■ dustbin ■
 
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■ ぼくらはみんなここにいる       (DATE:2006/02/13) 
 
 
 
 手塚が長く付き合う事となった肘と肩の故障は。
 何度も完治と悪化を繰返し・・・・そして、とうとう引退を決意させる事となった。
「何をしたら良いのかわからない」と、取り残された子供のような表情を浮かべる奴の事を、「時間が解決するだろ」などとありきたりの慰めを口にする事も躊躇われ・・・折り良く目に入ったのは一枚のチラシだった。
 千石あたりにでも回そうかと思っていたその話を、手塚へと向けてみる。
 
「人里離れた島でしばらく過ごしてみるか?」と問うと、「リゾート地で優雅な生活は性に合わない」と不機嫌そうに返すので、こいつつくづく馬鹿な奴だと笑いたくなった。手塚の性格ならば把握している自分が、そんな誘いを向けるわけなどないと気づいてもよさそうではないか。
「遊びじゃねぇ。学生の合宿生活の世話をする人員を募集してんだ。30名〜40名ぐらいの中学生って話なんだが・・お前が乗り気なら付き合ってやってもいいぜ?」
「お前の方こそ忙しいのではないか?」
 手塚よりも早い段階でプロの世界から足を洗った跡部は、生まれながらの責務を果たす為に跡部財閥の関連企業に就職した。国内・海外と飛び回り、寝る暇すら無いぜ?と笑いながらの発言は冗談でも何く真実であると、手塚も理解していた。
「たまには骨休みもいいだろ。うちの社員は優秀だからな。任せても問題はねぇんだ」
「ならばお前の方こそゆっくり骨休みをすべきではないのか?」
「俺も長らく働き詰めだったんだよ。まぁボランティアだから遊興三昧っつーわけにもいかないが、それなりに時間は取れるみたいだぜ。釣りもできるし、テニスコートもある。相手ぐらいはしてやれるぜ?」
「テニスコートがあるのか。それで・・跡部が相手をしてくれるのか?」
「しばらくブランクあるからな、てめーにゃ物足りないかもしれねーけどよ」
「いや。充分だ。むしろ贅沢なぐらいだと思う」
「言ってろよ」
 
 跡部とテニスができるのだと理解した瞬間、手塚の顔から陰鬱さが消えうせた。どころか、遠足を前にした小学生のように楽し気ですらあった。それは、跡部もまた同じであったかもしれない。
 手塚の承諾を得た跡部は、すぐに募集元に連絡をして二名参加すると伝えた。その後、必要装備を用意し、三日後には手塚と共に島に向かう船に乗っていた。
 荒れた海での沖釣りの経験もあり、荒れた波であったが船酔いからは程遠い二人だった。しかし、後から来るであろう合宿参加の学生達にはきついだろうな、と二人密やかに笑いあったりなどした。
 この船出が、二人が今まで過ごしてきた世界との別れの旅路であったとは、この時は予感すら感じえぬ事であった。
 
 
 
 
Wパロ。