部員達を監督する為、コートの周囲を歩いていた跡部は背を押す風の強さに顔を顰めた。
冬の寒さが和らぎ、春の暖かみを感じつつあるこの季節、同時に強い風が吹く事でも知られる。
見ればコート内でもボールが思うように飛ばず難儀している様子が見受けられた。雨だろうと、風が強かろうと、どんな天候においても平常心で揺るがぬ試合運びをする事は必要だが、この風の強さは問題だ。部員達を預かる身としても、下手に怪我をされてはかなわない。何にしろ、本番の試合においても、これだけ風が強ければ一時中止か延期となるだろう。
そう判断した跡部は、屋外での練習を取りやめてこの日は室内トレーニングにする事にした。
下級生達を指示し、備品を片付ける一方で点呼を取る。レギュラー陣は名を呼ぶまでもなく見回した顔で判断がつくが、その中に見慣れた一つの顔が無い事に気づく。
「―――忍足の野郎はどうした?」
ダブルスの相方である向日に問うと、「遅れるって電話あったぜ」とすぐに答えが返ってきた。
「ち、たるんでやがるな」
月が替われば三年へと進級する。新入部員の数はかなりのものとなるだろう。そんな後輩達の規範となるべくがレギュラー陣であるというのに、ジローといい、忍足といい、実力はあるのに日頃の行動に問題がありすぎる、と跡部は苦い顔で思った。
そんな所にちょうど「堪忍。遅れてしもうたわ〜」などと軽口を叩きながら現れる忍足という奴はタイミングが悪いのか、それとも良すぎるのか。もしかすると跡部を怒らす為にわざとそう行動しているのではないかと疑いもする。
「てめぇ、どこで道草食っていやがった」
地の底を這うような声で不機嫌さを露にした跡部は、忍足の方を振りむいた途端一瞬固まる。忍足が似非関西人と呼ばれる要因の一つであろう丸眼鏡のあたりをまじまじと見つめてしまう。
いや、問題があるのはそこではないのだが。むしろそれより少しばかり下の位置にあるわけで。跡部お得意のインサイトポーズに近しい格好をした忍足の手は、目元あたりよりも幾分下の、鼻から口元を抑えていた。
「遅れた理由をきっちり説明して貰おうか」
腕を組み、大仰に構えた跡部が重圧感を倍加させて忍足に向き合う。下級生であれば、それだけで顔を青ざめさせ、がくがくと震える事間違いなしの迫力だ。しかしながら打たれ強さ、図太さなどに定評のある忍足の事、脅えた素振りすら見せず相変わらずである力の抜けた表情でへらりと笑った。――ただし口元を抑えている為、目元と頬での笑みであったが。
「それやけど・・・・・・こんなんやねん」
跡部の詰問に応じるようにして忍足は口元を抑えていた手を下ろした。瞬間的に一部で悲鳴が上がる。人の良い鳳などは当然「お、忍足先輩っ!どっ!どうしたんですかっ?!」と顔を強張らせて駆け寄るし、相棒の向日は対照的に「げっ!スプラッタじゃんっ!」と慌てて身を引くなどして、周囲は一時騒然となる。
そんな中。底冷えのする視線をますます冷え込ませたのが部長である跡部であった。
「・・・・・てめぇ、何処でやらかしてきやがった・・・・・・」
「ち、ちょっ!誤解や跡部っ!喧嘩やないでっ!不可抗力や。事故なんや。歩いっとったら、マットが飛んできたんやでっ!!」
「・・・・・ほほぉ。使い古されたジョークだな。布団の代わりかよ」
「ちゃうて。こないに体張ってまで笑いは取らんで?店先によぉあるやろ?緑の人口芝マット。あれが突然目の前で舞い上がっな、て襲ってきたんやっ!」
「はん。嘘をつくにも、もう少しましな嘘を言いやがれ。マットが浮いただ?それで何で顎を怪我すんだよ。オラ、説明してみやがれ」
必死に跡部に弁明する忍足の顎の部位には、さくっと斜めに傷が入り、今なお赤い血を滲ませていた。当然ながら仕込みでも何でもなく本物の血である。
「嘘やないで。突然竜巻みたいな突風が起きたんや。咄嗟に身を引いて目の辺りは庇ったんやけど、身ぃひいたせいで顎を突き出す姿勢になってしもうたみたいでな、こないなザマや。後方2、3百メートルはマットが飛んでいったで」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「嘘やない。本当や。信じてや。なぁ跡部〜っ」
まるっきり信用できねぇ、とありありわかる視線で蔑むように見据える跡部に、忍足は平身低頭という様で訴え続けた。日頃の行状が仇となるというのは、正にこういう事なのだろう。
(END)