9.宍戸が宿題を忘れたそうです。
「やべぇ跡部っ!!!」
「んだてめぇ?」
ドガシャンバリッ!と窓ガラスが割れそうな勢いで開けた人物は、顔を突き出すなり大きな声で叫んだ。教室内の視線がそこに集中する。
だが注目を一身に集めている二人はと言えば、舌戦攻防に集中するあまり互いの言葉以外目にも耳にも入っていないようだった。
「まずいんだよっ!」
「知るか」
「てめぇっ!俺がこんなに困ってるってのに助けようともしねぇのか?なんって友達甲斐のねー奴だっ!」
「だーれが友達だ。んなもんになった覚えもねぇな。さっさと他の『お友達』の所でも行って来い」
「他じゃ駄目だからお前の所に来たんだろーがっ!でなけりゃわざわざ来っかよっ!!」
「誰も来いなんて頼んでねえだろ。帰れ。お前の教室は此処じゃねぇ」
「帰れねぇっつの!助けろよっ!」
「嫌だ。大体人様に物頼む態度か?ぁあ?」
「へーへー誰様ってお偉い無敵の跡部様〜だよな〜っ。哀れな俺様を助けろっ!!」
「わけねぇだろ。土下座で頭下げて頼む込むんだったら話だけなら聞いてやらない事もねぇけどな?」
「―――てめぇ表に出ろっ!!」
「一人で出な。ったく、うざぇわ煩ぇわ鬱陶しいったらねぇ。俺様の前から消え失せろ」
「そこまで言うかぁっ!!!」
軽くあしらう跡部に宍戸が怒りも露に怒鳴り声を上げる。わざとらしく両耳を塞ぐ跡部の様が端から見ていても実に小憎らしい。
「あーあ。宍戸の奴、付き合い長いんやし跡部の扱いぐらい学習して欲しいわ」
「それが宍戸だC〜」
宍戸が怒鳴りこんで来た時点で早々に避難したジローと忍足は二人から離れた教室の角で穏やかに談笑していた。
そこでふと廊下の方に目をやった忍足はそこを歩いていた生徒の一人をひょいと掴みこんだ。
「――うわっ!あ、忍足、さん?」
いきなりバランスを崩され慌てたようだが、自分を掴んだ人物の顔を見てはっと姿勢を正す。
彼もまた氷帝テニス部の部員であって、レギュラーへは程遠い実力ながら準レギュラーには名を連ねている人物である。ついでながら宍戸のクラスメイトでもあった。
同学年ながらついつい敬語を使ってしまうのは、氷帝テニス部における完全実力主義に理由がある。
カースト制度の如く階層差は彼らの部内での身分を隔ててすら居た。それでも幸いにしてテニス部は陰湿な虐め等も存在せずそれなりにうまく運営されている。
その裏には、悪辣な下級生虐めを黙認し、助長してきた従来のテニス部の悪習を完膚無きまでに粉砕して吹き飛ばした跡部の影の努力があった。
現在の一年生達には預かり知らぬ事であったけれど。
「アレ、何やの?」
「・・・・宍戸が宿題を忘れたようです」
「はぁ。しょおもな。クラスでやっとる奴は?」
「いえ。先日授業中に居眠りをしていた罰で特別に出された課題なので・・」
「そら自業自得やろ。で、何で跡部なん?」
「独語の和訳なんですよ」
「はぁ、なるほど。ったく、亮ちゃんの負けず嫌いにも困ったもんやわ。跡部に対抗して独語受講でこのザマやし」
「ん〜でもそろそろ決着つくっしょ」
呆れる忍足にジローがにこにこと笑みを向ける。
「決着?」
「ほら、跡部も宍戸をからかうの飽きたみたいだよ!」
ジローの指差す先では跡部が盛大にむっつりとした表情を隠さぬまま、宍戸の手から教科書を取り上げてざっと目を通している。
そして流れるよう手を動かし、さらさらと書き込み始めた。
突然の顛末に呆気に取られていた宍戸であったが、2分もしない内に作業を終えた跡部が「おらよ」と教科書を放った為、慌てて手を伸ばしてそれを掴む。
瞬発的ダッシュ力は健在のようだった。
「チャイム鳴るぜ」
「あ、ああ」
「二度はねぇぞ」
「・・・・・・・・・頼まねぇよ。―――さんきゅ」
「ふん」
扉を閉めた宍戸に向かい、跡部はにやりと口元だけに笑みを浮かべていた。