12.日吉が外へ体操服で出て行きます。どうやら次は体育のようです。
「あ、跡部さん」
「・・・・よぉ」
次の授業の確認に職員室に訪れた跡部はそこで後輩の鳳と顔を合わせた。瞬間的に渋面を作りそうになる顔をどうにか堪える。午前中の授業による眠気も手伝ってか、寝起きの際の不愉快さ加減がぶり返してくる。
が。にこにこと人の良い微笑みを浮かべる鳳に罪は無い。罪は無いのだが―――まぁそれと抱く感情というものは別物だ。
「どうかされましたか?」
「いや。―――日吉はどうした?」
「日吉、ですか?」
いきなりな話題転換に鳳が戸惑った風な表情になる。跡部にしても今のはわざとらしかったな、と思わなくもない。別に常より日吉と鳳が行動を共にしているわけでもないのだから。クラスも違うので部活以外ではあまり顔も合わせていないだろう。
「何かあいつに用事が?―――あ、日吉が外へ体操服で出て行きます。どうやら次は体育のようです」
丁度窓際に立っていた為、窓の外の光景に気づいたようだ。あの独特の髪型のせいもあるだろう。向日といい、滝といい、テニス部には一目でそれとわかる特徴のある髪型の奴が少なくない。最も、跡部にそれを言われたくないと他の者は言うかもしれないが。
色素の僅かに薄い金茶の髪は、黒髪ばかりの日本人の中ではひどく目立つ。肌の白さも相まって、集団の中に立つ跡部はそこだけ切り取られたかのように浮き出るのだ。最もそういった特徴が無くとも、跡部の滲み出る存在感というものは、没個性の群れの中で埋没し切れるものではなかったろうが。
「ふん。今日は剣道か」
「そのようですね」
日吉の手には竹刀が握られていた。体育の授業で使うのだろう。授業で行う剣道の内容はさほど本格的なものではない。基本的には素振りがメインだ。どうせ振るならラケットの方が良い、とテニス部の奴等はよく零している。
「日吉、最初は剣道部に誘われていたんですよね」
「武道は武道でも、畑違いだろ」
「まぁそうですね」
「剣道、ね。――取り入れるのもいいかもしれねぇな」
「剣道をですか?」
「いや。練習方法をだ。青学の真似をするわけじゃねぇが、うちの部は基本的に走りこみが足らねぇ。剣道部は防具をつけたまま走りこみしたりするだろ?うちにゃ防具はねぇが、ペアにして、相手を背負わせて走らせてみるといい。持久力の足りない奴がふるい落とせる筈だ」
「は、はいっ!」
跡部の言葉に元気良く返事を返した鳳であるが、その顔は破顔という言葉がぴったりとくる程の零れるような笑みであった。
「大したアドバイスじゃねぇだろ。大体、文句言う奴も出るぜ?んなに笑ってられねぇと思うが」
「跡部さんの指示といえば皆喜んでやりますよ。あはは、そんなに俺嬉しそうな顔してますか?」
「飴玉貰ったガキみてぇ」
「そんな気分かもしれません。跡部さんが『うち』って言ってくれた事が嬉しくて」
「・・・・・・・・・・・・・」
にこにこと益々笑みを深くする鳳に跡部は面映いような気分を味わっていた。
200名もの大人数を統べるのは簡単な事ではなかった。テニス部の部長として、部員達にはかなり厳しく接してきた。だが、こうして鳳に限らず彼らは今でも自分を深く慕っている。その事が妙にくすぐったく感じられる。
「―――ばーか。引退しようとしなかろうと、俺は、俺達は、氷帝テニス部の一員だ」
「そ、そうですねっ!」
「・・・・・・今日はそう用事もつまってねぇ。放課後、部に少し顔出す」
「本当ですか?ま、待ってますっ!」
「んじゃ、な」
そろそろ授業が始まる時間が迫ってきていた。跡部は鳳の背を押し、自らも教室の方へと戻っていった。