19.11時半です。あ、携帯の着信を知らせるライトに今気が付きました。
「――――完了」
一息吐くと、跡部はペンを机の上に転がした。
ペンを走らせるままに・・との言葉通りに一挙に書き上げたレポート。常に計算と観察を頭半分でこなしている跡部であるので、格別集中しなくともこの程度の作業をこなすのは容易い。難解な数式を解くのとは異なり、思考と記憶を己の内から拾い出す作業だ。深く考えこむ必要もなく、表面的な意識のみでそれなりに体裁を保った文面を完成させた。
元々が、客観的に物を見るという方面に長けているせいもあるだろう。部内で榊に報告を求められる際にも、求められていたのは完璧さと正確さ。跡部家の次代跡取りとして、幼い頃より公の場に駆り出される事も少なくなく、年齢に関係なく求められていたのは後継者としての資質。幼くとも世間は立場に応じた高い能力を求めるものだ、という祖父の教育の元、大人と対等に渡り合うよう一人きりで放り出される事も少なくなかった。そうして鍛えられた見識と実践的な知識は、たかだか中学生の学ぶ形骸的な初期教本で戸惑うような安っぽさではない。
「あと少しで日付、変わっちまうな・・・・」
カチカチと時を刻む年代物の置時計の針を眺め、跡部は苦笑を浮かべた。同じ年代で、氷帝学園のようにエスカレーター式でない学校に通う者ならば、受験に本腰を入れ始めた時期だろう。深夜を超えても必死な顔で、試験に受かるという行為の、試験の為の勉学とやらに取組んでいる事だろう。最も、跡部が彼等と等しく受験生であったとしても、そんな必死さは持ち合わせなかっただろうが。基本的に跡部は試験勉強の類などしない。それでいて入学以来成績優秀者の筆頭から転がり落ちた事などないのだから、好い加減嫌味な存在ではあるが。
「ん」
手首を掴み腕を上げ、全身を引っ張るようにして伸びをする。固まりかけた筋肉を伸ばすと、肩のあたりの骨がコキと鳴った。
書き上げたレポートをクリアファイルに挟み、明日必要な教科の本を選び鞄へと詰める。持ち帰る必要の無い物は校内のロッカーに置いてあるので、鞄の占拠量はそう多くない。空いたスペースを眺め、一瞬考えた後先程読みかけていた本を一冊放り込んだ。昼休みの空いた時間にでも(ジロー達に邪魔されなければ)読み進める事ができるだろう。
翌日の用意を済ますと、室内着から寝着へと着替えた。ベッドに入ろうとして、隅の方に放置してあった携帯電話の存在に気づく。ひょいと手を延ばし取り上げた所、丁度良いタイミングでブルブルと振動が鳴った。
「・・・・・・・・・・はい?」
こんな時間に誰だよ、と形の良い眉を顰めつつ、それでもすぐに出る。
『―――跡部か?』
「この番号に他の誰が出るってんだ?」
『それもそうだな』
「しかも何時だ?アァ?」
『11時半です。あ、携帯の着信を知らせるライトに今気が付きました』
「あぁ、そう。嫌味臭ぇから、その馬鹿丁寧語止めろよな」
『注文が多いな』
「―――てめぇ・・・・・・・・・。いい。てめーに言うだけ無駄ってもんだよな。で、何の用よ」
『用があるのは跡部、お前の方ではないのか?』
「別に、律儀にかけてこなくて良かったんだぜ。返答来るとも思ってなかったしな。大体、メールですましゃいいだろ」
『それでは日付が変わってしまう』
「・・・・・・・・・・そりゃ悪かったな」
『全くだ』
「・・・・・・・・・・」
大真面目に返されて、結論的にこちらが悪いような展開で。何故こうなるのだろうか・・・?と首を傾げつつも、相手があの手塚だからな、と納得する部位がある。
『―――跡部。話したんだな』
「・・・・・・あぁ」
『気づかれていたのだろう?』
「どうやらな。そっちも、そうじゃねぇ?」
『その通りだ。どうも、敏い奴等が多くて困る』
「嬉しいの間違いじゃねーの?」
『その言葉、そっくりそちらに返すぞ』
「はいはいはいはい。嬉しいぜ。これでいーだろ?」
『「はい」は1回で良い』
「お約束なのな」
跡部の答え方に注意してくる手塚の真面目っぷりは相変わらずだった。まぁ、あの祖父を身近に育ってきたのでは、こういう時代がかった性格となるのも仕方ないのかもしれない。
「で?そっちは?」
『―――後は任せろ、と言われた。勝ってみせる、ともな』
「ふふん。そりゃ、こっちの台詞だな」
『うち(青学)の連中が勝つ』
「勝者は1人。勝利チームはただ1つだ」
『当然だ』
自信たっぷりに言い切る跡部と手塚。いつの間にやらウチの子談義――身内自慢となっている。
『しかし・・・・』
「ん?」
『――慕われているというのは、悪くはないものだな』
「はっ。てめー、どの面下げてんな事抜かしてんだよ」
『いつも通りの顔だ』
「むっつり野郎」
『跡部っ!』
「はいはいはいはーい。冗談だよ」
『だから「はい」は1回で良いと!』
「おいおい手塚ぁ。夜中だろ?あまり騒ぐもんじゃねーぜ?」
『―――――』
跡部の指摘に手塚が黙りこむ。そういう反応を見越しての事で、把握すると扱い易い奴だよな、と跡部は内心意地の悪い事を考えていた。
『・・・・・・・・とにかく、勝つのは俺達(青学)だ』
「ばーか。うち(氷帝)に決まってんだろ」
捨て台詞のような最後の言葉と共に、ぶつりと切られた通話。跡部はくっくと笑いを堪えながら、恐らく渋面を浮かべているであろう手塚の顔を思い浮かべながら、自らの通話も切った。
そのままベッドサイドの棚に載せようかとした所、液晶画面に着信メールの知らせが届いているのを見て再度、メールの受信操作をした。どうやら近しい時間に数通のメールが届いていたようで、着信時刻が同じ物まであった。送信者の名は、予測に違わず先程跡部が思いついて発信した者達からで―――、これが部長って事なのかねぇ・・?と、その律儀さに半ば感心すら抱く。
彼等の返信内容はといえば、どれもこれも似たりよったりで、試合会場の様子や他校の部員を見る際に大体の把握はしていたが、各校部長ともどもつくづく慕われ懐かれているのが、共通事項のようである。ま、手間のかかる奴等ばかりだがよ、とこぼす跡部同様、時に持て余す部位もあうようだが、それでも部員達を自慢に思うのもまた彼等に共通する本音。
そしてどれもこれも、最後に狙いすましたかのように、『勝つのは俺達だ』と締めくくるあたり――つくづく部長職というのは、親馬鹿気質が基本なのかもしれねぇな、なぞと自らを棚にあげて苦笑を浮かべる跡部なのだった。