ある筈のない表示に手塚は顔をしかめた。
このまま見なかった事にしたい。操作ミスということで履歴ごと消去してしまえば良い――そんな心の囁きに耳を傾けようかとしたところ、狙ったかのように鳴るコール音。一回、二回、三回・・・・・・。手塚は諦めたように深く重い息を吐きながら通話ボタンを押した。
「遅い」
「・・・・・・都合が悪くてな」
「へぇそうなのかい?俺はまた聞こえないふりでもしているのかと思ったよ。何故だか嫌われているみたいだし、いや苦手に思われているのかな?ふふ・・・・」
「・・・・・・」
微笑を浮かべながら放ったであろう皮肉に沈黙する。
正直苦手だ。不得手だ。警戒人種だ。嫌いな相手というわけではないが、とにかく苦手なのだ。ついでに敵でもある。
何のといえばテニスでというわけではない。いや、実力的には強敵であるし、容易に勝てる相手ではない。けれども最大の問題は・・・・・・ようやく心を通い合わす事のできた恋人との間に聳え立つ、最大かつ最強、いや最恐たる障壁なのだ。
「30分後に駅前の喫茶店。遅れたら許さない」
「・・・・・・」
反論の余地もない。そして許さないと言ったからには、本気で許さないのだろう。気が向かないながらも、出向くしかなかった。
「来たのか」
「・・・・来いと行ったのは幸村だろう」
「そうなるかな」
優雅な仕草でカップに口をつける様に荒々しさは欠片もない。だが、その内面たる本質を知る身からすれば、いつ牙を剥くかわからぬ狂犬・・・もとい猛獣を前に素手で立ち向かっているような気分となる。
「用件を言って欲しい」
静かに椅子を引き、覚悟を決めて正面に座る。ここで引く事は考えられない。逃げた後に下された評価が、後々どのような影響を与えるかわからぬというものだ。勝ち目の無い戦であっても、人は時に立ち向かわねばならぬ時があるという事だろう。
「聞かなければわからない事でもないだろうに」
「―――跡部の事か」
「他に何がある」
「・・・・・・・・」
「全く、蓮二から聞いて驚いたよ」
ここまで手が早かったとはな、と見据える視線に後ろめたさはあった。鬼の居ぬ間に出し抜いた感はあるだろう。実際そのような思惑が無かったとは言えない。幸村のガードは、氷帝の彼等に劣らず・・・・時に勝る程であったのだから。
「乾経由か」
「そんなところかな」
一体何処から話が洩れたかと思っていたが、当の本人が答えを与えてくれた。幸村からすれば隠す程の話でもないだけの事なのだろうが。つくづく乾に知られたのは失態だったと思う。しかし何れは伝わる事だと思えば、早いか遅いかだけの違いなのかもしれない。
「跡部から話してはくれなかったからね。少しショックかな」
「いちいち話す事でもないだろう」
「跡部がそう言ったのか?」
「・・・・・・いや」
「だろうね。まぁ話してくれなかった理由もわからなくはないさ」
「・・・・・・・・」
身を固くし身構えたが、幸村は別段詰問してこようとはしなかった。その口調も表情も、相変わらず穏やかなままだ。
「そんなに構えなくても何もしない。跡部が手塚を選んだんだろう?ならば仕方ない」
「認めてくれるのか」
「不本意ながらね。今日呼び出したのは手塚にあげたいものがあったからだ」
それだけだよ、と言い切ってすいと小さな紙袋を差し出される。心意は計り知れぬものの、断る事もできずに受け取った。何らかの含みがあるのは間違いない。しかしながら、ここで突っ返した事が跡部に知られれば、けして良い顔はしないだろう。跡部にとって幸村は、幼馴染み達と等しく長らくの友人であるからだ。
「今日の用件はそれだけだ。・・・・・・泣かすなよ」
「当たり前だ」
最後の一言に躊躇いなくはっきり頷くと、幸村は満足気な笑みを残して去って行った。
いや。
後に残されたのは幸村の静かな笑みの残像と――小さな紙袋と――――そして3枚にも渡る伝票だった。
「それで幸村の奴が何を寄越したって?」
伝票を押し付けられた事は省いて跡部に事の経緯を話した。最初不安そうな表情を浮かべていたのは幸村に対する後ろめたさからだろう。事の経緯を聞く内に、跡部の表情も安堵したものとなっていった。
「携帯ストラップだ」
「ストラップ?そりゃ何でまた」
「・・・・さぁな」
「つけんのか?」
「つけないわけにもいかないだろう」
「別に気にしねぇと思うけどな。見せろよ」
「ああ」
促され、携帯電話ごと跡部に差し出す。多分跡部は気づかぬだろうな、と思いながら。そうでなければ渡しはしなかったが。
「へぇ。可愛いんじゃねぇの?手塚の携帯にってのが違和感ありまくりだけどよ。しかしこれ銀製か?こまめに磨かねぇと黒ずむぜ?」
「注意する」
「ま、ちょっと気ぃつけて手入れすりゃ問題ねぇよ。しっかし銀の豚ねぇ。みろよ、ちゃんと脚まであんぜ。幸運の御守りか何かだったか?」
「違うだろう。・・・・・・意味は、あるだろうがな」
「んだよ。もったいぶってんじゃねぇよ」
「そんなつもりはない」
手塚はぶっきらぼうに言い切ると不満そうな跡部の手の中から自分の携帯電話を取り上げた。
小さく揺れる銀の豚。飾りとして添えられた小さな白い飾りは小さな真珠。
豚と真珠。
豚に真珠。
幸村の言いたい事は、つまりそういう事なのだろう。
随分と見くびられたものではあるが、そこまで低い評価ならば、あとは上がるしかない。そう思えば前向きにもなれる。
大体無価値でなどあるものか。その点においては激しく反論したいところだ。一つの点においてだけは、同意はするけれど。
「跡部は真珠だ」
「意味、わかんねぇよ」
「それでも俺は跡部に相応しく在りたいと思う」
「・・・・ばーか。てめぇじゃなきゃ・・・・意味ねぇんだよ」
ふいと顔を横に逸らし、怒ったようにそんなことを言う跡部が愛しくて、思わず引き寄せる。「馬鹿野郎っ!離せっ!」と叫ぶ暴れる跡部をより一層の力を込めて抱き締めた。
(2007/05/04)
派生オマケ話。
買物中ふっと沸いてきた小ネタでございます。
その名そのまま「豚に真珠」シリーズ。
ピアスとペンダントはどうかと思いますよ・・?