10.忍足が「跡部ー!辞書貸してーなー!!」と教室の前のドアから叫びました。
 
 
 
 
「『忍足が「跡部ー!辞書貸してーなー!!」と教室の前のドアから叫びました。』‥、と」
 
「何書いてるの?」
「あ。滝だ―。ひっさしぶり〜」
 パタン、とシャープペンを置いた所で柔らかな声がかかる。首を捻って声の方向を省みると、額から頬へと流れる髪をサラリと流し、柔らかく微笑む滝の姿があった。
「一日振りだね。で、それは何?」
「ん〜とね、授業報告書〜」
「報告書?見てもいい?」
「いいよ〜」
 間延びした口調で応じる相手から、滝は先程書きこんでいたノートを受取った。
「えーと、『HR――記憶無し。一限目――記憶無し。二限目――記憶無し。三限目――お腹が空いて目が覚めたけど古典の授業なのでいつも通り寝たふり‥していたら跡部に殴られた。痛かったC〜・・‥』――って何これ」
「だから報告書〜」
「そう。ちゃんと居眠りした事も書いてるんだね」
「跡部がチェックいれるから」
「ああ、そうか。跡部、そういう所真面目だからね。でも最後の方の忍足と跡部の件は関係ないんじゃないの?」
「あーそっか‥‥うーん。消さないと、駄目?」
 くりくりっとどうにも純粋な目で見つめられ、滝は苦笑を浮かべる。
「消すまでもないかもね。これで午前中のレポートは終了?」
「違うよ〜。この後は監督の授業だったから」
「音楽か。さすがに寝てないよね?」
「寝ないよ〜。今日はね、跡部がピアノ弾いたんだ!勿体無くて寝てられないC〜♪」
「へぇ。それは聴きたかったなぁ。頼んでも中々聴かせてくれないからね〜」
 頬を輝かせて笑うジローに、滝が羨まし気な顔を向ける。氷帝学園のテニス部部長であった跡部は、スポーツばかりでなく芸術の各方面において多彩な才能を発揮している。特に音楽方面は傑出していて、音楽家の生徒を撥ね退けて学内演奏会でトリを飾れる程である。そこにテニス部監督である榊の恣意があると風評する輩も居るが、一度跡部の奏でる楽曲を耳にすれば重く沈黙する他はなかった。
 しかしながら、授業の時間内において跡部が弾かせられるのは監督の完全なる趣味ではあるのだが。
 
 そんな風に穏やかに休憩時間を過ごす滝とジローを他所に忍足と跡部の攻防は続く。その光景は少し前の宍戸と跡部のそれを彷彿とさせた。
 
「てめーに貸すモンなんかねぇよ」
「ひど!『親友』相手にそらないやろ?」
しんゆうぅ?何寝言言ってんだ。てめぇ」
「うわ。めっちゃむかつくわ。その物言い」
「奇遇だな。俺は常にむかついているぞ。てめぇの物言いに」
 そんな毒込めまくりの言葉を吐きながら、跡部は芸術的なまでに綺麗な微笑みをふわりと浮かべていた。 眉間に皺を寄せた不機嫌丸出しのむっつりとした表情よりも、こういう顔の方が怖かったりする。さすがの忍足も少しばかり腰が引けていた。
「跡部・・・・・・何ぞ怒っとるん?」
「別にいつもどおりだぜ?(にっこり)」
「怖いんやけど」
「後ろ暗い事があるからそう思えるんじゃねぇか?」
「あ――何も思いつかへんな〜」
「‥‥‥‥・胸に手ぇ当てて考えてみろ」
「こぉか?」
 跡部の言葉にひょいと忍足が手を延ばす。その先は己の胸の上ではなく―――
「俺の胸に手を当ててどうするっ!!!」
「あいたぁっ!相変わらずのランボーさんや‥・・」
 殴られた頭を抑えて泣き真似をする忍足であったが、そりゃ殴られて当然だろうと二人を見ていた者達は思った。
「ったく。てめぇの虫が沸いた頭にゃ付き合いきれねぇ」
「いややわ〜。ジョークやん?で、貸してくれへんの?」
「――借りたもんを返せねぇ奴に貸すかよ」
「借りたもの・・?」
「てめぇ。それすら忘れてんのか?一昨日、消しゴム貸してやっただろーがっ!」
「あーっ!アレ、アレな?‥‥・・覚えとるよ。ただなぁ、同じモン見つからへんねん」
「?」
 ぽんと手を叩いた忍足は実際忘れていたようではなかったようだった。その気不味気な表情に跡部は予想と違う反応だと首を傾げる。
「消しゴム、未使用やったやろ?」
「必要なかったからな。それが何だ?」
「角使うしかなかってん」
「新品の消しゴムなら何処使っても角だろうが」
「しかも、や。包装かて剥がされとらんやんか!」
「買ってからそのままだったからな」
「そやから、返せへんのや」
「・・・・・・意味わかんねぇ」
「跡部、神経質な所あるやろ?同じ消しゴム買うて返そ、思とった」
「―――――――――阿呆か」
「うわっ!俺の繊細な心遣い、一言却下なん?」
「細けぇんだよっ!さっさと返せっ!消しゴムなんざ削れて当たり前だろうがっ!返したら辞書ぐらい貸してやらんこともねぇ」
「‥‥跡部。優しなぁ〜」
「懐くんじゃねぇっ!鬱陶しいぞてめぇっ!!」
 ほわん、とした表情で突然抱きついてきた忍足を、跡部は盛大に顔を顰めて振り払った。
 
 
 
 
 
「仲良いねー」
「相変わらずだC〜」
 
 そんな二人を友人達は暖かな(温かな?)笑みを持って見つめるのだった。



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