それとこれとは話が別だ






 別に親でも兄弟でも何でもないわけで。いや、親であろうと兄弟だろうとそこまで告白する謂れはない。
 実際、いつになるかわからないが、将来誰か伴侶を持つ際には報告が必要だろうが、一々誰それと付き合い始めたどうこうは話す事もないだろう。
 そう、思いはするものの・・・・・・何故だか跡部は皆に伝えなければならないような気がした。
 だから、面倒だとは思ったのだが・・・・というより気恥ずかしくて仕方がないのだが・・・・ちゃんと話そうと思ったのだ。
 幼い頃からの友人達に。
 
 
 
 
「―――で?」
「・・・・いや。それだけなんだけどよ」
「ふぅん」
「・・・・・・・・・・・」
 居心地が悪い。
 眠さのあまり機嫌が悪いのかと言えば、そういうわけではなくて。明らかに気分を害しているのがわかる。
 慈郎がここまで自分に対して不機嫌な様相を見せる事は滅多にない。いや、今までになかったと言って良い。
 基本的に跡部と共に居る際の慈郎は、寝惚けているかハイテンションかのどちらかで。そのどちらにしても、跡部に対しては甘えるか・・・・甘やかすか。逆の光景は想像がつかないかもしれないが、慈郎には結構甘やかされていると、自覚している。
 大切な友人で・・・・大切な幼馴染。そのふわふわとした柔らかな髪に触れていると、ささくれ立った心がどれほど癒されただろうか。温かな温もりにどれほど安心できただろうか。何が起きても自分の味方だと思える相手。慈郎はそんな大切で、特別な奴の一人だ。
「あとべはそれでいいんだ」
「・・・・・・じゃなきゃOKしねぇ」
「うん。あとべはいつだってテニスが一番だよな。だから?」
「・・・・・・別に、そういうわけじゃねぇけど・・・・」
 勘違いしてない?そう問われて、はっきり違うと言い切れる思いはあった。
 浅い気持ちで男相手に付き合えるわけがない。ましてや相手は・・・・あいつなのだ。
「悪ぃな。気分悪くなったか?」
 幼馴染とはいえ、男同士で付き合う事となったなどと聞くのは楽しいどころの話ではないだろう。慈郎に嫌われるのはかなりきついが・・・・それも仕方が無い事なのかもしれない。それでも、あいつと共に居たいと、思ってしまう自分が居るのだから。
「・・・・・・・・・・・馬鹿」
「え?」
「あとべ、本当に馬鹿だC〜」
「・・・・・・・・・・・・・」
 ぎゅっと抱きしめられて、どうしたら良いかわからなくなった。
 許されたのか、呆れられたのか、よくわからない。戸惑う気持ちが伝わったのか、より一層廻された腕に力がこもった。
 
 
 
 
「――あ、そ」
「・・・・・・・まぁ、そういうわけだ」
「そうなんだ」
「・・・・・・・・・・・」
 諸手を上げて歓迎されるとは思っていない。けれども、続く二人目にも突き放されるとさすがに少しへこんだ。いや、当然の事なのかもしれない。
 日頃から穏やかな態度を崩さぬ萩乃介は、いつも損をしているとしか思えぬ程に縁の下に徹してくれる事が多い。
 いつだってさり気なく、跡部が負担に思わぬよう支えてきてくれた。時に、他の誰もが言わない厳しい忠告も突きつけてくれた。
 その心優しさが、勝負という立場において裏目に出てしまう事を知っていた。けれども、この萩乃介の美質が損なわれるような変貌を、して欲しくないと思う自分を知っている。
 それは利己的な我侭でしかないと知っていても・・・・その事で、結局最後の最後にレギュラーの座から滑り落ちる事となってしまったとしても・・・変わって欲しくはなかったのだ。
「跡部はさ、もっと甘えられる相手を持った方が良いよ」と、そんな忠告をしてきたのは、一年前ぐらいの事だっただろうか。
 テニス部の部長という責務に加え、生徒会長にも選出された跡部の日々は多忙を極めていた。何でもこなしてしまう跡部だから、生徒だけでなく教師ですらも跡部に頼りきりで、きりきりとした圧迫感に耐えながらも、それでも弱音を吐かぬ跡部を心配そうに見守り、出来得る限りの手助けをしてくれた。
 跡部の強烈な個性に隠されて、どちらかといえば印象の薄い萩乃介ではあるが、一度怒らせればかなり厄介な人物でもある。跡部に対し、心無い中傷を放った輩が日を置かずに大人しくなっていったのは、敢えて突き詰めはしなかったものの、誰かが動かなければそんな風な状況になる筈もなくて。今現在ならば、胡散臭い似非関西人の忍足あたりも関与してきそうだが、あの時点でそんな風に動いてくれるのは、萩乃介ぐらいしか思い浮かばなかった。
 柔和な態度と優し気な外観と穏やかな性質に反し、時にとても厳しい面がある。それが自分の事ではなく他人に関して――特に跡部に対して――のみに働いてしまうのが、萩乃介が萩乃介たる所以であるのかもしれない。本当に、損な性分だと思う。
「・・・・・・悪ぃ」
「何で跡部が謝るの?」
「いや、何となくよ・・・・」
「考え直すつもりはないんだ」
「ああ」
 静かな視線を向けられ、迷う事なく頷いた。
 他の誰でも駄目なのだ。あいつでなければ・・・・駄目なのだという事を、すでに自覚している。
 随分と悩んだ。考えに考え抜いて、そういった面には疎いところのある自分であるから、勘違いという事も想定して本当に真剣に、時間をかけて考えた。
 そうして導きだされた結果は、自分にとってもあの手は必要なのだという確信。例え、友人達に見離されようとも・・・・それでも離れる事は嫌だった。
「―――全く、冗談じゃない」
「・・・・・・萩乃介」
「あのね、俺は怒ってるかもしれないけど、怒ってるわけじゃない」
「・・・・・・意味、わかんねぇよ」
「だろうね。・・・・宍戸の所に行くんでしょ?」
「―――ああ」
「行っておいで。それと、これで俺達が離れるだなんて、思わないように。そういう事じゃないんだからね」
「・・・・・・・・・・・」
 背を押され、教室から出て行く事になったが・・・・一人廊下を歩き続けている間も、謎かけのような萩乃介の言葉の意味を図りかねていた。
 
 
 
 
「―――馬鹿じゃねぇ?」
「うるせぇ」
 開口一番悪態つかれ、売り言葉に買い言葉的に反論が口をついた。
「とことん馬鹿だよな」
「てめーにだけは、言われたくねぇ」
「いくらでも言ってやる。自分から厄介ごとに首突っ込もうとしてる馬鹿じゃねーか」
「仕方ねぇだろ!・・・・・・理屈じゃ、ねぇんだよ」
「だからてめーは馬鹿だってんだよっ!!」
「馬鹿馬鹿抜かすんじゃねぇっ!宍戸如きに言われたくねぇってんだろっ!!」
 大抵いつもこんな感じかもしれないけれど、基本的には逆かもしれない。
 宍戸が突っかかり、跡部が流し・・・・けれども最終的には取っ組み合いの喧嘩になる事も少なくなくて。跡部相手にそんな真似をするのは、宍戸ぐらいなものだ。それは、氷帝学園の帝王と呼ばれるより以前の、幼稚舎の頃から変わらぬ、コミュニケーションの一つであるとも言える。
「先週も告られてたじゃねぇか。・・・・その前もだけどよ。一年の中でも人気があるすっげぇ可愛い子だったろ」
「別に、普通だろ。大体、顔がどうこうこだわるつもりねぇし」
 よく部内の連中やクラスメイト達が、「可愛い」と騒いでいる女子に対しても深い感慨を抱いた事はない。真っ赤な顔で震えながら告白してくる様は、確かに庇護欲がそそられないわけではないが、常に寄り添う相手になりたいと思った事はない。もっと軽い気持ちで付き合えば良いと言われる事はあったが、自分にとってテニスより優先度の高くなるとは到底思えなかったし、「遊びで良いから」などという言葉を鵜呑みにしてまで付き合いたくはなかった。
「騙されてんじゃね?」
「あいつはそんな奴じゃねぇよ」
「そんなのわかんねーぜ。肩潰された仕返しかもしれねぇとは思わなかったのか?」
「だから、そういう姑息な事をする奴じゃねぇって!大体、演技なんかじゃねぇよ。目を見りゃわかる」
「けっ!惚気んじゃねぇよ」
「べ、別に惚気てなかいねぇっ!」
 嫌そうに顔を顰める宍戸に反論しようとしたが、かぁと赤くなる顔では全く説得力がない。まるで初恋仕立ての女のようだと、コントロールし切れぬ自分が情けなくもあった。
 こんな不安定さなど、今まで知らなかった。相手の一挙一動、一言一句に振り回される跡部景吾の姿など、氷帝学園の誰もが予想だにしなかっただろう。いや、自分こそが想像にも思わなかった事態だ。
「激むかつく」
「・・・・・・・・・」
「認めてやるけど・・・・・・・認めねぇ」
「―――意味わかんねぇよ」
 びっと指を突きつけられ、放たれた言葉は・・・・やはり前者二人同様、意味がわからなかった。
 
 
 
 
「―――話したのか」
「・・・・・・・まぁな」
 帰りに待ち合わせ、二人きりになったところで跡部はその日の経緯を話した。自分の事ではあるけれど、全く相手に関わりが無いとは言いいれなかった事だからだ。
「跡部は友人達に大事にされているんだな」
「・・・・・・・別に、んなんじゃ・・・・・・」
「だが、お前を想う気持ちでは彼等に負けるつもりはない」
「・・・・・・・・・・・・・」
 そんな糞恥ずかしい事抜かすんじゃねぇ!とか
 こっ恥ずかしい台詞口にすんな!とか
 寒ぃんだよ!!!!とか
 跡部にしてみれば、幾らでも吐けそうな悪態も何故か口をついては来ず、代わりとばかりに手塚の胸に額を押し付けた。
 別に甘えたかったわけではない。ただ、聞いている方が恥ずかしい言葉に、呆れを通りこして顔が暑くて仕方が無いだけだ。
「そうすぐに認めて貰おうとは思っていない。手強い小姑ではあるが、油断せずに行く」
「――――――行かなくていい」
 俺はてめーの嫁か?!と、怒鳴りつけたい所である筈なのだが・・・・・・何故だか反論する気すら起きてこない。
 これは、あまりに的外れな手塚の言葉に、脱力して仕方がないせいだろうと、思う。
 けして手塚の言葉が嬉しいなんて・・・・・・・・・思っているわけがない。思うわけがないのだ。
 告白をしてきたのは、手塚の方からだった。今までそんな目で見た事のなかった跡部からすれば、それこそ晴天の霹靂であったわけだが――こんな目もすんのかよ、と一瞬怯む程の熱い視線を向けられて、嫌悪よりも高揚感を抱いたあたり、自覚せずとも同じ想いを自分も抱いていたという事なのだろう。
 実力だけならば、恐らくは立海の幸村あたりの方が上の筈だ。プロのレベルにはまだまだ遠い。それでも、いつも跡部の魂を燃え上がらす事ができるのは手塚のプレイだった。手塚国光という存在だった。
 生涯のライバルと、自分に定めた相手ではあるけれどそれ以外の関係を築こうとは思ってもみなかった。
 友人関係ですら想像の範囲外であったというのに、恋人同士など考えにも及ぶわけがない。けれども、強引に引き寄せられた時に、その腕を振り払えなかったのも事実で・・・・誰に相談する事もなく自らの感情に向き合って得た答えは、手塚の腕の中に自分以外の姿が居る光景を想像するのは面白くないという事だった。
 付き合うと決めてからは、想像外の事が数多くあったけれども・・・・中でも奥手に見えた手塚の手の早さには驚いたものだが・・・・そんな強引さも嫌ではないと思えてしまうあたり、結構な重傷なのかもしれない。
 交際期間が三月に渡る頃となり、跡部は何かを感じながらも問い詰めようとはせずに居てくれた幼馴染達に告白しようと決心したのだ。祝福されるとも、喜ばれるとも、応援されるとも、到底思ってはいなかったけれど。
 馬鹿だと言った慈郎。怒っていると言った萩之介。認めないと言った宍戸。
 幼馴染達は、それでも跡部から離れようとはしないようだった。
 認めて貰うのは簡単な事ではないのだろう。けれども、手塚も彼等も自分にとっては何にも代え難い存在であるのだから――どちらも喪いたくはないのだ。
 











 夕暮れ時の公園の隅で重なる影を、見守る者達が居た。
 彼等は三種三様の、けして機嫌が良いとは言えぬ様子で・・・・・・けれども、その場から飛び出して行こうとはしない。
 
 
「――――面白くないんだよね」
「あとべには笑って欲C〜んだけど」
「あいつが奴に拘ってたのは、わかってたけどよ」
 
 一人は苛々と苛立ちを隠せぬ様で
 一人は陰鬱に不機嫌さを表にした様で
 一人は憮然極まりない様で
 三者三様に不機嫌な様を隠さない。
 大切な幼馴染の幸福を願わぬわけがない。
 
 ああ見えて、己よりも他者の思いを尊重する奴で
 我侭な癖にお人好しで面倒見が良くて
 何事にも全力投球して無茶ばかりする奴で
 どこか危なっかしくて目が離せない奴で
 
 彼等にとって、何にも代え難い存在であったのだ。跡部景吾という奴は。
 跡部が初めて欲した相手。それが同性であろうと何だろうと、祝福したい気持ちはある。
 周囲がこぞって反対したとしても、跡部が望むのならば何があっても味方をしてやりたいとも思っている。
 
 けれども。
 
 
 それとこれとは話が別なのだ。
 
 
 
 
 
「――――とにかく」
「そう簡単に奴は渡せねぇって事だな」
「マジマジ、激むかつくC〜」
 
 跡部に関する事に限り、3人の主義主張はぴたりと合っていた。
 この後当分の間、手塚は小姑達の存在に悩まされる事となる。愛の鞭ならぬ試練と言い切るには・・・・少しばかり難儀な障害であったかもしれない。






(2007/04/30)
60000万ヒットスライドリク。宮崎様へ。
リクエスト: 「塚跡+跡部の幼馴染」  幼馴染=宍戸か滝か幸村あたりで

>> 派生オマケ品 (2007/05/04)


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