20.ようやく今日も終わりです。お疲れ様でした。
受信メールを一通り確認し、携帯電話の電源を切る。備え付けの充電器に当て込めば、後は寝るだけだった。
最後に見た表示時刻はそろそろ12時を回ろうというもので、睡魔という欲求に身を委ねる事に異論があろう筈もない。念の為を思い授業内容を反復してみるが、先に上げたレポート以外に提出物はないようだった。テストの類も特になし。といっても、提起テストにした所で特別な勉強など必要のない跡部であるが。
ベッドの中に入ると、ふわりと軽い香りが立ち上る。跡部の寝具には、眠りを穏やかにさせるハーブが炊き込められている。元々は母の趣味であったのだが、効果に関しては身をもって恩恵に預かってきたし、ただの香り付けとしても悪くはない。今では旅行や合宿の際にも、枕元にポプリを忍ばせるぐらいには好んでいた。ひやりとしたシーツの感触を肌で感じながら、一日の終わりを感じ取る。
「―――ようやく今日も終わりです。お疲れ様でした。」
自分に対しそんな言葉をかけると、くくと笑いがこみ上げてきた。
天井に向け、両手を伸ばす。ぐっと拳を握り締めた瞬間、まだ見ぬ優勝旗を掴んだ。
「勝つのは俺達・・・・勝つのは氷帝・・・・・・くっ、当然じゃねぇのよ」
けらけらと、零れ出る笑いはさながら酔っ払ったかのようで―――実際酔っていたのかもしれない。仲間達の達成するであろう・・・・全国制覇という、跡部にとっても一つの夢であったその未来の光景に。
昨日と違う今日。今日と違う明日。
目覚めれば、一日が始まる。けして同じものではない時間が始まる。
別れはそれで限りという意味ではなく、再会の為の一区切り。
思い起こすのは、仲間達の笑う顔。どの顔も、どの顔も、楽し気に笑っていた。
楽しい事ばかりではなかった。口惜しい事も、憤りに満ちた事も、歯痒さのあまり唇を噛み締めるしかなかった過去も確かにあった。それでも――思い出の中の彼等の顔は、皆笑っている。これから先、卒業までに重ねられていく記憶の中でも、笑っているだろう。跡部もまた、その中で笑い合っている事だろう。
すぅと、跡部の意識が引きこまれていく。穏やかな、心地良き眠りの中へ。
ああ、目覚ましがそのままだったか・・・・と、半分意識を眠りに取られながら今朝の目覚めの時を思い出していた。
一つ下の後輩の、穏やかな声で、夢から現実へと引き戻された時の事を。
ま、残してやっても良いか。
そんな風にも思う。
ホームシックにかかるような、心弱き面は持ち合わせていないつもりであるけれど、この先勝負の世界で生きて行く以上、今まで以上に厳しい現実の中で一人立ち向かっていかなければならない。そんな時、鬱屈した思いに囚われた際、あの声を聞けば恐らくは何もかも馬鹿らしくなってきそうだ。そんな風な役立ち方をすると聞いたら、あの人の良い後輩は、泣き笑いのような顔を浮かべるかもしれない。少しばかり、泣き虫の気がある奴であるから。
―――どうせなら、全員に吹き込ませてみても良いかもしれない。
「俺様に快適な目覚めを呼び覚ますような、モーニングコールを入れてみな」とでも命じたら、彼等は果たしてどんな反応を示すだろうか。
忍足あたりは喜々として乗ってきそうだ。宍戸は盛大に文句を言うだろうか。向日は嫌そうにしながらも、実はその気になってきそうだ。萩之介の奴は、本気で情感たっぷりこめてきそうで却って怖い。ジローの奴は・・・・逆に眠気を誘いそうな気がしないでもない。樺地は・・・・少しは言葉を発するのだろうか。「・・・・・朝です」などと一言で済ませても、樺地らしいといえば樺地らしいと言えるのだろうか。日吉の奴は何とか逃れようとするだろうか。けれども鳳の人が良い癖に押しの強い笑みに押されて、きっと逃げ切れないに違いない。
いつしか、慈しむような笑みを浮かべている事を知らぬまま、跡部の意識は完全に眠りに落ちた。
「―――――――」
カチカチと、時計の針が時を刻んでいく。深く寝入った跡部の眠りは、その音に妨げられる事はない。
静かな時が流れていき・・・・・・長針が、頂点から真下へと針を落としきった瞬間、カチリと小さな音が鳴る。
心地良い眠りの中から、ゆるゆると跡部の意識が引き戻されていく。
さて・・・跡部さん目覚ましが・・・
―――――― GAME OVER ――――――
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