永遠とも思えるバレンタイン騒動もようやく終焉を向かえ、跡部は大量のプレゼントを後輩達の手で迎えの車に運びこんで貰っていた。そこへ「ただ働きは御免や」と早々に逃げを打った忍足が顔を出した。
「んだよ」
ちょいちょいと手招きされ、不機嫌も露にそれでも跡部は忍足の元へと寄る。そして密やかに耳打ちされた言葉に跡部の形の良い眉がぴんと跳ね上がった。
「ガセじゃねーだろうな?」
「冗談やないで。行ったらわかる。目立っとるで〜」
「・・・・・・・・・・・」
忍足の言う事なので、絶対の事実とは言い切れない。無条件での信頼などは、生憎と忍足相手には持っていない跡部であった。
しばし考え込んだが、それよりさっさと確認した方が早いと見切った跡部は、積終わったら車は返して良いと樺地に指示し、その場を足早に後にした。
チョコレート搬出作業・・・・・なるものを行っていたのは、下手に目を惹くのも嫌だったし、正面に車を寄せるのは仰々し過ぎるというのもあったので裏門付近で行っていた。そして今現在跡部が向かっているのは・・・・正門前である。果たして。走りはしないが普段よりも早足で駆けつけた跡部の前方に見えたのは、正門前に姿勢正しく背筋をぴんと伸ばした格好で立つ、青学テニス部元部長手塚国光の姿であった。
「―――よぉ。珍しい御訪問じゃねぇのよ」
「跡部か。入れ違いにならなくて良かった」
「危うくなる所だったがな。てめーが突っ立ってると忍足に聞かなければ裏から帰ってたぜ」
「そうか。忍足に感謝しなければならないな」
「別にいーんじゃねぇ?どうせ面白がってるだけだぜ」
「・・・・?何か面白い事があるのか?」
「・・・・・さぁな」
面白ぇのはてめーの存在自体だろうよ、との言葉を跡部は発しなかった。どこまでも生真面目に切り替えされたら、腹を抱えて笑い飛ばしてしまいそうな気がするからだ。それではさすがの手塚といえども、気分を害するに違いない。
「ま、とにかく移動しようぜ。俺様に用事があんだろ?」
「ああ。少し、頼みたい事があってな」
「へぇ。ますます珍しいな。って今ここで言うな。お前、目立ってる自覚あるか?ここで下手な事を口にしたら明日には氷帝学園内全生徒に伝達されんぜ」
「随分と迅速な情報網だな」
「・・・・・・・・・・そーかもな」
至極真面目にさも関心したように返され、跡部は口元をひくつかせながらひょいと横を向いた。そこで跡部がいつもの余裕の笑みを取り戻すまでには、わずかばかりの時を必要としたのだった。最も、「目立っているのは俺ではなく跡部だろう」と相も変わらずな平坦な口調で反論された際には、「てめー、いい加減自覚しやがれ」と返し、本気で呆れて噛み殺した笑いも引っ込んではくれたが。
手塚を誘い跡部は少し離れた公園の方へと移動した。個々でも目立つ二人なので、並んで揃えば人目を引いて仕方がないからだ。
ブランコの前で「そこで待ってろ」と手塚に言い置くと、跡部は公園脇の自販機の方へと向かった。鍛えているとはいえ二月の気候は大層寒い。ここに来るまでにもだいぶ冷え込んでいた。跡部にとっては震えの一つも見せない手塚が面憎くも思える。
自分の分は迷う事なく缶コーヒーを選ぶ。缶の紅茶の類いは飲めた代物ではない。コーヒーとて上等とは言いがたいが、JTの製品はそこそこ飲める方だ。さて手塚の奴には・・・・と並ぶ商品を眺め、いっその事しるこドリンクか甘酒あたりでも買ってやろうか・・などとも思ったが、何ら動揺もなく素で返されそうな気もしないでもないので無難に緑茶を選ぶ。
缶をくるくると弄びながら先の場所に戻ると手塚が所在なげにブランコの横で立っていた。
「座んねぇの?」
「子供の遊び場だろう」
「まぁな。けどよ、俺らも中学生だぜ?ま、てめーはそうは見えねーけど」
「人の事は言えないだろう」
「言うじゃねーのよ。おら、座って飲め。暖まる」
「あ、ああ。すまない」
ぽんと缶を放ると、ゆるりと手塚が動き、ごく自然な動作で受け止めた。意識しての動きではあるまい。反射的なものだ。
ぷしとプルタブを開け、軽く息を吹き掛け喉に流しこむ。じんわりと喉元から暖かみが広がっていった。
「で、用事はなんなんだ?」
「それなんだか跡部」
「あ?」
「チョコレートを貰えないだろうか」
「―――――」
危なかった。飲み干していて良かった。でなければ今頃盛大にむせていただろう。
「手塚ぁ、てめーの素ボケぶりは重々承知してっが、今回は敢えて聞く。一体どういう了見だ?」
「それは、その・・・・」
「しっかりきっかり説明しやがれ」
「―――わかった。今日は、バレンタイン、だろう?今年も一個も貰えなかったんだ」
「は?」
「それで母さんに『国光は今年も貰えないのかしら。母さん寂しいわ』と言われたのを思い出してな、」
「・・・・・・・・」
「正しい事とは思わないが時には嘘も方便と言う」
「―――待て」
「何だ?」
「本当に貰ってねぇのか?一つも?」
「ああ」
「冗談だろ?」
「いや本気だ」
「生徒会長でテニス部部長。老けちゃあいるが男前。もてねぇわけねーだろ?」
「俺は褒められたのか?」
「けなしちゃいねーぜ」
「そうか。礼を言う」
「・・・・・・・・ま、いーけどよ。とにかくてめーがもてない筈はない。今日本当に女に声をかけられなかったか?」
「それは何度かあったが」
「だろ?それで?」
「思い詰めた・・・・悲壮な表情をしているので視線を合わせて話してくれるのを待ったんだが・・・・皆何故か泣きながら謝って走りさってしまった」
「・・・・・・・・女脅すなよ。断言するがそいつらてめーに告白する気だったんだろうよ」
「そうなのか?」
「ああ」
「それはすまない事をしたな。しかし終わってしまった事は仕方がない」
「意外に前向きだな」
「過去は振り返らない主義だ」
「そーかよ」
「とにかくそういう理由により、チョコレートは一つも貰っていない」
「ああ、そう。だったらお仲間に頼みゃいーじゃねーか。不二とかよ」
「不二にはなるべく借りを作りたくない」
「その気持ちはわからなくもねーが。大石とかは?」
「跡部、お前はあの大石から貰いたいと思うか?」
「いや遠慮する」
「そういう事だ」
あっさり言い切る手塚と大石は確か親友と言って良い間柄であった筈。相手がこれじゃぁ苦労するな、大石よ・・・・と気苦労で胃でも痛めていそうな大石に、跡部は密かに同情の思いを抱くのだった。
「しかし、だからってわざわざ俺の所に来るか?」
「跡部ならば多数のチョコレートを貰っているだろうと思ったんだが」
「そいつは正解だが、手塚、てめーは俺様宛てのプレゼントを横流しして貰う気だったのか?」
「いや。それはよく考えればよくないな」
「こっちは気にしねーけどな」
「いや。短慮だった。すまない、手間を取らせた」
そのまま立ち上がって去ろうとした手塚を跡部が「待て」と引き止める。
「?」
「運 良かったな。丁度ここにチョコレートがある」
鞄の中から取り出した長方形の包みに眼鏡の奥の手塚の目が僅かに見開かれた。
「だがそれは・・・・」
「更に生憎な事に手作りなんだよな、これは」
「手づくり?まさか、跡部が・・・・?」
「ああ。ジローの奴にやる予定だったんだが、何処で寝こけていやがんのか。とっつかまえる前にお前が来たのを知ったからな」
「ジローとは芥川の事か。跡部は芥川と・・・その、特別な関係なのか?」
「特別っちゃ特別だな。幼馴染の間柄だ。ガキの頃の約束で、バレンタインでーには毎年ケーキとかやってんだよ。まぁ、これから帰って作りなおす時間もある。こいつはてめーにやる。感謝しな」
「・・・・・・・・跡部、すまない」
「そういう時はただ『ありがとう』でいいんだぜ?ああ、そうだ。このままじゃ単なる横流しだな」
箱を手塚に渡す前、跡部はにっと企みめいた笑みを浮かべた。そして手の中の箱を己の口元へと運び、音を立てて軽くキスした。
「愛してんぜ、手塚ぁ」
「――――――――」
「・・・・・・なんてな。おら、俺様の愛情入りだ。たっぷり味わうんだぜ?じゃぁな」
くっくと軽やかな笑い声をたてながら、跡部は呆然と立つ手塚を残し帰ったのだった。
・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・
バレンタインデーから数日が過ぎて。
すでにそんな事があった事も記憶の片隅に追いやっていた跡部に1本の電話が入った。
数回コールで手に取った携帯の液晶板に表示されている名に、珍しい奴がかけてきたな、と軽く眉を潜める。
互いに番号とメルアドを交換はしていたが、用事がなければそれが活用される事はなかった。跡部にしても、部に絡む話で数回程度しかかけた事がない。
「――――跡部だ」
『・・・・・・すまない。突然』
「いや。構わねぇけど。それで、用件は?」
『バレンタインの事なんだが』
「うまかったろ?」
『―――ああ。跡部が料理にまで精通しているとは驚いた。大変美味だった』
「そーかよ。ありがとよ」
『礼を言うのはこちらの方だ。それで、だが』
「ん?」
『―――礼を兼ねて、うちへ招待したいのだが・・・・来てくれる気はないだろうか』
「てめーん家?」
『そうだ』
珍しい事続きというか。手塚の家えの誘いに跡部は思わず空を見上げた。雪でも降んじゃねぇの?と視線で追うが、生憎と晴れ渡った空にその傾向は見受けられない。
律儀な奴・・・・と、半分呆れ、半分興が乗った気分で応と答えようかと思った跡部だが、ふと何かがひっかかった。
「・・・・・・・・・・」
手塚の言葉に淀みはない。含みの類も無いように思える。―――――だが。何処かしらの違和感を跡部は感じ取っていた。目の前に手塚が居たら見破るのも簡単なんだがな、と脳裏に思い浮かべる手塚の顔は、例によっていつもの如く仏頂面だが、よくよく見ればそれなりの感情を汲み取る事は可能である。
「――――手塚ぁ」
『――――何だ』
「正直に言え」
『・・・・・・・・・・』
直球勝負をかけてみると、今度黙り込んだのは手塚の方だった。この反応からして間違いない。確かに何かの裏が在る。
『――――――母さんが』
「アァ?」
また母親の話かよ、と実はこいつマザコンか?と思わなくもなかったが、母を大事にするという事自体は別に悪くはない。
『あのプレゼントを見てすごく喜んだんだ』
「へぇ」
『それで・・・・・・誰から貰ったのかとか相手の事とかどんな付き合いなのか色々・・・・』
「ほぉ」
『・・・・それで跡部の名だけを出した』
「あーそう」
『それで治まるかと思ったのだが・・・・珍しくその後も母の追求が厳しく・・』
「ふーん」
珍しいのはテメーの言い淀んだ話し振りだろうよ、と軽い意地悪心を沸かせながら跡部は手塚の言葉に耳を傾けていた。
とつとつと話された内容を要約すると、つまりはこういう事らしい。
どう見ても義理とは思えない立派なチョコレートケーキ(パウンドケーキだが)を前に、手塚の母はこれをくれた相手に直接会ってみたくなったらしい。それというのも、手塚が問われるままに答えたせいもあるようだ。容姿を尋ねられれば、「驚く程に綺麗な奴です」と答え、どれぐらいの付き合いなのかと問われれば、「かれこれ三年近く、でしょうか」と答え、どんな人なのかと聞かれれば、「とにかく人の目を惹き付けずにはいられない」と答えていったそうだった。そうして手塚の母は、ようやく息子にとって本気の相手が現れた――と思ったらしい。
いやそれ誤解だから。と目の前に居ない手塚の母にきっぱりしゃっきり否定したくなる跡部であった。
「手塚」
『何だ』
「てめーで解決しろ」
『――いや。だが、すでに俺の手で解決できる状態ではなくなっているのだが・・・・』
「知るかよ」
『跡部と交際していると、恋人関係にあると思われているんだ。・・・・・どうしたら良いと思う?』
「――――それこそ知った事か!てめーで始末つけろ!俺様を巻き込むんじゃねぇっ!!」
途方に暮れた手塚国光というのは、珍しくも見物であるのだろうが―――この時の跡部にとってはただ腹立たしいものでしかないのだった。
(END)