俺様の名は、跡部景吾。15歳。
氷帝帝国の跡取りだ。
婚約者有。王宮警備の長である手塚国光という男だ。年齢差は10歳程。性格的にはお堅く頑固な面があるが、とても頼りになる奴だ。
ま、ここまではよくある話で。しかしながらよくはない話としてのポイントがこの先にある。
この国の始祖が【竜】でという事実だ。
よってその末裔たる俺も竜の血を引き継いでいる。一族の中でも最も濃い血を持つ俺は人の身から竜に変化する事が可能なのだ。他に特技として水を自由に扱う事ができる。汚染された水の浄化など、水の支配に関する事ならお手のものだ。子供の遊びに水てっぽうなんかもやってみせたりする。
「手塚!」
「どうした?」
木々の隙間から見えた黒い髪の方へと走り寄る。婚約者という関係ではあるけれど、ここで抱きつくような真似はしない。人目があるというのもあるが、手塚自体があまりそういう接触を好まないからだ。―――――だと思う。他人の目がある、ないに限らず、手塚の方からそういう風に触れられた事などないのだから。
それは嫌われているとかではない。政略的な意味合いの強い関係だが、自分に向けての好悪の感情ぐらいはわかる。自分はまだ子供であるから仕方ないのだが、手塚が俺に向けるのが保護者的視線であるのもまた仕方がないと思っている。それに、少し前まではそのままの関係だったのだ。護衛者としての手塚と、保護される立場の自分。まだ、始まったばかりだ。全てはこれからでしかない。
「なぁ、今日市があるんだよな!一ヶ月ぶりだろ?一緒に・・・・」
「駄目だ」
「・・・・・・・」
勿論多大な期待を寄せていたわけではないけれど・・・・期待半分諦め半分・・・・いや、僅かに小指の先ぐらいの期待を持っていたに過ぎないのだけれど、手塚の回答はにべもない。最後まで言わせてすら貰えないのだ。
「――流れ者が大量に入り込んでいる。武官が総出で警備にあたるが人手は足りん。お前が出歩くようではその分更に人を割かねばならない。今回は大人しくしていろ」
一挙にたたみかけられて反論できない。護衛官達に余計な負荷をかけたいわけではないし、それを統括する立場にある手塚に迷惑をかけたいなどとは思っていない。
危険、安全を論じるならば、俺は竜だ。自分の身ぐらい自分で守れる。はっきり言い切るなら、この国において俺に敵う者など存在しない。それは目の前に居る手塚にしてもそうだ。だが、「俺様は強いから問題ない」・・・・と、そう言い切る事もできない。自分の立場を忘れたわけではないし、何より手塚の気遣いが嬉しくもある。そして竜の身であるならいざ知らず、人の身においては、普通に剣で傷つけられれば血も流れるし、回復力が少しばかり強い事を除けば普通の人間と変わらない。
だが、今回のは本当に久々の盛大な市なのだ。それを諦めるのは実に惜しい。
そんな風に考え、どう目の前の堅物を攻略しようかと思考を巡らせていた俺の背後から、軽妙な口調の声がかけられた。
「何や、しぶちんやなぁ。跡部かて楽しみたいやろうに。そや、ガード居ったらええ?俺が付いていったるわ」
「―――忍足」
へらりと笑み崩れた表情を浮かべて現れたのは、手塚と等しく黒い髪と黒い瞳、さらには形は違うが同じように眼鏡をかけた忍足という男だ。
実はこの忍足という男、婚約者其の弐だったりする。元々は、こいつが唯一の婚約者だったんだが・・・・10年前に行方不明となり、死んだものとされていた。それがこのたび奇跡の帰還を果たし――それは喜ばしい事なんだが困った事態ともなっているわけだ。
現婚約者と前婚約者。二人の間に挟まれて。気持ちに揺るぎはないのだけれど、周囲はそれで良しというわけにもいかない。何しろ忍足もまた、手塚の家(養子であるのだが)に負けず劣らずの大家だ。そういった外野の方も黙っていないというわけで・・・・ついでに侍女や侍従達は三角関係のロマンスと少々小煩いが・・・・俺は二人の内のどちらかから一定期間を経て後に選ばなければならないという状況となっていた。
見極め期間は1年間。俺の左手には竜胆の花が・・・・右手には薔薇の花が刻まれている。竜の血故か、想いに応じてこの花が育っていくのだ。今現在は当然の事ながら竜胆が独走状態で花盛り。だが、薔薇の目も少し・・・・ほんの少しではあるが、育ってきている。これは困惑を誘う事態だ。
いや。俺が選ぶのは手塚だ。ずっとそう思っているし、変わる事などありえない。
結局、口のうまい忍足が手塚を説き伏せ、いいと言うのに付いてきた忍足と街中へ出た。最初は追い払おうとしたのだが、やはり忍足の調子に騙されてなにかと祭り見物となり、そのままペースに巻き込まれていった。途中、人だかりに興味が沸き覗きこむと笛の音につられ蛇が踊っていた。その音は妙に体をざわつかせる。俺はいつしかつられるように曲調に合わせ舞っていた。
「跡部!」
鋭い声に曲目が途絶える。同時に体の自由も取り戻す。
「何をしているんだ、お前は」
「いや、笛の音が・・・・」
呆れたような口調の手塚に、自分でもちょっと笑えるよなと思いながら弁明する。実際踊りたくて踊ったわけなどではなく、勝手に体が動いたのだ。
「私どもの芸ですよ」
蛇使いが笛を再び奏でだした。壺から顔をのぞかせていた蛇が再び舞い踊りだし・・・・ではなく、突如襲いかかる。
「跡部っ!!」
先程より切羽詰った呼び声を何処か遠くに聞きながら、咄嗟に顔の前に手を翳す。だが、覚悟した痛みは襲ってはこなかった。
薄く目を開き目の前を伺うようにすると。そこに。
「忍足・・・・?」
揺ぎ無く前に立ち塞がる忍足の背があった。そしてその腕にまるで装飾品の如く絡みつく蛇。
「―――――っ」
「待てや」
咄嗟に切り捨てようとした手塚の剣を止めたのは忍足だった。
「何を・・・・・?」
「大丈夫や」
「も、申し訳ない」
「お、お兄ちゃん、」
恐縮した態の蛇使いの手により、忍足の腕から蛇が取り外される。袖口に並んで開いた小さな二つの穴さえなければ、先程の事が嘘のようだ。
忍足は蛇使いの孫らしき子供の頭を「気にすんなや」とぽんぽん叩くと、そのまま身を翻しこの場を立去ろうとする。
俺はその腕をぐいと掴み、抵抗させる間も持たせずに路地裏の方へと引っ張っていった。
「跡部?」
「腕っ!傷見せろ!この馬鹿っ!」
「大丈夫やて。あの蛇、毒抜かれとったし」
「―――んな、問題でもねーだろっ!」
ひらひらと手を振る忍足の腕を袖口からまくる。蛇につけられた傷は幸いにして深くなく、血の流れも止まっていた。
「な?大丈夫やろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
じっと腕を見つめたまま、黙り込む。血の気が引くとは正に先程の状態を言うだろう。まだ動悸が治まりきらない。
「心配して、くれたん?」
「あ、あったりまえだろっ!」
「嬉しなぁ」
「――――――」
忍足の顔があまりに嬉しそうで・・・・本当に幸せそうで・・・・何も言う事ができない。「嫌われとると思っとった」などと、いつものずうずうしさなどなく殊勝な物言いに、常日頃の邪険な態度を反省する。嫌いなわけではないのだ。ただ、忍足に心を許すという事がこの曖昧な関係上どうあってもできないという事だけで。
「おおきにな」
「礼を言うのは俺の方だろうがっ!」
子供みたいな笑みを浮かべて礼を言う忍足に、俺は怒ったように返す事しかできなかった。
その後、追いついてきた手塚が念の為という事で、部下に命じて忍足を施療師の元へと連れていった。俺としても、万が一など起きては欲しくないので、忍足を逃がさないようによくよく手塚の部下に言い含めた。本当は共に付いていくつもりだったのだが、忍足の奴が「大丈夫やから、手塚に送って貰い?」などと言うのでどうしたものかと悩む間に、手塚に腕を引かれた。先程と逆の立場である事に戸惑いを感じながら、不慮の事故であるが俺が襲われたという事実を危惧して手塚が護衛についたという事実もよくわかっていた。
「――――斬り捨てれば良かった」
「そ、そりゃ、あの蛇は襲いかかってきたけど・・・・毒は抜かれていたみたいだし・・・・あいつらの商売道具なんだしよ」
沈黙を守っていた手塚に、怒らせてしまったかと少し落ち込んでいた俺は手塚の言葉に慌ててフォローを入れる。
最後の方は語尾が小さくなってしまったけれど、その点がお咎めなしとしたポイントなのだ。噛まれた忍足当人が、それ故に自らの腕を噛ませて蛇を殺させなかったという事もある。あいつは、蛇使いに付き添った子供に対して、安心させるかのような優しい笑みを向けていた。その気持ちを無駄になど、できる筈がない。
「・・・・そういう意味ではない。さっさと斬っておけば、お前にあいつを心配させるような事にはならなかった」
「て、手塚?!」
その口調はまるで蛇ばかりでなく、忍足すら斬り捨てておけばとでも言っているかのようで・・・・元々冗談など口しない質の手塚であるので、その口調は真剣極まりない。いや、口調も瞳も表情も、紛うかたなき本気だった。
こんな風に手塚が俺に対して執心しているかのような面を見せた事はない。忍足の事が心配なのは嘘ではないのだが・・・・不覚にもトキリと胸が高鳴ってしまった。
その夜。
湯浴みの際に肘まで覆う手袋を外した俺は、一人困惑していた。
左手の竜胆が、一房花を増やしていたのは、まぁ当然ではあるのだろう。だが、右手の薔薇の花までも・・・・・花が咲き綻んだわけではないけれど・・・枝から、小さな葉が芽吹いているのだ。
想いは変わらない。変わらない・・・・・・のだが。
「・・・・・・くそ。腕、誰にも見せられねぇ」
明日より手袋を人前で外せなくなった事実を前に、俺は顔を赤くしつつ湯船に沈み込んだ。それは、湯当たりのせいばかりではなく――――
Wパロ。 「竜の花わずらい」
改稿: 2006.03.25 少女漫画故に乙部風。