※ WJネタバレ要素を含みますので御注意下さい (以下反転)
緩やかに浮上する意識。体が重く、指一本動かすのすら億劫だ。
意識が明快になりつつあるのとほぼ同時に視界の焦点が合う。笑みを浮かべたまま泣いているような忍足の顔が見えた。
「――よぉ」
「よぉやっとの、お目覚めかい」
跡部の視点が自分に合わせられたのを知ってか、表情にわずかばかり生気が足される。けれどもやはり、感情を覆い隠す奴特有の曖昧な表情だ。
下手に気を使わせているな、と跡部はようやく自由が利いてきた体を起こす。忍足の視線がまだ寝ていろと訴えていたが、意識がはっきりした以上いつまでも寝ていても仕方がない。たかだか意識喪失ぐらいだ。
病院に担ぎ込まれたか、と大仰な扱いに苦笑を浮かべたくなるが、自分以外の仲間が同じ状態になれば、跡部は率先して病院搬送の手配をするだろうと納得もする。
無意識のうちに髪を掻き揚げる仕草をして、その手触りに違和感を覚える。瞬間的に忍足の顔に強張りを見た為、答えはすぐに導きだされた。
怒りの類は別段浮かばない。恥辱とも感じない。それは感情が冷えて働きが鈍いとかいうものではなく、ただ単に「ったく、あのガキはよ」と、おかしさの方が先立つせいだ。ただ、跡部はそうであっても周囲は違うかもしれない。いや、違うだろう。目の前に忍足しか居ない事がその考えを肯定している。
「堪忍」
「んで、謝んだよ」
「動けへんかった」
「いんじゃねぇ?お前だけじゃないだろ?」
「俺らが止めんでどないすんねん」
「意識あったら自分でやったぜ?てめぇらが止めにでもきたら、怒鳴りつけたな」
「せやかて、意識ない相手やで?!信じられへん」
「くっ面白いじゃねぇか。アイツは、あーいう奴なんだよ」
「跡部はそない言うやろとは、思ったけどな。なぁ、跡部。いつ、気づいたん?」
忍足の問いが跡部が意識を取り戻した事に対してでないのは明らかだった。
跡部は目覚めたその時から気づいていた。自分が負けたという事実を。それは明らかなる痕跡に気づくより前に。
「立ちあがった時、だな」
「笑っとったやん」
「まぁな」
立ち上がったあの時。跡部が意識したのは「終わり」だ。その時点で越前が立っていたかどうかは跡部にとって意識の範疇外だった。ただ、地に伏したままではいられない、それだけが跡部の身を動かした。自分がプレイを続行できる状態ではない事も把握していた。
そして・・・・恐らくアイツは立ち上がるだろうと、そう予測した。意識して笑みを浮かべたわけではないが、あの時、盛大に笑い出したい気持ちであったのは確かだ。
「何であないな賭けをしたんや」
「勝つつもりだったからだろ」
そう、負けるつもりなどなかった。勝つつもりであったからこそ放った言葉だ。
「だが、まぁこの結果も悪くねぇよ」
「何でや!」
「俺様は完璧じゃねぇって事だろ?」
偶像視は御免だぜ?と視線で笑いかけると、忍足は酢でも飲んだかのような表情になった。全く誰が「心を殺す事ができる」んだか。不安定さに揺れる忍足を見ると、跡部はその言葉を撤回したくもなった。
「負ける時は徹底的に。それも有、だ」
「氷帝の王様は負けを知らへん」
「知ってるぜ?」
勝つ事を義務づけられてきた。そして勝ち続ける姿を仲間達に――部員達に見せてきた。けれども跡部とて負を知っている。テニスは勝つか負けるかのゲームだ。一度勝った相手にとて、次は負ける事がある。実力ばかりが勝負を決めるわけでもない。勝ちもあり、負けもある。それは当たり前で当然の事だ。
「幻滅したかよ」
「あらへんわ。あの試合見て、ますます惚れとるで。――俺らは」
「ラブコールをありがとよ」
きっと視線を強める忍足の目には、跡部を気遣うつもりでその言葉を口にしたのではないとの意思がこめられている。どうやら自分は自分で思っていた以上に好かれているらしい。こういう面で見極めの甘さを思い知るのはそう悪くないと思えた。
跡部はベッドから抜け出て部屋を出た。「せんせに許可取らんとあかんやろ!」と叱りつける忍足の声を聞き流しながら。
跡部の前に正門が見えてくる。迎えでも呼ぶか、と考えながら歩いていると、空気が凪いだような感覚を肌で感じた。
その感覚はよく馴染みのあるものだった。跡部がコートに立つ際に感じる熱気だ。
「―――氷帝っ!」
「氷帝っ!!」
「跡部部長っ!」
「跡部部長っ!!!」
見慣れたユニフォーム姿の氷帝テニス部部員達。
どの顔もどの顔も誇らし気に―――ただ跡部だけを見つめていた。
(END)
自己補完話。