2.朝ごはんも用意できていますが。
 
 
 
「朝ごはんも用意できていますが」
 
 いかが致しますか?と問われ、跡部はちらりと視線を戻し、ゆっくりと頷いた。
 
「食う。―――っても、飯じゃねぇだろうが」
「はは。気分ですよ。やはり日本人として、朝はご飯が基本ではないかと」
「別に俺はどっちでもいいけどよ」
「ですが、このお屋敷では焼き魚の香ばしい匂いも、お味噌汁の芳しき匂いも、納豆のそこはかとない香りも似合いませんしね」
「・・・・・・・・・・そうだな」
 はははと爽やかに笑う相手にげんなりとしたつい表情を浮かべてしまう跡部は、納豆の類が苦手である。 大抵の食物は好き嫌いなく食すのだが、あの匂いとねばりだけはどうにも受け付けない。
 秒針の揺れる音に再び目を向ければ、朝日を受けて真新しい時計がちっちと揺れる。 王侯貴族もかくやと言える跡部の居室において、一目見てわかる程に庶民的なその品は、はっきり言えば浮いていた。 デザイン的にもチープなそれは、跡部の趣味からも少々外れていた。そんな時計が何故あるのかと言えば、貰い物だから、というごく単純な理由からである。
 先だって誕生日を迎えた跡部に、テニス部の仲間達が連名で贈ってくれたのだ。「いらねぇよ」と無愛想にかわしはしたが、押し付けられるように持ち帰り、結局こうして部屋に飾られているわけである。が、今朝の跡部はその時計を見る目がいやに厳しい。それには確かな理由が存在しているのだ。
 今日は少しばかり朝を早めに出なければならない為、目覚まし機能を昨日初めてセットした。
 すっきり爽快爽やかお目覚め――には程遠い跡部は、目覚めの勢いのままに時計を壁にぶちまける事が少なくない。 今日やらずに済んだのは、プレゼントを代表で手渡してきた鳳の少し恥ずかしそうな笑みがちらりと頭をかすめたからである。 が、目が覚めた瞬間は別の意味でそれを叩き壊したくなっていたのは密やかな事実である。
 それというのも。目覚ましにはボイス機能が搭載されていた所にあった。電子音だけならば問題はない。多少時間はかかるが、跡部はもう少し気分良く目覚める事ができただろう。 が、優しく囁く後輩(男)の声音を朝から耳元で囁くように聞こえる状況というのは―――跡部でなくとも避けたい。 本日の寝起きがやたらと悪いのはそのせいだ。例え鳳がどれ程の好人物であったとしてもである。 これが忍足あたりの声で情感たっぷりに登録されていたなら、ほぼ間違いなく飛び起きて、ばらっばらのこっぱ微塵にしていたのは間違いないだろう。
 恐らくこの細工は鳳が考えたわけではなく黒幕(という程のものではないが)が別に居る筈である。大体そんな事を考えそうば奴は見当もつく。 該当者の本日の練習は、みっちりたぷり特別個人指導となる事は間違いなさそうだった。
 そんな物騒な事を考えながら着替えをすませ、食事の席に着く。食事の有無を問う執事に不要と答える事はほとんどない。 朝はしっかり食べる。朝食が食べれないていう奴もいるらしいが、それでは力が入らないだろうと跡部には思える。
 跡部は起きた直後は凶悪であるが、寝起きそのものがとことん悪いわけでもない。顔を洗い、着替えを済ます頃には頭も体も大概しゃっきり起きてくる。
 大体だ。跡部のように運動系の部活動に所属している者などは、授業開始の前に朝練がある。ここでしっかりエネルギー源を取っていくのは当然の事だ。
 部員達の中には寝坊したのかぎりぎりで飛び込んでくる奴も居る。そういう奴は大抵中盤頃にはふらついて使い物にならない。当然ながら、その場合には跡部の雷が盛大に落とされた。
 もちろんその程度で退部させたりなどはしない。ある程度の罰則を与える場合はあるが、大抵は叱責ので済ませている。それで充分薬になるからだ。
 跡部に叱られた部員は、翌日にはほぼ一番乗り(一体いつから居たのか。朝日で白む前から立っていたのではないか?という時もある)で出てくる。
 緊張した表情で跡部の様子を伺う様は、その時分今だ安眠を貪っているであろうジローの事を考えると厳しくし過ぎたかと思う事もある。
 機会あって、同じく部員を抱える手塚に聞いてみた事がある。が、あちらはその場でグラウンドを20周させるそうだった。
 倒れやしねぇのか、と僅かばかり他校の部員に同情を抱いたものだ。
 



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