8.・・・狸寝入りだったようです。
 
 
 
 授業終了のチャイムが鳴る。退屈な時間から開放される一時だ。
 ただし学生というものは、固定化された時間枠の中で過ごしていくものなので、僅かな休憩時間の後に再び一定時間拘束される。その繰り返しで毎日が成り立っている。
 幸せそうな顔で寝こけたジローは、授業の間中ずっと・・飽くる事なく延々と・・腹立つ程にたっぷりと・・平和な時を貪り続けた。教師もすでに匙を投げ、叱る事もない。 テニス部レギュラー枠故の特別措置と、このように寝て過ごしてばかりいる癖に赤点知らずのジローの成績はそれなりに良い為、お目こぼしされていた。
 だが一番の理由は、ジローの背後で睨みを効かせている跡部にあるだろう。
 教師をしても慄かせるのが跡部という稀有の存在である。跡部本人にはそんなつもりはさらさら無く、むしろ叱りつけて廊下にでも立たせれば良いという程度に考えている。 そうした所で立たせた筈が廊下に座って寝てしまうのだろうと、想像するのは難しくない事だったが。
 ともあれ、幾ら馴染みの奴で、気心の知れたチームメイトで、実力的に認めた奴だとしても、授業くらいは真面目に受けろ!というのが跡部の言い分である。 この点において(意外とのたまう外野も少なくないが)、跡部はかなり生真面目なのだ。それこそ、青学の手塚と対を張るぐらいかもしれない。
 天下無敵の帝王様として知られる跡部であるが、直接的行使に出る事はそうはない。特に親しい相手に対しては余程の事でなければ手を上げはしなかった。 (一部例外はあるが、それは自業自得と誰もが見て、聞いて、判断している)
 居眠りし続けるジローの事を忌々しく思いながらも、殴って起こす事はない。背中越しに「良い加減起きねぇか」と強い視線を向けるぐらいだ。 が、その下手をすればヤクザも避けて通りそうな迫力ある眼光を直接浴びてしまうのが、気持ちよく眠り続ける当人ではなく、そんなジローを間に挟んで正面に立つ教師だというのは相手にとっていたく不幸であるかもしれない。
 跡部は別段教師にガンをつけているわけではない。しかしながら、ジローの方に目を向ければもれなく跡部の睨みが付いてくる‥‥となれば二の足も踏もうというもの。 こうして、(知れば跡部には甚だ不本意であるのだが)その鋭い眼光により、ジローのお気楽極楽睡眠タイムは日々守られているわけである。
 
「――ったく。平和に寝こけやがって・・・・」
「‥‥‥‥‥」
 未だこみ上げてくる眠気に、半ば奴当たりに近い恨み言をジローの背に向ける。傍らで、そんな跡部をにやにやと面白そうに見る忍足の存在も、不機嫌に拍車をかけた。
 生憎というか何というか、こういう時に限って続く授業の構成も平坦だったりなぞして、今日は一日眠気との戦いになるのだろうか、と跡部はうんざりとしてきた。
 と、そんな跡部の肩を忍足がちょいちょいと突付く。
「んだよ」と、不機嫌丸出しで振り返れば、
 
・・・・狸寝入りだったようです
 
 なぞと、ひそっとこそっとジローを指し示す。 言われて注意を向けてみると、完全に寝入っているわけではなくどこかしら笑いを含んでいるような表情で‥‥。
「・・・・・・・・・・・」
 きゅっと丸めたノートでもって、素早くぱかんとジローの頭を跡部が叩くと、「あいたっ!酷いC〜」と小さな悲鳴が上がった。
 
 



←BACK     TOP     NEXT→