■ dustbin ■
 
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■ woods       (DATE:2006/02/24) 
 
 
 
 思い立ったら行動という言葉がある。ふと見やった視線の先には、キャンプ用具が積まれた店舗があり、常から体を鍛えている事もあり、己に対する自負とタイミングがばっちりと合った瞬間だったのだ。
 耐水性のリュックとポンチョを買い込み、めぼしい食料をと缶詰コーナーを見回る。あまり大荷物となると行動が制限されるので、コンロの類は買うのは止めた。一日二日冷たい食事が続いても、耐え切れぬものではない。
 オイルサーディンの缶を2つ。辛子漬けのを2つ。トマトソースのサーディンを2つ。それから固めのフランスパンと果物を数点、板のチョコレートを2枚程。あとは救急セットと折りたたみ式のテント。それから簡易寝袋を買い込めば、かなりな量の荷物となった。
 遊興施設そして知られる国立公園内にあるその大森林は、自然の景観を損なわぬよう注意された広大なキャンプ場であり、ハイキングコースだ。森林保護官によると、基本コースは決まっており、あまり外れた位置には行かない方が良いという事だ。慣れた者であっても、迷い込んで無事に済むとは限らないと。人を襲う獣こそ居ないものの、自然の驚異は安易に構えると痛い目を見ると忠告された。
 確かに獣は居ないのだろう。ここ数年の間にもそういう報告は無かったと聞く。だが、【人を襲う人】は居るのだ。10年の間に行方不明者三名余り。これは少ないと取るべきか多いと取るべきか。消失者の森とは、名誉ある呼び名とは居えぬだろう。
 人類学者である手塚の元に、警察よりハイカーらしき遺体の検証を願いたいとい依頼が入った。スケルトン探偵としてそちら方面に名の知れた手塚は、一部でしかない骨から、性別、年齢、果てはその人物の職業や生活形態をも推察する能力に長けている。その為、発見された骨が一体誰なのか、行方不明者のリストにある人物なのか、それとも全く別の人物であり、時代も古く遡るようなものなのか、調査して欲しいという依頼であったのだ。
 生憎という他はないが、発見された骨には重なる符合が幾つもあった。結論として、行方不明者のリストから一名が消され、死亡者のリストに加わる事となった。そしてその調査の間、更なる白骨が発見された。一体この大森林の中で何が起こっているのか。謎は深まるばかりである。
 現代には絶滅したとされる古い民族の存在を示す痕跡を発見した手塚は、ここは自らの目と足で調査する決心を固めた。その結果がこの単独ハイキングとなったわけである。だが、すでに森の中に入った一日目より、後悔しつつある手塚であった。
 降りしきる雨は止む事を知らず、耐水性とはどこの偽表記だ?と製造元を訴えたくなるような、水を含んだリュックが重い。食事の方も最悪だった。まだ雨に降られる前に開けたオイルサーディンの缶とパンとのサンドイッチはそれなりに美味であり、なかなか気分もよい状態でその後歩み続ける事ができたというのに・・・天候の崩れと共に、事態は悪い方へ悪い方へと進んでいく。
 ぬかるんだ大地に苦労してテントを張り、これでは殆ど寝れないだろう、と暗澹たる想いを抱えながら食事の用意をした。
 先にオイルのサーディン缶にしたので今度は辛子漬けにするかと開けた所で手塚の機嫌が更なる急降下を示す。
 ぬったりと浸かったサーディンはなまっちろく白い腹をてらてらと光らせていた。缶の中には3尾程しか入っておらず、いやに大きなサーディンで、いかにも魚の屍骸といった態でげんなりとしてくる。水を吸ってふやけたパンにそれを挟むが、生臭い後味が鼻をつく。口直しにでもと思った果物は昼に食事をした場に置き忘れてきたようで、これはもうどうにもならないと寝袋へと入り込んだ。冷えた体は食事を終えても温まってはくれず、降りしきる雨の中で一人身を抱え、眠れぬ夜を過ごす。
 はまり込めぬ睡魔と意識の間でうろついていた手塚の耳に何かを弾く音が聞こえてきた。ピシャピシャと雨の音に混じり聞こえてきたのは――人らしき者の足音だ。警戒心を怠らず、いつでも反応できるように身を起こした手塚は、テントの隙間から外部を伺うように睨み付けた。
 
 
「―――よ、お。濡れ鼠の住まいはここでいいのか?」
「跡部・・・・・・」
 頭からすっぽりとフードを被った人物から放たれた声は、まさか聞くとは思っていなかったもので、酷く耳に馴染む耳触りの良い低音のその声は、こんな場においても音楽的な響きを持っている――と妙な感慨を抱く。
「何故ここに?」
「誰かさんの置手紙を見つけたんでな」
「中を見たのか」
「まぁ、褒められた行為じゃねぇが・・・・ただし、てめーの性格考えてみると、間違いなくここに来るだろうと思えたからな。正解だったろ?ったく、んな軽装備でのこのこやって来やがって。遭難しかねなかったぜ?熟練者だってこんな奥深くまでは入らねぇ」
「お前も迷ったのか」
「―――別に」
 ふいと顔を逸らした跡部であるが、何処かくたびれたような、手塚に劣らず雨に浸かりきった様相からいい、大分苦労をかけてしまったようだ。こんな風に手塚を案じてやってきてくれた事に深い感謝を抱く。
「っかし、寒ぃな。暖まろうぜ」
「テントの中でコンロを使って良いのか?」
「いいわけじゃねぇが、この場合はよしとする」
「そうか」
 跡部がそう言うのならばそうだろうと手塚は納得する。何にせよ、救いの手を振り払うような愚かさは持ち合わせてはいない。
 携帯コンロの上で、小鍋に開けられたレトルトのシチューがぐつぐつと煮えてくる。マグカップの中になみなみと注がれた、肉と野菜たっぷりのシチューは一口毎に体のすみずみへと熱を伝えていく。熱々のシチューをが全て胃に収まるまで、手塚と跡部は無言で食事へ没頭するのだった。
 
 
 
 
 
Wパロ。 「暗い森」