と跡部。
――というより立海・氷帝ALLといった具合になりましたが・・。
多少なりとも楽しんで頂ければ幸いです。
時期的には幸村発病の少し前ぐらいで。
コンプレックスは家族にまだ入り込めない(と思って居る)赤也。
そんな辺りからの命名です。
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