スパーンと、窓の外から聞こえてくる小気味良い音に惹かれ、跡部はついと窓辺に寄った。
腕の中には整理の為の書物数冊を抱えたままに。西洋画の天使の如く華奢な姿態に優美で繊細な顔立ちは、性別が男と知れてもついつい保護や庇護の手を延ばしたくなる可憐さがある。
しかしながら、その儚げとも言える西洋的な面立ちの綺麗な少年が、その気になれば大の男も軽く片手で放り投げる事ができる程の筋力や体力の持ち主であると知る者は少ない。特にここ、青春学園においては、跡部景吾という少年は、書物に囲まれ(図書委員であるから入り浸っているのだが)花に囲まれ(園芸部の部長と仲が良く、また人気から避けるのに好都合であるので逃げ場のひとつであるだけなのだが)る妖精のような絶世の美少年(間違っても本人の前で言ってはいけない)――と認識されていた。
実のところはそこらあたりは大いなる勘違いというか妄想でしかありえない。跡部本人にもし尋ねてみる者が居たら、己の幻想を木っ端微塵に跡形もなく砕いて踏んで、潰されまくる事だろう。
それというのも跡部当人が当人の資質としては遥かにかけ離れた態度でしおらくくも慎ましい学園生活を営んでいるのが大いなる理由であるのだが、それもやはり跡部に言わせれば「はっ!見る目のねぇ奴等だな」と吐き捨てられる事だろう。
本来であれば、跡部はここ青春学園ではなく、近隣の富裕な家庭の子弟が多く通うブルジョワ学園と名高い氷帝学園に通う筈であった。
いや。実際入学はしたのだ。ただし、僅か一ヶ月という短期間における在学期間となった。
自主退学と転校かを求められ、後者を選びここ青春学園に入り直した。以来、跡部家の名を辱めないようにと、模範的な学生生活というものを義務づけられている。編入してより三月の時が立ち、そろそろ跡部の鬱屈も溜まりつつあった。
青春学園はテニスの強豪校として知られている。最も有名を馳せたのは一昔前であり、現在は鳴かず飛ばずといった所。しかしながら、本年度においては優秀な生徒が何人も入部したようで、彼等が表に立つ頃には再び青春学園に脚光が浴びせられるとひそかに囁かれていた。
跡部の眼下では、テニス部の上級生らしき者と下級生らしき者との間で一騒動が起きていた。上級生に掴み上げられているのは、一部で有名になりつつある奴だ。確か、手塚国光とか言ったか・・と跡部は、記憶の中からその名を拾い起こした。運動部の縦繋がりって奴は厄介だよな、と軽い同情を抱きながらそのまま見物に徹する。どうやら試合のようなものを行うらしい。なかなか面白そうだと思えた。
だが。
結果の所は一方的なものとなり・・手塚の実力を垣間見たのはちょっとした収穫であるのだが、テニス部の質の悪さが知れたという面で寧ろマイナス的イメージの方が強い。
強者が勝ち弱者が負ける。それが勝負の決まり事であるというのに、愚かな上級生はさかんに手塚を罵っているかのようである。
しかも手塚が神妙な様を見せればまだ事態は違ったのだろうが、跡部をしてももう少し相手を立ててやれよ、と言いたくなるような応対ぶりであったので、これはまずいかもしれねぇ・・と思い始めた時にラケットを振りかざす上級生の姿が見えた。
ゆっくりと、スローモーションを見ているかのような感覚。手塚の腕に、上級生のラケットが、振り下ろされた。