16.部活が終わりました。皆がマクド○ルドに寄ろうと言っています。
 
 
 
 
 
 偶然が重なっただけであるのだが。鳳と滝が顔を出してきた頃には、元レギュラー面子が顔を揃えていた。
 
「てめぇら揃いも揃って暇な奴等だな」
「るせーっ。薄情な跡部様と違って、こっちは後輩の面倒見る為にちょくちょく顔出してんだよ」
 
 口を尖らせて宍戸が文句を言う。努力を積み重ねてレギュラーの座を掴み取った宍戸は、下級生に対して面倒見が良い。
 それは跡部にも共通するポイントであったが、跡部は自分の影響力というものをよく自覚しているので、敢えて顔を出さないようにしている。本音の面からいえば、色々口を出したいし、手も出したいのだけれど。
 そんな感傷めいた感情はいつもの如く心の奥底に沈め、ちろりと視線を宍戸から外して傍観者を決め込んでいる奴へと向けた。
 
「そっちの眼鏡は?」
「眼鏡を笑う者は眼鏡に泣くんやで?」
「笑ってねーし泣かねーよ」
「ま、アレや。岳人に久々にダブルスの息合わせよ 、言われてな」
「はん。珍しいじゃねぇか。ちったぁやる気出てきたか?」
 
 本気を中々出さない事で知られる忍足である。
 スロースターターと言えば聞こえは良いが、ただ単に手を抜いているだけだ。それでも腕前は、跡部に次いでナンバー2の実力だ。人によっては跡部以上に嫌味な存在であるだろう。それはジローも同じかもしれない。
 跡部の代のテニス部は強い。歴代と照らし合わせてみてもTOPクラスと言い切れるだろう。戦績の方は最終的には振るわなかったが。・・・・全国大会に出場し、準々決勝進出。充分と言う者の方が多いだろうが、跡部を含めレギュラー陣は誰一人としてこれが最上とは思っていない。
 
「いつでもやる気溢れとるやん」
「よく言うぜ。・・・・・・ジロー?」
 
 はっと鼻で笑ってやろうとした所、腕に抱きついてきた友人に意識を取られる。珍しいといえばこちらの方が珍しいだろう。授業中はともかく、放課後ともなれば自由な時間の為、思う存分昼寝を楽しめる筈のジローが参加しているとは。
 
「へへへー俺はねー、今日跡部が顔出すってチョタに聞いたから、出てきたんだよー。ねぇあとべ、試合やろーよ!!」
 にこにこにこっ、と満面の笑みを向けられて、仕方ねぇ奴と思う。これはジローならではだ。他の者が同じ事をすれば、すぐさま腕を払われ「ざけんな、鬱陶しい」と冷たく言い放たれるだろう。そうであるから、皆に 「跡部はジローに甘い」 と言われるのだが。
「・・・・・・時間余ったら、な」
「やったー!一番乗り〜っ!!」
「・・・・・・・・・・」
 確約したわけではないのに、ジローが手離しで喜んでいる。まぁ何のかんのいっても、付き合う事になるのだろうが。
「ず、ずりぃぜ、ジロー!」
「こないな時ばかり素早いやっちゃ」
「早いもの勝ち〜」
「素直が一番って事ですね。さすがは芥川さん」
 感心したように、それでいて少し羨ましそうにジローを見つめる後輩の姿に跡部が苦笑を浮かべる。確かにジローに甘い跡部ではあるが、今日の目的を忘れたわけではない。
「心配しなくてもお前の相手はしてやる」
「はい」
「―――ス」
「俺の相手も、ですか?」
 鳳・樺地・日吉の2年生トリオにそう言ってやると、それぞれがそれぞれの反応を返してくる。
 鳳はいつもの如く温和な笑みを浮かべていたが、その笑みは益々深くなった。
 樺地は、表情こそ変わらぬように見えるものの、跡部の目には嬉し気に綻んでるように見える。
 日吉は一瞬目を見開いて、すぐに表情をいつもの冷めた様に戻したがその中で瞳だけは、期待を抱いて輝いていた。
 ようは、三人共、大層嬉しそうであるのだ。
「不要なら別にいいぜ」
「そんなわけがないでしょう」
「今日は素直だな」
「数少ない機会は、何がなんでも逃さない事。そう学びましたので」
「いい兆候だ。鳳?お前はどうだ?現部長が旧部長に叩きのめされる様、見せて良いのか?」
「今更ですよ。そんなつまらない自尊心より、よほど大事な事があります」
「―――いいだろう。まとめて相手にしてやるよ。ただし、まずはあいつらからだが」
 にっと満足そうな笑みを浮かべた跡部が、くるりと振向いた視線の先にあるのは練習を続ける部員達の姿だった。
「跡部部長?」
「『部長』はてめぇだ、ってっだろーが。しばらく離れていたからな。あいつらの上達の程を見てやる。おい!一人頭5球、打ち込んでこい。正レギュ、準レギュ関係なく、だ。一年も二年もねぇ。やる気のある奴から向かってこい」
 ラケットを握り、颯爽とコートへと向かおうとする跡部の背に、少しばかり焦ったような、呆れたような、忍足の声がかかった。
「ちょ、跡部、本気か?三年引退しとるから200名とはいかんけど、100人斬りやすまないで?」
「肩慣らしにもならねぇな。――おら、とっとこい。俺様が直々に受けてやる!」
 その宣言に、つんざくような喚声が一斉にあがる。跡部とラケットを合わせられる。そんな機会などそうそうあるものではない。跡部が引退した今となってはそれこそ希少価値どころではなかった。我先にと駆け付ける下級生達は、一様に皆、期待と興奮に目をきらめかせている。この日の事は、恐らく彼らの一生物の思い出となるだろう。それ程までに、跡部は崇拝され、心酔されているのだ。
 
 
 部員達全ての相手をし、さらには樺地、日吉、鳳達の相手をし、そしてジロー、宍戸、向日、忍足、滝と、本気で全員の相手をした跡部は、それでも太陽が傾き照明コートを照らし出す頃となっても、自分の足でしっかりと立っていた。
 対面コート には、「―――化け物」と、へたりこむ、息も絶え絶えな元ダブルス2名がいたりなぞ。ブランクなぞなんのその。そもそも跡部は、引退してからもトレーニングを一日も欠かした事がない。いや、瑣末な事象に関わらずに済む分、より一層打ち込んでいる。体力にも筋力にも、ますます磨きがかかっていた。
 
「あー腹減ったぁ!帰り、マック寄って行こうぜ!」
 
 岳人やジローの掛け声で、部活の終了後、ぞろぞろと移動する事が決定したらしい。跡部は今までこういった付き合いには乗った事がない。
 樺地を待って共に帰るか、それとも少しは仲間内の付き合いを優先させてそちらに参加させるか、と一人考えていると、傍らに立つ影があった。
「んだよ?」
部活が終わりました。皆がマクド○ルドに寄ろうと言っています
「そうかよ。お前も行けよ」
部活が終わりました。皆がマクド○ルドに寄ろうと言っています
「・・・・・・・・・・・・」
 リピート再生のような言葉に沈黙。
 これは報告ではないだろう。その名を借りた強制だった。
 どうにも珍しい事に、日頃より一歩距離を置いている筈の日吉がわざわざ買って出て、跡部を誘いに来たらしい。これが日吉一人の考えでない事は、ぎゃぁぎゃぁと騒ぎながら戯れているように見える仲間達が、その実こちらを伺っている気配を感じ取れるからだ。
 まぁたまには良いか・・・・と、そんな気持ちになった。
 
 
 
「初マック in 跡部様だな!」
 席に着くなり、横に座った向日がにししと笑う。いやに楽しそうだ。が、跡部としては事実に基づきその期待を裏切るしかない。
「初めてじゃねぇぜ」
「えー嘘だろっ!誰だよ!誰と行ったんだよ!!」
「樺地やろ?」
「いいや。樺地とは吉野家に行く」
「かばじー牛丼好きだしねー」
「―――ス」
 ジローの言葉にこくりと頷く樺地は、もしかするとこの中で一番素直なのかもしれない。
「樺地じゃないなら、誰と行ったんだよ!」
 何故だか責められているような口調に気おされながらも、跡部は一応きちんと答える。
「・・・・・・千石だ」
「てぇ、山吹の?」
「ああ。少し前に『今日は、何が何でも跡部君に奢りたい気分。しかし悲しいかな、財布の中にはコインが二枚。――という事でマック行きけってい〜』とか、わけわからねぇ事抜かしやがってな」
「で、ひっぱってかれたん?」
「ああ」
 勿論抵抗はしたのだが・・・・あの千石独特のペースに乗せられ、結局連れていかれた。
「くそくそ千石!跡部のお初を取られたぜっ!」
「聞こえの悪い言い方すんじゃねーよ」
 岳人の言葉に跡部は心底嫌そうな顔をし、ごんと拳を一発見舞った。
 
 それやこれやで一騒動はあったものの、騒ぐだけ騒いだ後はそれなりに静まり、運動後の空腹状態という事もあってか皆の意識は食物の方へと集中した。
 跡部もあまり気の乗らぬ素振りながら、ポテトを一本一本つまんでいる。決して美味い物ではないが、まぁ食えない事もない・・・・そんな表情で。
 仲間達が一通り食い散らした痕跡は、テーブルの上でゴミとして積まれていく。それぞれが気儘に会話し、周囲のざわめきと溶け込んでいる。こんな風に日常の光景の、普通という枠の中で、やはり自分は浮いているなと内心苦笑が浮かんだ。
 他人の事など気にせぬ客ばかりである筈のファーストフード店で、跡部は他人の注目を集めていた。店にそぐわぬ高貴な雰囲気を持つ跡部に遠慮ない好奇の視線が送られている。仲間達と同じ制服姿であっても、跡部はやはり浮き出る存在なのだ。
「―――?」
 不躾な視線の中に紛れた真っ直ぐな視線。その方向を辿ると、ジローがじっとこちらを見ていた。跡部と一瞬目があったジローは、にこりと笑うとすぐにいつもの寝ぼけたような顔になり、テーブルへと突っ伏して居眠りを始めた。いつもと変わらない。だけど違う。――いや、ジローだけではない。先程から何度か似たような視線を受けていた。
「・・・・・・・・・・・」
 見回せば、苦楽を共にしてきた仲間達が居る。
 二年半。勝利も敗北も味わってきた。家族よりも、長く共に居たのではなかろうか。
 これが機、なのだろうか。先延ばししてどうにかなる事ではない。跡部の中では決定事項だ。だが、意外な決断というわけではない。この中でも全員が高等部にあがるとは限らないだろう。何名かは袂を分かつのではないかと思っている。敢えて尋ねた事はないが、忍足あたりは故郷に帰るかもしれないし、他にも他校に進学する奴も居るかもしれない。
 いつまでも、いつまでも・・・・・・共に在れるわけではない。時間は流れているのだから。跡部は一足 先にそれを示すだけだ。
 この場所は、楽しかったけれど。
 とても、心地好い場ではあったけれど。
 いつまでも浸っていたい、そんな気持ちを抱かせる場ではあったけれど。
 
 
「話が、あんだけどよ」
 跡部の声はけして大きくはなかった。
 むしろ聞き逃してしまいそうな、喧騒の中に紛れて消えてしまいそうな、そんな微かな、囁きに近い声。けれども、それまで勝手気侭にお喋りをしていた仲間達が、ぴたりと揃えたように口を閉ざした。
「俺は、氷帝の高等部には行かねぇ。外部進学でもなくて、―――卒業と同時に留学する」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 しん、と静まり返った仲間達は跡部をじっと見つめていた。騒ぎだす事もなくただじっと静かに見つめていた。
 
「―――知ってたよ」
 つい先程まで例のごとく眠りに沈んでいたジローがそう言った。
「長い付き合いだからね」滝が、「まぁ、何となく、わかっちまったんだよなー」宍戸が、「そーいうの、感じるよな!」岳人が、「跡部部長の思考を辿るとおのずと」日吉が、「ーウス」樺地が、「時間無駄にできへんやろな、思うとった」忍足が、―――順繰りに口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 引き止められるか、恨みごとを言われるか、そのどちらでもシコリが残っただろう。だが、彼らの表情は・・・・皆が皆、静かに落ち着いていた。
 鳳ですらも、それは同じで。胸に暖かな何かが満ちてくる。
「―――お前らを捨てるわけじゃねぇ」
「わかっとるよ」
「跡部はさー、俺達の事すっげぇ好きだよなー!」
「態度は素直じゃねぇけど」
「でもとても大事にしてくれたよね」
「跡部が部長だったから、俺達こんな風に楽しくやってこれたんだC〜」
「重荷だったと思います」
「いつも守ってくれました」
「誰よりも強くて、輝いていた跡部部長は、俺たちの自慢でした」
「ちゃうやろ。これからも自慢の種や。あの『跡部様』は俺らの仲間やってな〜」
「――――――」
 馬鹿野郎、こんな所で泣かせ話かよ、と悪態をつこうとしたが、「ばーか」と小さな声で呟くのが精一杯。
「あのよ、厳しいとは思うんだけどよ、・・・・・・全国大会ぐらいは、応援に来いよ」
「俺ら、絶対勝ち進むぜ!」
「俺様抜きで?」
「勝ち残りますよ」
「・・・・・勝ち、ます」
「勝ってみせます」
「うん。跡部が居なくてもね、俺達は跡部が作り上げたチームだから」―――勝つよ、と滝が柔らかに微笑む。
「立海とはちゃうけど。無敗とは言い切れへんし、ぎりぎりかもしれへん。せやけど、勝ったるわ。跡部の応援あったら、俺達無敵やで?」
「――――っかやろ」
「さっきから、跡部馬鹿しか言ってねーじゃん!馬鹿馬鹿言う方が馬鹿なんだぜ」
「跡部が馬鹿なのは今更だろ。救いよーのねぇ、テニス馬鹿」
 だよなーと、いつの間にやら結託した宍戸と向日が笑い合う。てめぇらだって、その「テニス馬鹿」だろーが、と跡部が言うと、「跡部程じゃねーっ!」と、また揃って返してきた。
「・・・・・・・三年後、なら、応援に行ってやる 」
「跡部?」
「お前ら全員がレギュラー取れるの、それぐらいだろ」
「あー!何だよ!一年からレギュ取りするつもりだぜ!なぁゆーし」
「ん〜、・・・・シングル狙お、思っとるんやけど」
「げっ裏切りもんーっ!て、ま、俺もパートナーチェンジは考えてたけどな。でも、団体戦は組もうぜ」
「そう希望通りいくかよ」
「いかせればいいC〜」
「まぁそういう事だよね」
「けど三年後か〜」
「あまり我侭言うんやないで」
「わかってっよ!あ、そーだ」
「何かええ案あるんか?」
「ベンチにさ、跡部の写真飾ろーぜ!額縁に入れて」
「ぷっ。向日って、時々とんでもない事言うよね」
「あはは、でもやる気は出そうです」
「負けられませんよね」
「ース」
「だろ?」
「やめろ」
 得意そうな岳人を跡部は凄んで黙らせる。中等部同様、高等部においても多数の部員達を抱える氷帝テニス部。その大応援団に囲まれたフェンスの中。試合前の活気に満ちたベンチにたてかけられた自分の写真。――――嘘寒い光景だ。
「遺影みたいやんか。縁起悪いで」
「―――忍足」
 たまにはまともな事言うじゃねぇか、と忍足を見直しかけた跡部であったがすぐ様前言撤回する事となる。
「どうせやったらフィギュアがええ。投身大の。ジャージ投げポーズとか」
「―――ばっ!てめっ!!」
「いいねーそれ」
「・・・・・・萩之助」
「ん?」
 跡部の怒鳴り声は滝ね間延びした口調に遮られる。半眼気味に睨み据えるが、にこにこっとまるで母か姉かのような笑みを浮かべた滝は全く動じもしなかった。
「その案貰いっ!決勝までの代理で立てようぜ!」
「やめろっ!!」
 だが怒鳴る跡部など、今更お馴染み慣れたもの―――ということで。すっかりその気になった彼等を止められるわけもなかった。
 
 
「・・・・・・・・信じらんねぇ」
「あははー皆ノリ良いからねー」
「そーいう問題か?全国まで出て恥晒す気かよ」
「問題ないって。何せ氷帝といえば『あの跡部様』だからね。納得するって」
「冗談じゃねぇ。実は嫌がらせだろ?」
「それはないよ。俺達は跡部が大好きだから」
「その笑みがうさん臭ぇ。―――もう良い。三年後、俺がモノになっているかどうかは別だが」
「珍しく謙虚だね」
「最初から勝てるたぁ思ってねぇよ。まぁその頃にゃ無名じゃないが」
「―――やっぱり自信家か」
「ぬかせ。・・・・結果は聞かねぇからな。決勝戦に合わせて帰国してやる。負けてたら、タダじゃ置かねぇぜ?」
「当然ですっ!!」
「全国制覇!してみせるぜ!」
「優勝旗、持たせてやるよ」
「記念写真一緒に撮ろ〜ね〜」
「気ぃ早ぇ奴等」
 
 跡部はくっくっと楽しげな笑い声を上げた。
 
 
 
 
 



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